チューナーの心に残る厳選の1台を語る【ボーダー 指山 勉代表】
絶対的なパワーを追求していったからこそチューニングに関するさまざまなことが学べた。開発車両のデモカーとは違って、ユーザーカーはどうすれば何が起こるかを把握する必要がある。本気で取り組んだぶん、教わった項目はとても深い。
日産R32「スカイラインGT-R」との出会ってすべてがはじまった! 「TMワークス」はゼロヨンとともに今も成長中
(初出:GT-R Magazine 153号)
ロータリーエンジンから主軸がRB26へと変化した
熊本北部の炭鉱の町。そこが指山 勉代表の生まれ故郷だ。当時は景気がよく、遊園地や大型プール、それに競馬場など子供ばかりでなく大人も楽しめる娯楽施設が充実。全国から人が集まり、活気に満ちていた。小学生時代に漫画「サーキットの狼」の影響でスーパーカーに夢中になった指山代表は、主人公の「風吹裕矢」になりきって遊園地のゴーカートで走り回っていたという。
初めての愛車は、高校生のときに手に入れた2ドアクーペのルーチェだ。金色のボディカラーでRSワタナベを履かせていた。夜な夜な街のゼロヨン会場に出没しては、同じようなレベルの仲間とデッドヒートを繰り返す。熱くなって回しすぎてしまい、ロータリーエンジンがブローしてしまったことをきっかけに、18R-Gを載せたダルマセリカに乗り換えた。今度のホイールはワークのエクイップで、カヤバのショックも3分割のリヤスポイラーも自分で取り付けた。
その後、名古屋の大学に入るも半年で中退。熊本に戻りはしたが実家には帰りにくく、一人暮らしを始める。大好きなクルマも手放して途方に暮れていた。炭鉱の景気も右肩下がりで、以前のような活気はない。今後どうするか半年間あれこれ考えたが、まともな答えは見つからず、とりあえず東京を目指すことに。
関東の大学に通う高校時代の友達を片っ端から訪ねて、居候生活が始まる。3カ月後にはなんとか仕事を見つけ、がむしゃらに働いた。住宅のリフォーム建材を売る仕事で、これが性に合っていた。お客さまの喜ぶ顔がやる気を後押しし、努力が面白いように成績に反映された。
映画の影響でモータースポーツの世界に飛び込む
「これなら一人でもできる」と21歳で独立。2年後には従業員を40人近くも抱えるようになっていた。そんなとき、何気なく見た映画「グッバイ・ヒーロー」で指山代表は忘れかけていたクルマへの情熱が再び沸き起こる。F1のアクシデントやクラッシュシーンをふんだんに使ったその映画は刺激的だった。実際のレースシーンならではの生々しさから恐怖を覚える人が多いはずだが、指山代表は違った。
「車載映像に驚愕しました。ハンドルをちょっと切っただけなのに、きついコーナーもぐいぐいと曲がっていく。その抜群のコーナリング性能に圧倒されたんです。久々に『サーキットの狼』を思い出しましたね。そして自分でもレースをしてみたいと、本気で思うようになりました」
指山代表はロータリーエンジンを載せたフォーミュラマシンで戦うRSクラスに25歳で参戦し没頭した。メンテナンスはすべて自分。レースが近づくと筑波サーキットの前に借りているレンタルガレージで夜通しマシンを整備する。朝の8時には一旦会社に戻り、仕事の段取りをつけて従業員を送り出し、昼間に仮眠。そして夜の8時過ぎに会社を閉めて再び筑波に向かう。こんな無茶な生活を続けた。
レースで得たノウハウを活かしチュニーニングショップをオープン
29歳で限界を感じ、レースをやめてチューニングショップ『ボーダー』を立ち上げた。最初は今までの仕事と並行して活動していたが、30歳でショップだけに専念。
「何かと縁のあるロータリーをメインにして、FDを買ってワイドボディキットも製作しましたね。レースのメンテでFRPを使い慣れていたので、その後も多くのクルマのエアロパーツを作りました」
レースをやっているころからクルマの知識は自己流で学んでいった。疑問が出るとその道のスペシャリストに訪ねて回る。突き返す人もいれば、丁寧に教えてくれる人もいる。回答もいろいろで、それを実践して失敗して覚えていく。修行はしていないが「諦めなければなんとかなる」という粘り強さを身に付けた。
31歳のときにコンピュータチューンのツール一式を購入して勉強に明け暮れた。日産車メインに開発されていたのでマツダ車用にアレンジしなければならない。その苦労が功を奏して、ノウハウが確実に自分のものになった。指山代表が「やっとチューニングが見えてきた」と実感したときでもある。
レースを経験してきた関係でボディ補強やクロスミッション、LSDの組付けが得意で、他とは異質なRX-7チューニングを心掛けた。
しかし、当時のGT-Rチューニングの勢いの前ではそんな努力も色褪せてしまう。そこで指山代表は平成8(1996)年にR33GT-Rを購入。想像以上の素性のよさに感動した。RX-7と比べると半分程度の努力で、狙ったパフォーマンスが得られる。瞬く間にR33にのめり込んでいった。
数値では表現ができないフィーリングを重視する
ストリートゼロヨンとは一線を画す、本格的なドラッグレース用のマシンとしてR33GT-Rを変貌させる。そんな目標に向かってデモカー作りを開始した。
2.7Lキット、IN290度/EX300度のカム、それに二つのGT3037ターボとウエストゲートはいずれもHKS製だ。各気筒には720ccと320ccの二つのインジェクターをセット。吸気や排気まわりはワンオフ仕立てだ。制御系はHKSのVPSでエアフロレス化して、メインコンピュータの書き換えで対応する。この仕様でブーストを2.2kg/cm2かけて1000psオーバーの実力を発揮し、もはや測定不能の領域だ。
ゼロヨン競技に参加するとトランスミッションが音を上げた。Hパターンのドグミッションでは耐えきれず、シーケンシャルのホリンジャーを導入。トランスミッションが解決すると、今度は油圧系のトラブルが勃発し、ゼロヨンの加速中に油圧が途切れて一瞬でエンジンがブローした。ひと通りオイルパンの加工を施しての出来事だったのでショックは大きい。
ゼロヨン用にワンオフ製作した足まわりは、前が浮き気味で加速する。この特性がオイルの偏りを助長した。どうしたものか考えあぐねていたが、自分ではどうすることもできないのでHKSに相談して、レーシング部門のスタッフに教えを請うた。
エンジンの精度を出す組み方や、油圧維持のための加工方法などをショップに出向いて実践してくれた。作業自体は大きくは違わないが、ほんのひと手間をかけることで効果が思いのほか大きくなる。そんな貴重な体験を経てトラブルを克服し、1万1000rpm回してもびくともしなくなったR33は、指山代表のドライブでゼロヨン9秒3を成し遂げた。
余力をもたせたチューニングならユーザーも負担なく楽しめる
2001~2002年はドラッグレースにのめり込んで、その後サーキットにも進出。エンジン仕様は同じながらも、ブーストを抑えてパワーを控えた。しかし、筑波サーキットはなんとかこなせるが、富士スピードウェイではエンジンが耐えきれない。400mを走り切ることに狙いを定めて仕立てたので、サーキットでの周回には無理があったのだ。
「サーキットやストリートでも楽しめるようにターボをTO4Zにして仕様変更したんです。これで耐久性は大幅にアップして、富士でも難なく走れるようになりました」
それが2003年の出来事だ。IN/EX共にHKSの280度カムに換えて、インジェクターも720ccとした。これでブースト1.5kg/cm2なら700ps前後をマークする。
「気負わずに走れてそこそこ速い。とくに乗りやすさを重視した味付けを目指しました」
絶対的なパワーよりもアクセルレスポンスといったフィーリングを徹底的に重視している。ピーク付近はシャシダイでセットアップして、途中の味付けを実走で詰めていく。数値では表現できない乗り味こそが、指山流の醍醐味なのだ。
「生涯で一番チューニングしたクルマがこのR33ですね。それにゼロヨンからサーキット、実走セッティング、さらには普段使いまで、走り込んだ距離も密度も断トツです。だからさまざまなことが学べました」
デモカーを100とするとユーザーカーは70~80に力を抑えて余裕を持たせる。エスカレートするユーザーに冷静さを取り戻させることも必要だと気付かせてくれた。末永くチューニングを楽しむためには、ユーザーの負担は少ないほうがいい。
「仮に70の力だとしてもノーマルとの違いに心が躍るほど、存分に楽しめるセットアップを提供する自信があります。ユーザーには後悔せずに楽しんでほしい」
そんな思いから指山代表はオリジナルブランドである「ビオ」を2001年に生み出した。ブレーキと足をメインに特定のクルマだけに限らず、幅広いユーザーに満足してもらえる物作りを徹底している。
「R33と付き合ってきて一番の収穫は改善することの大切さを身に着けたことかもしれません。そのときは完璧だと思ってやったことも、時間が経てば技術の進化や、自分の実力や知識の向上で完璧のレベルがさらに高まる。それに柔軟に対応することが、次につながる第一歩だと信じています」
R33が教えてくれた改善の重要性はチューニングのみならずビオの製品作りにも生かされている。
(この記事は2020年6月1日発売のGT-R Magazine 153号に掲載した記事を元に再編集しています)
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