純正エアロパーツの有無が価格に影響する
英国「グッドウッド」で開催される自動車イベントといえば、世界最大級のクルマのお祭り「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード」や、クラシックカーによるサーキットイベントの「グッドウッド・リバイバル」が有名ですが、近年には原則としてクラブメンバーのみがエントリーできる、よりエクスクルーシブなレースイベント「メンバーズミーティング」も開催。その時期には名門「ボナムズ・オークション」社が公式オークションを開催することになっています。2024年4月14日に開催されたオークションでは、われわれAMWがつねづねマーケットでの動向を追いかけているBMW「3.0CSL」も登場しました。
BMW「3.0CSL」が3000万円オーバーで売出中! 往年のツーリングカー選手権のレプリカは「ル・マン・クラシック」参戦実績がありました
半世紀前におけるFIAホモロゲーション車両の最高峰
1971年にまずは西ドイツ国内向けに登場し、1972年モデルからは英国にも導入されたBMW「3.0CSL」(Coupé Sport Leicht)は、当時のFIAホモロゲーション車両の最高峰ともいうべきモデルだった。
欧州ツーリングカー選手権(ETC)の戦果が乗用車の売り上げにも直結していたこの時代、マーケティング部門の要求に対するBMWのエンジニアたちの解決策は、「グループ2」レーシングクラスの厳格なレギュレーションの枠組みを満たすために、限定生産の「ホモロゲーションスペシャル」を開発することだった。その目的のため「3.0CS」をベースに開発された3.0CSLではインテリアトリムを簡略化し、メインのボディシェルに薄いスチールパネル、ドアやボンネット、トランクリッドにはアルミニウム合金、サイドウインドウにパースペックス樹脂を使用することで、仕向け地によっては200kg近い軽量化を実現していたという。
しかし、英国で納車されたとされる500台のほとんどは、3.0CS仕様のインテリアトリムがそのまま使用されていた。それが、通称「シティパッケージ」である。
その直列6気筒SOHCユニットは、当初3.0CSと共通となるツインキャブレターつき2985cc、最高出力180psとされていたが、デビュー2年目の1972年には、3L超級クラスへの参戦を可能にするべく、わずかにボアアップされた3003ccエンジンでホモロゲーションを取得。公道走行用には208ps、レース仕様車は300psを超えるパワーを発揮した。
1973年にはエンジンのストロークが延長され、排気量を3153cc(公称3.2L)へと拡大。また、シーズン中盤以降のレース用CSLには、フロントのチンスポイラーに大型リアウイングなどさまざまなデバイスからなる、いわゆる「バットモービル」エアロダイナミクス・パッケージが開発され、一部の仕向け地をのぞいてオプションとして選択可能とされた。ただしこのパッケージオプションは、原則として英国仕様のシティパッケージと組み合わされることはなかったようだ。
こうしてETC選手権へと投入された3.0CSLは、トイネ・ヘゼマンスがステアリングを握ってBMWワークスチームにシリーズタイトルをもたらすとともに、同年のル・マンではディーター・クエスターとの共同ドライブで、クラス優勝を果たした。そして「バットモービル」仕立ての3.0CSLは、ETCの製造者部門5連覇という前代未聞の快挙を成し遂げたのだ。
やはりバットモービルじゃないと……?
今回ボナムズ社の「グッドウッド・メンバーズミーティング2024」オークションに出品されたBMW 3.0CSLは、新車以来の純正カラーである「タイガ・グリーン」にブラックのインテリアの組み合わせが魅力的な個体。シャシーナンバーは「2285469」で、英国で納車された最後の1台と目されている。また、英国仕様のデフォルトである「シティパッケージ」で、「バットモービル」エアロキットは装備されていない。
イギリスに輸出されたのち、エセックス州リー・オン・シーのBMWディーラー「フェアフィールド・ガレージ」が納車整備の多くを請け負い、当時のファーストオーナーは「ファセット・グループ(Facet Group)」社主のハドソン氏とのこと。同氏はこのCSLを走行距離4万7000マイル(約7万6000km)まで所有していたことが、多数の請求書からわかる。
そののち、この3.0CSLはハートフォードシャーに移され、新しい女性のオーナーのもとで21年近く保管されたが、その間の走行距離は1万2000マイル(約2万km)に満たなかったという。ただしヒストリーファイルには、1980年代半ばに行われた改装の記録が含まれていることからも分かるように、大切に維持はされていたようだ。
このシャシーナンバー2285469は2003年に、走行距離6万1900マイル(約9万9600km)の段階で売却された。そして現在のオーナーが2005年に購入して以来、メンテナンスを施されつつ大切に乗られてきたようだ。
ほとんどの整備はオーナー地元のガレージである「J J Griffiths of Llandrindod Wells」社に委託されている。またボディワークのリペアは「キング・オブ・クール・クラシック・カーズ」社によって行われ、フロントシートは2017年に自動車内装のスペシャリスト「ウェスト・カントリー・トリマーズ」社によって張り替えられた。
さらに「ミュンヘン・レジェンド」社が、2021年に現時点における最終のメカニズム系メンテナンスを施し、オイル交換は2023年9月に行われたとのこと。これらの修理とメインテナンスに費やされた費用は、すべてヒストリーファイルに記載されている、
スタンダード版3.0CS/CSiが1万9000台以上も生産されたのに対して、1971年から1973年の間に生産されたCSLはわずか1039台。これらの「スペシャル」は常にレアであり、究極のBMWクーペとして高い人気を誇っている。
この人気と個体のコンディション、あるいは確かな来歴を鑑みて、ボナムズ社は6万5000~8万5000英ポンド、つまり日本円にして約1290万円~約1640万円という、やや控えめにも感じられるエスティメート(推定落札価格)を設定した。
ところが、2024年4月14日に行われた競売では思いのほか入札が伸びなかったようで、締め切りの段階に至っても「リザーヴ(最低落札価格)」に届くことなく流札。現在でも継続販売となっている。
バットモービルの由来となった純正エアロパーツの有無、あるいはメカニカルコンディションによって、3.0CSLのマーケット価格は左右される。これがバットモービルであれば、近年では3000万円前後で取り引きされる事例も珍しくはない。
すなわちこのクルマの象徴である、純正エアロキットの有無。生まれついてのバットモービルであるか否かは、国際クラシックカー・マーケットにおける相場価格にも、大きく反映されるということなのであろう。
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