■連載/金子浩久のEクルマ、Aクルマ
コロナ禍によって幕張メッセでの「AUTOMOBILE COUNCIL 2020」の開催はさすがに厳しいだろうと思っていた。案の定、最初の予定だった4月の開催は5月に延期され、5月の開催も厳しいのではないかと案じていたたところ、8月に延期となった。当時、延期を伝える実行委員会からのメールは悲壮感さえ漂っていた。
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無理もない。同イベントは、2016年に始まってから今年で5回目の開催となるが、クラシックカーファンや関係者への認知も高まり、今年はさらなる飛躍が期待されていた。コロナ禍とはいえ、簡単に中止してしまってはこれまでの努力が水の泡になる。
しかし、実行委員会は、粘りに粘り、関係各所と協議を重ね、感染予防と開催を両立すべく奔走し、ついに開催にこぎつけた。プレスデーの7月31日に幕張メッセに赴くと、事前に記入しておいた来場者情報登録用紙の提出、マスク着用の確認、手指の消毒、千葉県のアプリのダウンロードの確認、体温の測定、顔面の画像登録などが求められ、対策は徹底していた。もちろん、これらに疑問を差し挟む来場者はいなかった。当日も実行委員会は換気の促進、3密回避のための会場内巡回、来場者数のカウントなどを励行していた。
100周年のマツダは名車がずらり!
会場にいくと、まず主催者によるテーマ展示の2台に出迎えられた。テーマは「60年代ル・マンカーの凄みと美しさ」。赤いクルマが「イソ・グリフォA3/C」だ。「イソ・グリフォ」は33年前に北米で、15年前にイタリアで、ロードバージョンを路上で見たことがあり、その優美な姿に強く惹かれた。今回の旅で、再びその姿を拝めることができたので、来場して本当によかったと思う。これは、その競技版で、車高が低く、迫力もある。
青いのが、アルピーヌ「M63」だ。オリジナルの「A110」と共通しているのは、ウインドスクリーンだけで、他はすべて競技用だが、小さく、低く、流れるようなボディーは、まさにアルピーヌらしい。どちらも売り物ではなさそうだ。
以前は、日本の5大自動車メーカーが出展していたが、今回は、トヨタ、ホンダ、マツダの3社。輸入車インポーターは、ボルボ、ポルシェ、ジャガー・ランドローバー、マクラーレンの4社。他に数十のクラシックカー販売業者やクルマ関連商品の業者などがブースを構えていた。
メーカーの中で最も広いスペースに多くのクルマを展示していたのがマツダだ。マツダは創業100周年を記念するこうした展示を2月のジュネーブ・モーターショーから始め、世界中を巡業する予定だった。しかしそれも、コロナ禍で中止されてしまった。
ピカピカにレストアされた1938年型の3輪トラックを筆頭に、9台のクラシックカーと2台の現行車を展示していた。現行車は、どちらも輸出仕様車の「MX-5」(ロードスター)と「MX-30」(秋に日本でも発表される予定のハイブリッド車)。単に昔のクルマを懐かしがるだけでなく、それらが現代のクルマに連なっていることの重要性を端的に展示していた。
中でも筆者がグッと引き寄せられてしまったのが、1980年型の「ファミリアXG」だ。1970年代のオイルショック不況によって経営不振に陥っていたマツダを立ち直らせるほどの大ヒットを記録したクルマだ。ちょうど、サーファーファッションがもてはやされていて、波乗りをしないのにファッションだけはサーファーばりの人々を「陸(おか)サーファー」と揶揄していた。その“陸サーファー御用達”とありがたくないレッテルを貼られていたのが、この型の「ファミリアXG」、それも赤だと言われていたのである。
ただ、「ファミリアXG」とマツダの名誉のために付け加えておくと、「ファミリアXG」は当時の日本車のレベルを大きく凌駕するハンドリングや斬新なインテリアデザインなども正当に高く評価されていたことも大きな事実だった。当時、筆者はまだ学生だったが、同級生の父親が購入したものを運転させてもらったことがあった。他のクルマととても違っていたことは感じ取ることはできて、感銘を受けたことを憶えている。
そんな昭和の思い出を反芻しながら展示されている「ファミリアXG」の説明プレートを読んだら、なんと、マツダ自らが陸サーファー御用達だったと記しているではないか! 何という潔さだ。さすがは、マツダだ。
「これから刊行するマツダ100年社史の本にも書きますので、ご期待下さい」
マツダの広報部スタッフの説明に、さらに驚かされたのであります。声を大にして言いたい、おめでとう!マツダ100周年。
ホンダ「RC166」も登場!
ホンダは「シビック タイプR」と、2度目にF1グランプリに優勝した1967年の「RA300」、1966年の2輪の世界グランプリ250ccクラスのチャンピオンを獲得した「RC166」とその6気筒エンジン。どちらも、ホンダのというよりは日本の自動車工業界の宝と呼べる存在だ。特に「RC166」はたった250ccの排気量なのに、超精密な6気筒を超高回転させることで高出力を得るという“突き抜けた”戦略が功を奏してチャンピオンシップを席巻した。
後年になってもそれが独り善がりとならなかったのを、筆者はイギリスのグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードで目撃したことがある。会場のヒルクライムコースで「RC166」を往年のライダーが走らせるために、ホンダコレクションホールのメカニックがパドックで暖機運転を始めたところ、空気を切り裂く強烈な排気音が周囲に見物客を集め始めた。だんだんと回転数を上げていき、軽く1万回転以上を回し続け、クライマックスに達したところで止め、数分前の静寂に戻った。その瞬間に取り巻いていた見物客たちからの盛大な拍手が鳴り止まなかった。ギアとベアリングとガソリンが織りなす音楽のようだった。
オートモビルカウンシル2020のホンダブースでは「RC166」だけでなくその6気筒エンジンも個別に展示していて、じっくりと見入ろうとする来場者が引きも切らなかった。「超高回転・高出力」というかつてのホンダイズムが巧みに展示されていた。
トヨタは、セリカ生誕50周年を記念してトヨタ博物館から1973年のセリカ・リフトバック、1990年のサファリラリーに出場したセリカGT-FOUR、1988年のIMSA選手権(アメリカ)マシンのセリカターボなどを出展。
マクラーレンは、公道走行も可能なサーキット用モデル「620R」を発表。限定350台の生産で、日本仕様はすべて売り切れ。ポルシェやボルボなどはそれぞれのクラシックカー部門がレストア済みのクルマを販売していた。そうした完成車の販売だけでなく、整備など輸入車インポーターはクラシックカーの楽しみ方を広げる方策を広げてきているのは頼もしい限りだ。
オートモビルカウンシルの楽しみは、さまざまなクラシックカー販売業者のスタンドにある。今年も、豪華で高性能なGTであるアストンマーチン「V8」から、軽自動車のマツダ「R360クーペ」までバリエーションに富む出展がなされていた。
それぞれ魅力的なクルマが展示されていたが、中でもうなってしまったのが、AutoRomanのマツダ「RX-7」(FD)と同「R360クーペ」だった。どちらも、ほとんど新車と呼べるほどの距離しか実際に走行していていないのだ。よくそんな個体が見付けたものだ。
「マツダさんの100周年をお祝いさせていただきました」
AutoRomanの広範なネットワークの賜物だろう。次に引き寄せられたのは、ブルーグレーメタリックのアストンマーチン「DBS Vantage」(1969年)だった。偶然にも、前の晩に自宅で映画「女王陛下の007」を観ていて、この作品でボンドが乗っているのが「DBS」なのである。冒頭から「DBS」はポルトガル南部エストリルの海岸を疾走するシーンから始まる。ボンドガールを追い掛けて、大胆にも道路からビーチに直接に乗り入れるシーンが印象的だ。
その実物が翌日の会場で眺められたので見入ってしまった。それまでの「DB5」や「DB6」などからガラリと趣きを変えて、大型化された「DBS」は抑揚の強いスタイルを採っているが、実物を眺めるとフロントとリアフェンダーなどに実に繊細な造形が施されている。展示車はボンネットを大きく開けてエンジンを見せていたが、見事なコンディションだった。販売価格は2100万円。
オートモビルカウンシルが楽しいのは、クルマばかりが展示されているわけではないところだ。バーニーズ・ニューヨークがコノリーの革バッグや小物などを展示したり、何軒ものギャラリーが作品を展示販売していた。マルシェと呼ばれる小さなブースではミニカーや書籍、新旧のファッション、ケミカル類などを展示販売。
中でも、マニアックで面白かったのが「Artisan Alley」。Tシャツを始めとする小物類を販売している。ブースの壁に何点ものLPレコードやCD、カセットテープなどが陳列されていて、それらはジャケットにクルマがデザインされているものばかり。
トレイシー・チャプマンのデビューアルバムは彼女の顔が大写しになっていて、クルマには関係ないように見えるが、実はその中に収められている「Fast Car」というヒット曲が収められているから、というちょっとマニアックなセレクションだ。「Fast Car」はハッピーな内容の曲ではないけれども、アメリカでクルマというものが担っている役割というか存在感を見事に描写している。あいにくと、まだインターネット上でしか普段は営業していないそうだが、実店舗があって、その中の一角がカフェになっていたりしたら、主人のマニアックな話を聞きにきっと通うだろう。
実行委員会は、本当によく粘って開催に漕ぎ着けた。その努力に拍手を送りたい。こうしたイベントは国内では他にない唯一のものなので、自動車カルチャーを充実させるためにも、ぜひ来年以降も開催して欲しい。
文/金子浩久(モータージャーナリスト)
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