世界のカー・エンスージアストにその名を広く知られる「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード」。南イングランドのサセックス州チチェスターの地に、1万2000エーカーもの私有地を有するリッチモンド侯爵家の敷地が舞台である。カントリーハウスやゴルフ場、さらには競馬場や飛行場など、この土地にはさまざまな施設が造られたが、モータースポーツ用のサーキットが建設されたのは1948年、現在の第11代リッチモンド侯爵、チャールズ・ゴードン=レノックス氏の祖父にあたる第9代リッチモンド伯爵、フレデリック・チャールズ・ゴードンの時代だった。
リッチモンド伯爵家の邸宅、グッドウッドハウスに隣接してレイアウトされたグッドウッド・サーキットでは、1968年までさまざまなレースが開催されたが、おもに安全性の問題から1966年にはレース開催を終了している。その後はニューモデル開発などに使用された。マクラーレンの創始者であり、優秀なレーシングドライバーでもあったブルース・マクラーレンが、テスト中の事故で他界したのが、ここグッドウッドであることは悲しい歴史だ。
そしてこのグッドウッド・サーキットの存在を、再び世界にアピールしようと考えたのが、祖父の影響からモータースポーツには幼少期から強い興味を抱いていた第11代リッチモンド伯爵だった。1993年にサーキットを含む私有地を開放して、ヒルクライムをメインイベントとする「グッドウッド・フェスティバル・オブ・ウイーク」を初開催。1日のみのスケジュールで行われた初回は、わずかに1万人ほどの観客を迎えたのみだったが、その数字は開催スケジュールが2日、3日、そして現在の4日へと拡大されるにつれて年々増加し、シルバー・ジュビリー(25周年)を迎えた2018年には、トータルで20万人以上の観客がこのイベントに足を運んでいる。
イングランドでは、一日の中に四季があると良くいわれるが、今年のグッドウッド・フェスティバル・オブ・ウイークは、心地良い夏空の下で行われた。このイベントでは毎年ホスト役となるブランドがオーガナイザーから指名されるが、今回その役を担ったのは、2018年がブランド生誕70周年となるポルシェ。1948年6月8日、ポルシェのファクトリーで356ロードスターの第1号車が登録され、それが現在に至るまでの、栄光に満ちたポルシェの歴史の始まりとなったのだ。
このイベントの中心となるのは、リッチモンド伯爵家のグッドウッドハウスだ。本来はクリケット場だという美しい芝生の正面広場には、6台のポルシェを用いた巨大なモニュメント、「セントラル・フィーチャー」が建てられ、今年のグッドウッドはポルシェが主役であることをまずはゲストに知らしめる。ちなみにポルシェがこのイベントのホストになるのは、1998年、2013年に続いて3回目と、ほかのどのブランドよりも多い。
ポルシェが、このグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードを、いかに重要なイベントとして考えているのかは、ここにポルシェ自身が持ち込んだクラッシックカーやコンセプトカーのラインナップを見れば、誰の目にも明らかだ。パドックでまず熱い視線が注がれていたのは、先日ポルシェ本社で開催された70周年イベントで世界初公開された911スピードスター・コンセプト。
現行の991型911のファイナルモデルになると噂されるこのコンセプトカーは、正式にはまだ生産化へのゴーサインを出されていないということだが、その刺激的なエクステリアのデザインや、リアに911GT3と同様に自然吸気の水平対向6気筒エンジンを500ps以上の最高出力で搭載すること、そして貴重な限定車となるのではという予測などから、ポルシェのファンは生産化が決定する瞬間を待ち望んでいる。
919ハイブリッド・トリビュートやミッションE、そしてその生産型となるタイカンのスケールモデルなど、イベント会場のさまざまな場所で、ポルシェはブランドの未来を感じさせてくれるチャンスを与えてくれたが、その一方でクラッシックへの力の入れようも、さすがはホストに指名されたブランドだけのことはある、という印象だった。
1948年製造の356ロードスターに始まり、ポルェのクラッシック部門でフルレストアの作業を受けて見事に復活を果たした現存する最古の911となる1964年の911(57号車)、1973年型カレラRS、1987年型959、1977年型911ターボ、2003年型カレラGT、2015年型918スパイダーなどは、いずれもポルシェ・ミュージアムの所有車だ。さらに1962年型のGPマシン、804や、1974年型カレラRSRターボ、1978年型935/78(モビー・ディック)、1987年型962などが、ポルシェの70周年を祝すために集結した。ポルシェのレーシングヒストリーを振り返るうえでも、十分すぎるほどのエントリーがあったのである。
グッドウッド・フェスティバル・オブ・ウイークのメインイベントとなるのは、サーキットの一部を使用したヒルクライムだ。全長1.16マイルのコースを1台ずつ走行し、そのタイムを競う。コースサイドには現代のクラッシュバリアではなくクラシカルなストローバリアが並び雰囲気はとてもノスタルジックだ。ポルシェが用意したホスピタリティルームから、次々に走り去っていく参加車を見ていると、競技としてはもちろんのこと、デモンストレーションを楽しむエントラントも多いことが分かってきた。そうこのイベントの楽しみ方は、人それぞれで異なるのだ。
そして現地では、もうひとつ大きなプレゼントがあった。それはポルシェ・ミュージアムが所有する貴重なモデルを、実際にヒルクライム・コースで走らせるチャンスが与えられたこと。筆者にステアリングが委ねられたのは、グループBのホモロゲーションモデルとして誕生し、1986年からの数年間で280台ほどが生産されたのみという、4WDスーパースポーツの始祖たる959。今さらながらそのスペックを確認しても、緊張感が静まるわけもないのだが、ともあれリアには450psの最高出力を発揮する2.85リッター仕様の水平対向6気筒ツインターボエンジンが搭載され、駆動方式はフルタイム4WDであること、そして状況に応じて4WDのセッティングなどを変更することや、最高速が300km/h以上になることなどを再確認する。組み合わされる6速MTには、ウルトラローともいえる「G」ポジションがあることなどは、実際に959のコクピットに身を委ねた後で改めて思い出した。
自分の前を走るのは、911シリーズでは究極のコレクターズアイテムともいえる、1973年のカレラRS。その個性的なダックテールを追いながらのヒルクライムは、本当に楽しく、そして感動的な経験だった。そして無事にフィニッシュラインを超えた時、これで自分もポルシェのブランド生誕70周年を祝うひとつの役割を果たすことができたのだ、と安堵した。グッドウッド・フェスティバル・オブ・ウイークのヒルクライム・コースを、ポルシェ959で走り切った。その感動を一生忘れることはないだろう。
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