米国へ渡った3リッター・スーパースポーツ
執筆:Mick Walsh(ミック・ウォルシュ)
<span>【画像】サンビーム・スーパースポーツと同時期のサルムソン 後年のサンビーム・ロータスも 全53枚</span>
撮影:Max Edleston(マックス・エドレストン)
翻訳:Kenji Nakajima(中嶋健治)
サンビーム 3リッター・スーパースポーツ、通称ツインカムの1926年当時の英国価格は、ボディ付きで1125ポンド。シャシーのみなら950ポンドだった。鮮やかなツートンカラーが、多くの富裕層にアピールしたはず。
その最初のオーナーは、後に地上最速記録を残すこととなるヘンリー・セグレイブ氏だった。フラッグシップ・モデルとして設計にも関わり、レーサーとして活躍していたセグレイブに、報酬の一部として贈られたと考えられている。
その頃には、最速記録への挑戦が始まっていた。ジョン・サミュエル・アーヴィング氏の設計で秘密裏に進められていた、排気量45Lのツインエンジン・マシン、サンビーム1000hpで。
セグレイブがロンドンの自宅の前から、女優だったドリス・メアリー・ストッカー夫人とドライブした様子を想像してみる。サンビームの拠点があったウルヴァハンプトンへの旅行では、ツインエンジン・モンスターの進展具合を確認したはずだ。
3リッター・スーパースポーツは1927年3月に、レコードブレーカーの1000hpとニューヨークへ船で旅立った。セグレイブのレーシングチームとともに。さらに海路でフロリダ州ジャクソンビルへ移動すると、驚異的な歓迎を受けたようだ。
サンビームのディレクターを務めていた技術者のコータレンは、記録更新に向けたPRを積極的に展開。サンビームのスポーツカーと勇敢なチャレンジャーの登場に、フロリダ州の人々興奮したことだろう。
サンビーム1000hpで327.97km/hを樹立
地元警察が護衛する中、英国人エースドライバーは、ツインカムの3リッター・スーパースポーツで移動。当時の様子を見ると、セグレイブが現地の要人とともに浜辺を走らせている姿がある。
同乗したカメラマンが、イエーガー社製の白いスピードメーターを映す。速度は120km/hに届いていた。アールデコ様式のクラレンドン・ホテルの前では、暗い色調のアメリカ製セダンのなかで、白ボディがひときわ輝いて見えたはずだ。
そして1927年3月29日、真っ赤に塗られた1000hpは、西海岸の浜辺で203.793mph、327.97km/hを樹立。当時の地上最速記録で、英国の立場を確固たるものとした。パドックでは、セグレイブが大勢の観衆に迎えられたに違いない。
英国人ドライバーでブルーバードと呼ばれた、マルコム・キャンベル氏とセグレイブとの戦いは、当時の国際的なニュースだった。英国南部のペンディン・サンズ・ビーチでブルーバードが残した記録を約30mph、48.2km/hもセグレイブは更新したのだった。
水上最速記録を保持していた、ガーフィールド・ウッド氏もフロリダを訪れ、彼の記録を目撃した1人。水上記録の更新も狙っていたセグレイブは、技術者でもあり起業家でもあったウッドを知っていた。
彼が設計するボートは先進的なもので、セグレイブが記録を達成すると、2人は夕食で意気投合。ツインカムの3リッター・スーパースポーツと、スピードボートの船体2艇とを交換する約束を結んだという。
フォードのV8エンジンで40年を過ごす
3リッター・スーパースポーツの白いダッシュボードの後ろに、ドライバーは高く座る。長いボンネットを見下ろせば、当時の様子が自ずと浮かんでくる。サンビームの新しいスポーツカーは、アメリカで大きな反響を呼んだ。
エキゾチック・モデルとして、ウッドは12年間、ミシガン州の自宅で大切にした。英国生まれのスポーツカーが、2人目の速度記録保持者にも所有され、パワーボートの発祥の地にあったという事実は価値を高める過去といえる。
ウッドは1938年10月、セグレイブのスーパースポーツをカナダ・オンタリオ州の自動車愛好家、メジャー・グリーニング氏へ売却する。その時に取引された金額は、僅か100ドルだったらしい。
カナダの冬は厳しく、ツインカムエンジンは損傷。グリーニングは彼の整備士へ、サンビームを譲り渡す。それから40年間、有名なボディの内側にはフォード社製のフラットヘッドV8エンジンが載せられていたそうだ。
幸いだったのは、シャシーはほぼ手つかずだったこと。その後、ブリトン・キャメロン・ミラー氏にサンビームは救われる。サンビームとマセラティの愛好家で知られる人物だ。
大西洋を横断してから52年後、シャシー番号4001Gの3リッター・スーパースポーツは渡英。ロンドンの北、ポッターズ・バーに建つミラーの自宅へ運ばれた。
オリジナルのエンジンはカナダで止まったままだったが、別のツインカム・ヘッドを載せて残されていた。白いメーターや別注のステアリングホイールなど、特徴的な部分もオリジナルが保たれていた。
6年間を投じた丁寧で綿密なレストア
複数のサンビーム・ツインカムを所有していたミラー。手を付けるべきクルマが多く、3リッター・スーパースポーツは、放置状態になっていた。
そこへ、現在のオーナーが救いの手を差し伸べる。サンビームの第一人者として知られるジム・キャットナッハ氏へ、オーナーはレストアを依頼。1926年に発表された当時の姿へ、復元する作業が託された。
キャットナッハが請け負ったレストア作業には、元のクランクケースを用いた、新しいエンジンのリビルドも含まれていた。丁寧に綿密に仕事は進められ、作業には約6年を要している。
完成したサンビーム 3リッター・スーパースポーツの佇まいは壮観だ。今でも走る先々で、数え切れないほどの賛辞を集める。
現在、サンビームのスピードブレーカーに搭載されていた、12気筒エンジンの1基がリビルドされているという。327.97km/hを叩き出したサンビーム1000phが、再び走れるように。
このセグレイブが所有していた3リッター・スーパースポーツと並んだとしたら、前例のない素晴らしい光景になるだろう。将来のアメリアン・アイランド・コンクールデレガンスの会場に、ぜひ2台を展示してもらいたいと思う。
デモランとして、デイトナビーチを走るのも良い。セグレイブが1927年に残したスピード記録の100周年まで、残り6年ある。素晴らしい次のオーナーの手に渡り、実現してほしいものだ。
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