Gordon Murray
ゴードン・マレー
ゴードン・マレー、最新作「T.50」の核心に迫る【インタビュー 後編】
ゴードン・マレーが新しいスーパーカーを造る。その発表を聞きつけた我々は、おっとり刀でマレーの元を訪ね、膝を突き合わせてその全貌を語ってもらった。ここではその前編をお送りする。
1トン未満の車重+自然吸気V12+MTという奇跡のレシピ
「1万2000rpmまで回る650bhpのV12を背中に積んだロータス・エリーゼ。まさにそんなクルマだよ!」
無論この新しいスーパーカーがエリーゼをベースに造られていないのは明らかだ。マレーは「T.50」と名付けられた新しいハイパーカーが、いかに獰猛で荒々しいのかをわかりやすく表現したにすぎない。
堂々と、そして朗々と語る彼の言葉を聞くうちに、聞き手の心拍数もどんどんあがっていった。マエストロの調子はいまや最高潮だ。興奮のほどが表情にも声音にもはっきり表れている。
マクラーレン F1から四半世紀。マレーはますます勢いを増して、いよいよスーパーカーの物語に帰ってきた。
T.50の開発には選ばれし技術者たちが携わっている。たとえばエイドリアン・ニューウェイはそのひとり(F1及びCARTのカーデザイナーでエアロダイナミクスの専門家。2006年以降はレッドブル レーシングに在籍)。彼がラビットハッチ(兎小屋)を彷彿させるハッチゲートを提案したと聞けば、きっと貴方も納得するだろう。
しかし、何より我々が息を飲んだのは、そのあまりにも純粋主義的な信条である。車重は1トンに満たず、エンジンは1万2000rpmを優に超えて天まで吹け上がる自然吸気のV型12気筒。組み合わされるのはもちろんマニュアル・ギアボックス・・・めまいがしそうではないか。
マクラーレン F1で目指した夢を、最新技術でもう一度
マレーに言わせれば、T.50を開発する理由は明快だ。
「自動車の設計キャリア50年を祝うのに、もう1台のスーパーカーを造ること以上にふさわしい方法があるだろうか。私はそう考えました。現代最新のスーパーカーのそれぞれについて、自分で残念に感じているあらゆる要素を取り除いたクルマをね。理由のふたつ目は、それを誰もやっていないということ。かつてマクラーレン F1で掲げた目標の達成へ再び乗り出すことは至極当然に思えたんです。私のツールボックスにしまってある技術や素材のすべては、30年の時を重ねて、進化し蓄積し続けてきたのですから。T.50の車重を1トン未満に抑えられたのもそのおかげです。現時点で、燃料以外の液体類をすべて充填した状態の車重が983kg。乾燥重量でごまかすようなことはしません。クルマが走ることのできる状態でなくては意味がありませんから。我々が考える真の重量とは、つまりそういうものなのです」
マレーとクルマについて語り合えるのは、とても大切な時間だ。自信に満ち溢れていて人柄もよく、紡ぎだす言葉はどれも魅力的。洋服の着こなしも粋で華やか。彼は手元に置いたスケッチブックへさらさらと手際よくペンを走らせていく。グレイヘアーをオールバックに撫でつけて、南アフリカ流のアクセントの英語で歯に衣着せぬ意見をずばりと言う。そして、これと思った場所へまっすぐ迷わず飛び込んでいくのがマレーという人なのだ。
「このプロジェクトを単なる懐古主義とは思われたくないし、実際そうではありません。ベースとしたのは、かつて我々がマクラーレン F1で定めた目標と信条そのもの。30年前のそれが、現在もそのまま通用するのです。かつ、2トンの電気自動車や複雑なハイブリッドが主流になる前、つまり今こそ実現するべきだと考えました。EVもHVも、バッテリーがフルに充電されていなければ最大の性能は発揮できません。たとえばそういうクルマを指して『こいつの最高出力は1200hp、最大トルクは800lb ft(1085Nm)だ』なんて言われると、正直いってうんざりしてしまう。それが発揮されるのは極めて限られた状況下のみ。結局は看板倒れなのです」
「マクラーレン F1の開発時に、性能目標は一切立てませんでした。これは本当です。報道陣に対して、最高速度や0 – 200m加速のタイムについて、目指すべき数字を語ったことは一度もありません。軽くてパワフルにしたら、速いクルマが完成した。そういうことです。最高速度や加速、サーキットのラップタイムで競い合うことにはまったく関心がありません。ましてや馬力にも。私がやろうとしているのは、究極のドライバーズカーをもう一度定義し直すこと。かつてのマクラーレン F1はそういうクルマだったし、ある部分では今もそうあり続けています」
誰でも運転できるクルマではいけない
マレーは軽いクルマが好きだ。
「以前、フェラーリやアストンマーティンなど、最新のスーパーカーを全車乗り比べてみたんです。しばらくの間一緒に過ごすことになったマクラーレン 720Sは、かつて私が運転した中で最も優秀なスポーツカーかもしれません。しかし、総毛立つような感覚はなかった。720Sから降りたとき、あなたはこう思うでしょう。『おばあちゃんでも運転できちゃうだろうな』と。サウンドもそそらない。マクラーレンらしくないスタイリングも好きになれませんでした。風洞実験で行き着いた結果だとか、260mph(約420km/h)を目指したらこうならざるをえないとか、そういう説明は気に入らない。そんなものは弁解にすぎないでしょう」
そして話題はマクラーレン F1に戻る。
「パッケージングのスタンダードを書き換えたのもマクラーレン F1でしょう。エンジンのサウンド、ペダルやシフトレバーやステアリングホイールから伝わる特別な感触や独特の視界、それにエアコンや十分な荷室といった日々に使える実用性も備えていた。我々はもう一度それを形にしようとしています。アナログドライバーのための本物の偉大なるスーパーカー。その最後の1台になるかもしれないと思っています」
ところでマレーは、現代のクルマを愛せるのだろうか。実際彼は、愛車のクラシックカーをじつに大切にしているようである。私たちが英国サリー州にある彼のオフィスを訪ねたときは、玄関前の一等地にロータス・セブン・シリーズ2が停まっていた。
しかし、少なからず興奮した面持ちでマレーは言った。
「新型のアルピーヌ A110を買いましたよ。実に楽しいクルマです。軽ければパワーもトルクもほどほどでいいのだということを証明してくれる。運転を楽しむために必要な速さをしっかり備えているしね。スーパーカーではないけれど、素晴らしい1台であることに間違いはありません。幅がもう100mmちょっと狭ければ、完璧な“motor car”になっただろうけどね」
マレーはクルマのことを決して“car”と略さない。かならず“motor car”と言う。(続く)
TEXT/Adam TOWLER
PHOTO/Angus MURRAY
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