最近のクルマには、ボディのさまざまな場所に、クルマのボディの流れをスムーズにする整流板「タイヤディフレクター」(フロントタイヤ前部に装着される、黒い整流パーツ)が装備されています。空気抵抗を減らして、燃費向上、走行安定性向上、風切り音低減といった効果が期待できるタイヤディフレクターですが、ここでは、特にタイヤ周りの整流に効果のあるタイヤディフレクターとエアカーテンについて、その仕組みと効果を詳しくご紹介します。
文:Mr.ソラン、エムスリープロダクション
写真:HONDA、NISSAN、エムスリープロダクション
あの「黒いベロ」…なに?? フロントタイヤ前部の「タイヤディフレクター」の役目って?
タイヤ周りで発生する損失は、想像以上に大きい
クルマが走行すると、ボディの凹凸部で空気の流れが剥離して乱れや渦が生成し、これによって空気とボディ表面に摩擦力や圧力変化が起こり、クルマの進行を妨げる空気抵抗が発生します。空気抵抗を減らすには、極力ボディの凹凸を減らし、ボディ表面の流れの乖離や渦の発生を抑えて、スムーズな空気の流れを生成する必要があります。
ただ、タイヤ周りについては少々複雑で、回転しているタイヤ前面下部に衝突した空気の流れは、タイヤで巻き上げられ、タイヤハウス内のタイヤ接地面前側の圧力を上昇させます。これは、前進するクルマを後ろに押し戻す方向に働くため、タイヤによる空気抵抗が増えてしまいます。また、ホイールハウスから外に噴き出す流れも発生し、ボディ側面に沿ったスムーズな空気の流れを阻害します。
以上のように、走行中に回転しているタイヤは、空気抵抗を増やす大きな要因であり、それを低減するために採用されているのが、タイヤディフレクターとエアカーテンなのです。
2021年に登場した日産ノートオーラ、タイヤディフレクターとエアカーテンの両方を備えている
タイヤ前面に衝突する流れを整流するタイヤディフレクター
タイヤディフレクターは、フロントバンパーの下、タイヤ前方の床下に垂れ下がるように装着された黒いベロのような整流板のこと。タイヤ前面に当たる走行風を、下向きや横向きに整流することよって、タイヤ接地面前側の圧力上昇を抑えて、空気抵抗を減らす手法です。車種やタイヤサイズによって空気の流れ方は変わるため、最適な形状はそれぞれ異なり、メーカーによってはタイヤスパッツとか、タイヤストレーキともよばれています。
タイヤ前面に直接走行風を当てないという発想自体は古くからあり、1970年代にはエアダムタイプのフロントスポイラーを装着したツーリングカーや、それを真似たチューニングカーが流行りました。これも、タイヤやボディ下面に潜り込もうとする流れを遮り、側面にかき分ける狙いがあるものでした。市販車でも、2000年頃のBMWの3シリーズなどの欧州車は、張り出しタイプのフロントバンパーを積極的に採用していましたが、これもタイヤ周りの整流を意識したものです。
タイヤディフレクターは、見た目が地味でメーカーも積極的にアピールしないので、その起源は明らかではありませんが、高速走行を重視する欧州車では2000年以前から装着され、国内では2010年頃から多くのクルマで装着が始まったようです。現在は、ほぼすべてのメーカーで採用され、前輪だけでなく後輪の前にも装着されています。
1998年から2005年まで販売されていたBMW E46型3シリーズ。フロントタイヤ前に、ディフレクターが確認できる
タイヤで発生する渦を整流するエアカーテン
タイヤ周りのエアロパーツで、最近もうひとつよく見かけるのが、エアカーテンです。回転するタイヤで巻き上げられた走行風は、ホイールハウスに留まるだけでなく、一部はホイールハウスから外に噴き出し、ボディ側面に沿った流れを遮り、スムーズな流れを阻害します。
エアカーテンは、フロントエプロンの左右両端に設置されたエアインテークから取り込まれた空気を、フロントインナーフェンダーのスリットに導き、ホイールアーチへ放出する手法です。この空気の流れによって、フロントホイールの側面をカーテンのようにブロックしてホイールハウスから噴き出す流れを整流、ボディ側面の流れをスムーズにして空気抵抗を低減するのです。
エアカーテンは、2012年頃からBMWを中心に高速走行の頻度の高い欧州車で普及し、現在は日本車でも高性能モデルに限らず、軽自動車、ミニバンなど含めてすべての車種で採用が進んでいます。
ホンダの「クラリティPHV」に装備されたエアカーテン。バンパー下部のエアインテークから取り込まれた空気をフロントタイヤフェンダー内のスリットに導き、ホイールサイドへ放出し、ボディ側面の流れをスムーズにする
BEVの普及で、空気抵抗低減はさらに重要に
一般にクルマ全体の走行抵抗のうち、空気抵抗が占める割合は、比較的車速の高い市街地走行で20%程度です。その空気抵抗のうち、ボディ全体のフォルムの影響が40%、タイヤ周りで発生する損失が30%、クルマのフロア下部の流れによる損失が20%、クルマの開口部での損失が10%とされています。
以上の前提では、タイヤで発生する損失は、全走行抵抗の6%ということになります。例えば、タイヤ周りの損失を20%改善しても、全走行抵抗の1.2%程度の損失低減となり、燃費低減効果も1%程度と予想されます。非常に小さな効果のように思えますが、CO2低減(燃費向上)が至上命題となっている現在、これは決して小さな効果ではないのです。
また、ボディ表面の渦は車速に応じて周期的に発生して不規則に車体を揺するので、渦を抑制できれば走行安定性や旋回性能を改善できます。日産の新型「セレナ」では、エアカーテンによって横風等によるふらつきを抑え、先代と比べてヨーモーメントが20%低減できたとしています。
近年特に、空力性能に注目が集まっている背景には、B(バッテリー)EVの躍進があります。BEVのパワートレインの効率は、内燃機関よりはるかに高いため、空力性能の影響が内燃機関の2~3倍ほど大きく、空気抵抗を減らすことで電費が向上し、満充電の航続距離を伸ばすことが可能なのです。
新型「セレナ」に装備されたエアカーテンのエアインテーク(空気導入口)。セレナでは、ヨーモーメントを低減して横風等によるふらつきを抑える効果があるとされている
◆ ◆ ◆
タイヤディフレクターやエアカーテンだけでなく、ドアミラーやコンビランプなどに付けられた小さなルアーのような突起のエアロスタビライジングフィンが、トヨタ車を中心に、多くのクルマで採用されています。それぞれの効果は大きくありませんが、「チリも積もれば」で組み合わせれば、少しずつ成果を積み上げることが可能。空力抵抗の低減は、BEVの性能向上や航続距離延長の切り札になる可能性さえあるのです。
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みんなのコメント
国産メーカーは速度域が高くなりやすい欧州よりは市販車への採用が遅れてたのは確か。
時速何キロメートル走行で概ねどのくらいの
効果〜とか、書いて欲しいな。
時速40キロ程度では、然程効くとも思えない
から。