熟成が極まった空冷ポルシェ最後の戦闘機
1990年代に描かれた『モデナの剣』にはバブル期を象徴するようなスーパーカーが登場し、主人公の“剣・フェラーリ”と共に綺羅びやかな物語を紡いでいった。ここではその作者でありスーパーカーを知りぬいた池沢早人師先生と共に、当時のスーパーカーを振り返る。
池沢早人師が愛したクルマたち『サーキットの狼II』とその後【第6回:手放して後悔している993 GT2】
今回は最後の空冷ポルシェとして人気を博したポルシェ 993のリーサルウェポンこと「ポルシェ 911 GT2」をクローズアップする。
ホワイトボディからオーダーした思い出の1台
当時のポルシェは試行錯誤を繰り返していて、3世代目の911である964シリーズにはカレラ4と呼ばれる4WDモデルが登場するなど新たな時代を模索していたんだと思う。1993年には911シリーズが4世代目となる993へと進化を遂げて登場したが、5世代目となる996が水冷式のフラット6を採用したことで結果的に993は最後の空冷ポルシェになってしまった。当時はまさか993が空冷エンジンの最後になるとは思わなかったね。
一般的に「池沢早人師=フェラーリ」のように思われているフシがあるけど、実はポルシェ 911を愛車にしている時間はフェラーリの所有期間を越えているかもしれない。ボクにとってポルシェ 911の存在は大きなもので、スーパーカーでありながらも日常的に扱える実用性の高さがポルシェ最大の魅力だと思っている。サーキットはもちろん、スーパーマーケットへの買い物にも気軽に使えるスポーツカーは他にないからね。
ポルシェ好きなボクは1995年にポルシェ993 GT2を手に入れた。フェラーリ F40からの乗り換えになったんだけど、993 GT2のパフォーマンスと実用性はトータルではF40を超えるものだった。購入金額は1900万円位だったかな? オーダーしてから納車までの間に対マルクで記録的に円安が進んだおかげで、空輸しても金額が変わらなかったのも良い思い出だね。
このGT2は、手配してくれた人がポルシェ本社に顔が利いたこともあってホワイトボディからオーダーしてもらった。レース用の5点式ハーネスを装着して室内の内張りなどはオミットし、さらにレース用のGT2と同じロールケージをホワイトボディの状態で装着した。ボク好みに仕上げてもらえたのは嬉しかったねぇ。エアコンが付いている公道仕様ではあるものの、パワーウインドウを装備しないGT2レーシング仕様にしてもらったんだ。
993 GT2の魅力はスタイリングの過激さだね。ストックの993をベースにしながらも、リベットで取り付けたオーバーフェンダーと“これでもかぁ!”というほど存在感のある大型のリヤスポイラーが圧巻だった。当時はF40から乗り換えたこともあってそれほど派手さを感じていなかったけど、今思うと神経が麻痺していたのかもしれないね(笑)。
格好はスパルタンで、いかにもレース場から飛び出してきたマシンそのもの・・・がしかし、公道ではすごくフレキシブルで燃費走行をしたら600kmは走る代物だった(確か燃料タンクは約90リットル)。まさに二面性をもったクルマ! これこそ究極のポルシェ911の姿そのもので、公道を走れるレーシングカーというイメージがピッタリなクルマだった。
サーキットを走るにはスリックタイヤを用意して履き換え、せいぜいブレーキパッドを換えるだけ。それだけでレースに出場できるほどの戦闘力を発揮してくれた。ナンバー付き車両なのにサーキット走行では当時のGT300のジェントルマンドライバーと同等のタイムを出せたからね。もちろんブレーキの容量も問題なく、ストックの状態でも過激な走りに対応してくれたのはポルシェならではの実力だ。
430psの最高出力を発揮する3.6リッターのツインターボエンジンは、NAエンジンみたいに低速からスムーズで逆にターボらしい劇的な変化に乏しかった。930ターボ時代のような「ドッカンターボ」の印象は全くない。スムーズ過ぎて面白みに欠けるといったら贅沢かもしれないけど、乗り味は外観とは裏腹にしなやかなイメージで寒いくらいに効くエアコンも付き、それでいてサーキット走行ではしっかりとタイムが出る。今思えば「最後の空冷エンジン」ということもあり、空冷フラット6の完成形だった。
当時、ボクは公道でダウンフォースが強く効くようにリヤウイングの角度を調整していた。前後のスタビライザーも好みのセッティングにできるし、オーバーフェンダーで広げたトレッドや派手なリヤスポイラーは飾りなんかではなく、走りに必要な武器になってくれた。コーナーでの安定感を増してリヤヘビーな993をしっかりと路面に押し付けるダウンフォースはGT2の戦闘力には欠かせないもの。一般道の速度域ではそれほど効果は見せないけど、サーキットを攻めたときには大きな味方になってくれた。これほどサーキットでの使用を考えたクルマは後にも先にも少ないんじゃないかなぁ。
唯一、富士スピードウェイで不満があったのはギヤ比かな。富士スピードウェイの直線で加速してくれるのは4速までで、5速に入ると大きくモノ足りない。叫びたくなるぐらいに・・・。本当はクロスレシオのギヤに交換すればもっと気持ち良く走れたんじゃないかと今でも悔いが残っている。
不満ではないけど993 GT2には苦労した思い出がある。ハーネスで体を縛りつけて高速道路に乗っていると料金所でチケットが受け取れないんだよね。当時はETCがなかった時代だからものすごく不便だった。小田原厚木道路から箱根のターンパイクへは何度も料金所を通るんだけど、その度に苦労させられたので助手席に後付けでパワーウインドウを付けてもらった。ライトウェイト仕様のGT2にはパワーウインドウは付いていなかったからね。
納車直後、まっさきに乗せたかった当時の彼女を誘ったら、まっさらの新車ということもあって彼女はおめかししてタイトなミニスカートのスーツ姿だった。GT2はサイドまでロールケージが入っているから乗り降りするのが大変そうだったなあ。このようにボクの993 GT2は、スペシャルオーダーした特別な1台だったから男のマシンそのものだった。
ボクのクルマ遍歴の中で993 GT2は上位にランにキングされる一台。手に入れた1995年から1997年まで乗り続け、歴代でも所有した時間が長いクルマだからね。結局、取材先のイタリアで試乗したランボルギーニのディブロSVが欲しくなって手放したんだけど、今思えば手元に残しておけば良かったと後悔している。空冷エンジンが無くなってしまった今、ジワジワとその“ありがた味”を感じるんだよね。空冷最後の熟成された993 GT2はポルシェを代表する最高傑作であることは間違いない。
Porsche 911 GT2
ポルシェ 911 GT2
GENROQ Web解説:レースのために生まれた究極の空冷911
ポルシェ 911シリーズは空冷エンジンをリヤエンドに置く独特のRR方式(4WDのカレラ 4もある)を採用したスポーツカーであり、ここで紹介するコードネーム993は歴代911シリーズの4世代目を担うモデルとてして1993年にデビューを果たす。
そのスタイルは911からの伝統を受け継ぐクーペスタイルを継承しながらも、先代の964と比較してボディサイズは拡大された。フロントフェンダーから連なるヘッドライトをスラント化することでスポーティなイメージを具現化し、ワイド化されたリヤフェンダーと共にアグレッシブなイメージとなる。また、リヤの足まわりにはマルチリンクを採用してよりダイナミックな走りに貢献した。ラインナップにはカレラ、カレラ S、カレラ RS、カレラ 4、カレラ 4S、ターボ、ターボ Sなどが用意され、その頂点として「GT2」が君臨していた。
1995年に登場した911 GT2は、993 ターボのワイドボディを使いつつ中身は2WD仕様とし、GT選手権やル・マン24時間レースのGT2クラスを制覇するために作られたホモロゲーションモデル。少数ながらストリート仕様も生産されたが、ここで紹介するGT2もストリート仕様だ。3.6リッター空冷フラット6エンジンをツインターボとインタークーラーで武装したGT2は、サーキット専用モデルが最高出力465ps、ストリート仕様は430psを発生する。GT2はその後エボリューションモデルに進化し、最終的には最高出力600ps超を誇った。
軽量化が図られたボディ(993 ターボより約200kg軽量)にはリベット装着された前後のオーバーフェンダーやエンジンフード上にそびえる大型のリヤウイングが与えられ、サーキットでの使用を考えた戦闘的なスタイルを持つ。生産台数は192台とされ、ストリート仕様は僅か57台といわれている。
空冷最後の911シリーズとして現在でも人気の高いポルシェ 993だが、そのシリーズにおいてもっとも稀有な存在であるGT2。中古車市場では2億円の高値が付けられることもあり、マニア垂涎のモデルとして注目を集めている。その理由はただのノスタルジーではなく、GT2が現在でもサーキットやストリートで通用するパフォーマンスを持っているからに他ならない。
TEXT/並木政孝(Masataka NAMIKI)
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