ガソリンの異常な高騰が続くなか、輸入車の価格も上昇している。さらに大手タイヤメーカー各社は、4月1日からタイヤ価格を最大10%値上げすることを発表した。世界的な物価高は収まる気配がなく、その余波はあらゆる製品に及んでいる。なぜこのような事態になっているのか? 最新情報も交えながら、その理由を探ってみたい。
文/鈴木喜生 写真/アウディジャパン、テスラ、フォルクスワーゲン、メルセデスベンツジャパン、写真AC
ガソリンや輸入車だけじゃない!? タイヤも銀歯もパスタも…!! なんでもかんでも大幅値上げの切ない理由
「輸入車」の価格上昇、「タイヤ」の大幅値上げも決定!
「ゴルフeTSI R-Line」の場合、381万1000円から388万8000円へ、7万7000円の値上がりが決定している
昨年の秋頃から輸入車の価格が引き上げられてきたが、2022年に入ってからは、さらに価格上昇が加速している。今年1月1日から値上げに踏み切ったBMWは、多くのモデルで約10%アップの価格改定を行った。同1月下旬にはメルセデス社も「EQC400」を7%、「GLS400d 4マチック」を10%値上げしている。
2月にはテスラが「モデル3」の大幅値下げをしたが、3月に入ると再び価格を小刻みに上げはじめ、モデルによっては現在、以前の価格をすでに超えている。
4月にはVWが「ゴルフ」など11モデルの価格を約2%アップし、アウディは25モデルを約2%、ルノーは「ルーテシア」など7モデルを約4%アップさせた。
そして大手タイヤメーカー各社は、4月1日からのタイヤ価格の値上げを公表。その値上げ率は最大10%ほどにもなる。
こうした価格高騰の原因は主に4つある。「原油価格の高騰」「原材料費の高騰」「物流コストの増大」、そして日本においては「極度の円安」だ。また、それらに影響を与えているのが、新型コロナの収束による需要拡大と、ウクライナ紛争である。
異常な「ガソリン値上げ」の理由
まずはガソリン価格からおさらいしたい。
2年前に新型コロナが蔓延し、世界のエネルギー需要が急減したことによって、2020年4月20日には史上はじめて原油価格がマイナスに陥った。
その後、新型コロナが収まり始めると、世界の経済が活発化し、エネルギー需要が急速に高まった。すると同年10月以降、原油価格は一気に上昇し、「油が足りない」状況に陥った。
しかし中東国は、新型コロナの発生以後、原油の生産量を抑えていた。そのためバイデン米大統領は2021年8月、石油原産国で組織されるOPECプラスの参加各国に原油の増産を促すが、彼の要請を受け入れる産油国はなかった。
中東国は原油の生産量を抑えたことによる収益減を、高騰する原油価格で埋め合わせるという新たなバランスシートを生み出し、この状況を傍観したのだ。
原油価格が上がれば、すべてのエネルギーが高騰する
今年の2~3月からは航空機の燃料サーチャージ料金もアップ。3年振りの高い水準まで引き上げられた。ANAの4・5月の欧米路線の燃油サーチャージ料金はなんと1万9900円
昨年11月、第二波であるオミクロン株が発生したが、その不安感が収まると、世界の経済はさらに活発化し、原油在庫とその供給が明らかに足りない状態に陥った。しかし中東の国々は、やはり原油を増産しようとしない。
ご存じのとおり、原油からはさまざまなエネルギーが生産されている。
クルマを動かすガソリン、ヒトや物資を輸送する飛行機の燃料である軽油、暖房に使用される灯油、家庭でも使用されるLPガス、物流のカナメである船舶や火力発電に使用される重油、さらにプラスチック製品も原油から作られている。
つまり原油価格が上がれば、あらゆる製品を造るための原材料費、光熱費、輸送費が上がり、それは製品価格に反映される。いま、世界中で物価が上がっている主要因はここにある。
「原油」だけでじゃない!「天然ガス」も「石炭」も
2月24日、ロシアがウクライナに攻め込むと、原油価格はさらに上昇。今年3月にはNY原油先物価格が130.50ドルという高値を記録した。
原油だけではない。ロシアの原油の生産量は世界第3位、天然ガスは2位、石炭は6位(すべて2020年)である。そうしたロシアに対して欧米各国は今、経済制裁を仕掛けている。この莫大なロシア産エネルギーを世界市場から締め出すことによって、今後さらに世界的なエネルギー不足とその高騰が加速するに違いない。
特にドイツの場合、石油の国内消費量の約35%、石炭の約50%、天然ガスの約55%(JETRO短信)を、ロシアからの輸入に頼ってきた。それを他国からの輸入に切り替えようとしている。パイプラインで送られてくる天然ガスの供給を、他国からの船舶輸送に切り替えればコストが増大し、ドイツ車だけでなく、欧州の工業製品の平均価格が大幅に上昇するだろう。
クルマの原材料も続々と価格上昇
ニッケルの生産量においてもロシアは突出し、世界の約13%を占める。そのためクルマ用のバッテリー価格にも3月初旬から大きく影響。流通量も減退している
ロシアに対する経済制裁はエネルギーだけでなく、金属類の高騰も招いている。クルマの車体にも使用されるアルミニウムは、ロシアのルサール社が世界の年間生産量の5.6%(2021年)をたった1社で占めている。
パラジウムはクルマの排気ガス中の有害物質を取り除くための触媒としても使用される貴金属だが、これも世界における生産量の43%をロシアが占め、その相場は今年1月以降、劇的に上昇している。
バッテリーに使用されるニッケルのロシアの生産量は世界の13%。その供給不足により、3月初旬にはその市場価格が10倍近くに跳ね上がった。
テスラのCEOであるイーロン・マスク氏は3月13日、自身のツイッターに、「テスラは原材料と物流面で大きなインフレ圧力に直面している」と投稿。それがウクライナ戦争に起因していると示唆した。そこには世界の需要の急速な高まりに対応できてない船舶輸送の混乱と、新造のコンテナ不足も影響している。
原材料費が世界的に上昇している今、日本の国産車の一斉値上げもすでにカウントダウンに入っていると言えるだろう。
さらに日本を苦しめる「円安」のワケ
世界的に好ましくないインフレが進むなかで、日本ではさらに「円安」が重く圧し掛かる。輸出入の多くはドルで決済されている。つまり円安ドル高の状況下では、エネルギー、原材料、部品などの輸入価格が、すべて上昇することになる。
円安の原因はいくつか考えられるが、ひとつは日米の金利差の拡大だ。インフレ状態にある米国では、中央銀行であるFRBが金利を上げ、健全でないインフレを抑制しようとしている。
一方で日本は、超低金利政策を依然として続けている。その結果、日米の金利差は広がる一方だ。
「金利の高い国の通貨が買われる」という一般的な定理がある。もしあなたが「年利2%の米国の口座」と、「年利0.002%の日本の口座」を自由に選べるなら、どちらを選ぶかと問われれば、その答えは米国口座であり、世界中の投資機関が同様な選択をしている。これは国債も同じこと。その結果、世界中がドルと米国債を買い、円と日本国債を売っている。
また、原油高によるドル価格の上昇も、円安ドル高を加速させている。原油価格とドル価格は相関関係にあるので、原油価格が上がればドルも上昇するのだ。
さらに、日本は高騰したエネルギーを大量に海外から輸入しているが、その決済はドルで支払われる。つまりそれは、支払いに必要なドルを買って、その対価として円を売ることを意味している。その購入額が莫大なため、これら取引によっても円安ドル高が促進されている。
日米の金利差を容認する日銀の謎
すべてのエネルギー、輸入品の高騰は、クルマ関連だけでなく、家計にも大きな影響を及ぼしている
こうした状況において、日銀は米国との金利差を縮めるどころか、2月には日本国債の「指値オペ」(10年国債の利回り0.25%での無制限買い取り)を実行した。
「円と同様に、日本の国債も売られている」と先述したが、日銀はその売買によって日本国債の利回りが上がらないことに注力しているのだ。つまり日銀だけが日本国債の大量購入を行い、利回りの上昇、強いては市中金利の上昇を抑え込んでいる。その結果、利上げを示唆する米国との金利差は縮まるどころか、さらに広がることになる。
円安であれば、東証の一部上場企業に多い輸出型の国内メーカーの株価は上がり、日経平均も上がるだろう。一方で、輸入コストは増大するため、エネルギー、原材料、食品などの価格は上昇する。結果、投資をするための余剰資金を持つ人々は儲かるが、食品や光熱費が上がることで家計は圧迫されるという構図が成り立つ。
にも関わらず日銀が国内金利を抑えようとするのは、日本の経済体力が落ちているからだ。今、日本の市中金利が上がれば、政府が抱える膨大な借金の利子率が上がり、企業の設備投資なども抑制することになる。それを回避するために日銀は、所得が上がらず物価だけが上昇する「悪いインフレ」を容認している。
そのインフレが本格的な「スタグフレーション」に発展しないか? その間、我々国民と日本の企業は耐え忍ぶことができるか?
今危惧すべきは、すべてこの2点に集約されるだろう。政府の「燃油価格の抑制策延長」などという小手先の政策では、到底対処できない事態だと思うのだが。
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