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【中野信治のF1分析/第20戦】勝負か、引くか。角田裕毅とペレス、戦局を左右する一瞬の判断とそのプロセス

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【中野信治のF1分析/第20戦】勝負か、引くか。角田裕毅とペレス、戦局を左右する一瞬の判断とそのプロセス

 アウトドローモ・エルマノス・ロドリゲス舞台に行われた2023年第20戦メキシコシティGP(メキシコGP)は、マックス・フェルスタッペン(レッドブル)が3番グリッドから今季16勝目を飾りました。今回は好調を見せたアルファタウリの好走ぶりや、角田裕毅(アルファタウリ)の戦い。そしてセルジオ・ペレス(レッドブル)のアクシデントなどについて、元F1ドライバーでホンダの若手育成を担当する中野信治氏が独自の視点でレースを振り返ります。

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

【角田裕毅F1第20戦分析】早めの追い抜きを試みた末に接触。新品ハードを武器に戦うも、ブレーキのオーバーヒートに苦戦

 フェルスタッペンが今季16勝目を飾り、F1の年間最多勝記録を更新したメキシコシティGPでは、ダニエル・リカルドが予選4番手、決勝では7位に入るなど、アルファタウリのマシンも好調でしたね。舞台となったアウトドローモ・エルマノス・ロドリゲスは速度域がそれほど高くはなく、路面のミュー(摩擦係数)も高くはありません。コーナーのバンクも少なく、標高も高く空気密度が低いため、得られるダウンフォース量も低くなるという特殊なサーキットです。そのため、具体的に何がアルファタウリの好調さに繋がったのかは正直わかりません。

 ただ、セクター2の中高速コーナーでアルファタウリの2台はかなりアクセルを踏めており、さらには低速コーナーでも素早くクルマの向きを変えることができていました。素早くクルマの向きを変えることができると、立ち上がりで早めにアクセルオンができ、タイヤを守りつつ速いクルマになります。

 中高速コーナー、低速コーナーともにズバ抜けて速いというわけではありませんが、大きな弱点が見当たらないと見えました。そこが予選一発のスピードだけではなく、レースでもスピードを見せていた要因でしょう。もともとアルファタウリの車両は予選よりもレースで強い車両でしたので驚きはありませんでしたが、リカルドの予選でのパフォーマンスを見るに、メキシコシティGPではアルファタウリチームによるセットアップの最適化がかなりうまくできていたという印象です。

 それだけに、パワーユニット(PU)とギアボックスの交換がなく、グリッド降格がなかった状況での裕毅の予選アタックが見てみたかったですね(編注:角田はグリッド降格が決まっていたため予選Q2ではリカルドにトゥ/スリップストリームを使わせるために走行したのみ)。フリー走行での走りを鑑みても、裕毅は少なくともリカルドと互角で戦える位置にはいたと思います。ただ、PU交換もギヤボックス交換もタイミングなので、致し方ないですね。

 決勝で裕毅は後方18番手からの追い上げとなりましたが、33周目にターン8で起きたケビン・マグヌッセン(ハース)のクラッシュにより、セーフティカー(SC)が導入されました。そのSC中にタイヤ交換をしたランド・ノリス(マクラーレン)やアレクサンダー・アルボン(ウイリアムズ)が順位を落とすなか、赤旗導入と予測してコース上にステイアウトした裕毅は8番手に浮上し、レース中断を迎えました。あの状況でのステイは誰の判断だったのかは詳しくはわかりませんが、状況を的確に、瞬時に分析した良い判断だったと思います。

 リスタート後、新品のハードタイヤに履き替えた裕毅は、先行するミディアムタイヤを履いたオスカー・ピアストリ(マクラーレン)との7番手争いの末、49周目のターン1でピアストリと接触し、順位を下げ12位でレースを終えました。モータースポーツにおける接触については、接触した車両に乗っていた当事者たちにしかわからない部分が多々あります。外側からだけ見て何かを判断するのは難しいですが、あの接触の前に、裕毅はピアストリと複数回、抜きつ抜かれつの激しい攻防を繰り広げていました。

 その状況下で新品のハードタイヤという、比較的有利なタイヤを履いた裕毅が、タイヤのデグラデーション(性能劣化)が進む前にできるだけ早くピアストリをかわし、順位を上げたかったというのは理解できます。ピアストリの前にはリカルドもいましたしね。そんな、いろいろな感情が自分の中にある状況で、裕毅は『行かなくてはいけない』という気持ちが少し出過ぎていたのかなとは思います。

 当然、トライすることは大切なことですし、私は決してあの判断が間違っていたとは思いません。ただ、その時点での裕毅のペースは悪くはなかったですし、タイヤの状況も比較的有利だったと思います。それであればピアストリに対し、また違ったアプローチを試みて攻略することもできたかもしれないと思いますが、これもすべてはタラレバです。

 ドライバーにとってはその場、その瞬間の判断ですから、あとから外野がドライバーの判断に対し、正しい、正しくないと言うことは私は意味をなさないと考えています。あの状況、あの瞬間の裕毅のなかでは正しい判断だったのだと。確実にピアストリを仕留めるということだけを考えるのであれば、違う戦い方はできたのかもしれないとも思いますが、ドライバーとしての心情は私はすごく理解できます。

 裕毅にはこの経験を、さらなる成長に繋げてほしいです。裕毅の判断が正しかった、正しくなかったという話ではなく、もしかしたらあの状況や判断から何かを学べるかもしれない。さらに学ぶことで、自分自身のレベルをもう1段引き上げるきっかけになる可能性はあると私は考えています。そこをどう捉え、いかに戦い方を進化させていくかは裕毅次第です。

 さて、先述のとおり今回のメキシコシティGPではリカルドの活躍というものが大きくクローズアップされました。もともとの評価が低いドライバーでは決してないですし、私としてはメキシコシティGPでの活躍で評価が戻った、という印象ですね。モータースポーツはドライバーのメンタルの影響が大きいスポーツです。乗るクルマが自分に合う車両と感じるか、合わない車両と感じるかでドライバー自身の結果が天国と地獄というまでに変わる世界です。

 リカルドにとって今のアルファタウリのクルマとチームの環境は、リカルドのスタイルに非常にマッチしているのだと思います。ニック・デ・フリースの代役として急遽F1に復帰することとなり、その中で左手を負傷し5戦欠場ということもあり、リカルド自身不安に感じる状況もあったと思います。今回のメキシコでの好走で『自分はやれるんだ』というふうにリカルドも再確認できたのではないでしょうか。

 そんなメキシコシティGPにおいて、メキシコの観客の注目を一身に集めたのは母国GPを迎えたセルジオ・ペレス(レッドブル)でしょう。5番手からスタートを迎えたペレスは、抜群の蹴り出しでポールスタートのシャルル・ルクレール(フェラーリ)、ルクレールを挟んでフェルスタッペンという3ワイドでターン1進入を試みましたが、そこでルクレールと接触。この影響で早々にリタイアとなりました。

 この接触、アプローチも本当に難しい判断だったと思います。ただ、ターン1は3ワイドで入れるコーナーではありません。5番手スタートからトゥ(スリップストリーム)を使い、ターン1までにペレスが一応はトップに出ているので、あの状況でペレスは『引く』という判断を選択することは難しかったのでしょう。ペレスとしては『自分が前にいるのだから相手が早めに引いてくれるだろう』という望みがあった上でのターンインだったように見えましたが、ルクレールは2台に挟まれるなか、簡単にはポジションを譲ることなく、ギリギリまでブレーキングを遅らせていました。

 結果的に、ペレスの判断は楽観的だったと言えるかもしれませんが、引くわけにはいかないというペレスの立場の影響もあったと思います。『勝つためには、あそこで行くしかない』と考えたペレスの判断も、同じレーシングドライバーとして私には全否定はできません。もし、あそこでペレスが引いていたら、アウト側の位置だったこともあり、さらに1~2ポジションは落としていたと思います。

 勝負するのか、引くのか。それは、その瞬間のドライバーの精神状態や周囲の状況を含めて判断されるものだと思います。その瞬間に起きたことを、その瞬間に処理するということは想像以上に困難です。瞬間に起きたことを瞬間に処理するプロセスは、それまでのシーズンの戦い方も影響してきます。余裕がある状況であれば引くという判断もあったとは思いますが、苦戦が続くなかで母国GPを迎えたペレスにその余裕がない状況は容易に想像できます。

 あのメキシコシティGPだけではなく、それまでのレース、それまでの流れがあった上で、ペレスは勝負すると判断したのだと思います。ペレスの苦しい胸の内は伝わってきますし、来年に繋げるためにも今季残る3レースでペレスらしい、良い走りを見せてほしいなと思います。

 さて、少し話題が逸れますが、メキシコシティGPと同じ週末に鈴鹿サーキットで開催された全日本スーパーフォーミュラ選手権の最終大会について。リカルドの代役として今季5戦F1を戦ったリアム・ローソンはドライバーズランキング2位でシーズンを終えました。彼の能力の高さは疑いようがなく、もし第8戦が赤旗終了でなければ違った結果になっていたかもしれません。初めて走るサーキットも少なくはないなか、タイトル争いも繰り広げたローソンの戦いぶりは、チャンピオンに匹敵する内容だったと感じています。また、最終戦で輝きを見せてくれた太田格之進(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)の今後も楽しみですね。

 そして、今のF1で十分に戦えるローソンを相手に、1戦を欠場しながらも十分に戦った野尻智紀(TEAM MUGEN)の頑張りも日本のレース界にとって非常にポジティブです。そのローソンと野尻というふたりを下し、シリーズチャンピオンに輝いた宮田莉朋(VANTELIN TEAM TOM’S)も非常にクレバーで、能力の高いドライバーだと思いました。国内王者となった彼の今後の活躍も非常に楽しみです。

【プロフィール】
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿のバイスプリンシパル(副校長)として後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。2023年はドライバーとしてスーパー耐久シリーズST-TCRクラスへ参戦。
公式HP:https://www.c-shinji.com/
公式Twitter:https://twitter.com/shinjinakano24

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