■夢のクルマとしてワンオフされた「ピラーナ」
VAGUEのランボルギーニ「エスパーダ」のオークションレビューにて、「タイガーマスクの愛車に激似!!」というタイトルおよび、実はタイガーマスクの愛車が別のクルマであることを記した一節が、予想外に大きな反響となった。
ミウラが現代に蘇った! ランボルギーニ「ミウラ・コンセプト」
『タイガーマスク』」は、原作:梶原一騎/作画:辻なおきのコンビによって描かれ、1967年から月刊『ぼくら』および週刊『ぼくらマガジン(のちの少年マガジン)』に連載されて大ヒットした少年マンガ。さらに1969年からはTVアニメーション化され、この時代の子供たちを大いに沸かせた。
そしてこのアニメ版において、タイガーマスクの正体である「伊達直人」が、孤児だった彼自身が育てられた児童養護施設「ちびっこハウス」に「キザ兄ちゃん」として訪れる際に乗ってゆく豪奢なスポーツカーは、長らくランボルギーニ・エスパーダと信じられていた。
しかし近年では、同じベルトーネ+ガンディーニがジャガー「Eタイプ」をベースに製作したコンセプトカー「ピラーナ」であるというのが新たな定説となっているようだ。
そこで、2021年に60周年を迎えた名車ジャガーEタイプを祝うスピンオフ企画としての意味合いも込めて、ジャガー・ピラーナとランボルギーニ・エスパーダの相関関係を、今いちどひも解いてみることにしよう。
●新聞記者たちの夢からスタートしたピラーナ
カロッツェリア・ベルトーネのワンオフ・コンセプトカー、ジャガー・ピラーナが誕生に至るいきさつについては、近年になって英国の自動車専門誌「OCTANE」が実に興味深いエピソードを掲載していた。
その記事によると、ピラーナにまつわるストーリーは1967年の某日、イギリスのタブロイド日刊紙「デイリー・テレグラフ」の自動車ページ担当記者たちによっておこなわれた、「夢のクルマ」をテーマとする非公式のミーティングに端を発したそうである。
その結論として「速くて機敏ながら快適、そしてスタイリッシュ」というのが夢のクルマの条件となったとされるが、話はそれだけでは終わらなかった。
この時期、セレブや英国王室のゴシップなどで人気最高潮にあったデイリー・テレグラフ紙の首脳陣は、同じく当時のカリスマ的人気車であるジャガーEタイプをベースとして、記者たちに夢のクルマを創らせることを許可したというのだ。
さっそくデイリー・テレグラフ紙はジャガーの創業者であるウィリアム・ライオンズ卿にコンタクトをとり、Eタイプ2+2のメカニカルコンポーネンツとボディシェルを入手する手はずを整える。その一方でボディのデザインとコーチワークについては、イタリア・トリノのカロッツェリア「ベルトーネ」に委ねることになった。
これらの契約は1967年4月に締結され、ワールドプレミアの舞台は半年後の10月に開催される「ロンドン・モーターショー」にするというスケジュールも決定する。
こうして、デイリー・テレグラフ発信のワンオフ・コンセプトカーの開発がスタートした。ジャガー・カーズから購入したエンジンは、265psを発揮する4.2リッターの「XK」直列6気筒DOHCユニット。当時オプション設定のあった、ボルグ・ワーナー社製3速オートマティック変速機が組み合わされていた。
ボディデザインを担当したのは、当時のベルトーネのチーフスタイリスト、のちに巨匠と称されることになるマルチェッロ・ガンディーニである。ランボルギーニ・ミウラで才能の萌芽を見せていた彼は、ジャガーらしいロングノーズに大きなキャビンを巧みに融合させ、実にスタイリッシュなボディラインを構築してみせた。
そして「ベルトーネ・ジャガー・ピラーナ」の名を与えられて、予定どおり1967年のロンドン・モーターショーに出品される。その反響は極めて大きく、遠く離れた日本でも精巧なプラモデルやミニカーが発売されるほどだった。
そこで、機を見るに敏なデイリー・テレグラフおよびヌッチオ・ベルトーネは、ジャガーのライオンズ卿に限定生産を持ちかけたが、あえなく却下される。ピラーナは生来の目的のまま、ワンオフ習作に終わってしまったのであった。
ちなみにこのピラーナは、RMサザビーズが開催した2019年のオークションにて、32万4000ドル(邦貨換算約3500万円)で落札されている。
一方ランボルギーニ・エスパーダは1968年に正式デビューを果たすが、当然ながらピラーナがそのままエスパーダになったわけでない。エスパーダの誕生には「キー」となるガンディーニのデザイン+ベルトーネの製作によるコンセプトカーがもう一台存在したのである。
それがランボルギーニ「マルツァル」である。
■1960年代的未来を具現化したデザインの「マルツァル」
1967年3月のジュネーヴ・ショーでデビューしたランボルギーニ・マルツァルは、フル4シーターのグラントゥリズモの可能性を模索するランボルギーニとカロッツェリア・ベルトーネがコラボレーションして開発・一品製作したデザインスタディである。
●ピラーナとマルツァル、二つのコンセプトの融合
ジャガー・ピラーナと同じくガンディーニの手がけたデザインは、前後シートへのアクセスを可能とする巨大なガルウィングドアは上下分割のガラスで構成されるとともに、ルーフもほぼ全面がガラス張りというエキセントリックなものであった。
パワーユニットは、当時のランボルギーニ最新モデル「P400ミウラ」用4リッターV12エンジンの後部バンクのみを使用した2リッター直列6気筒エンジンである。このエンジンをリアに横置きで搭載することで、4人がゆったり乗ることのできるキャビンスペースを確保するというのも、少なくともアイデアとしては斬新ではあった。
しかし、市販スーパーカーとしては絶対的なパワー、あるいは生産性などにもマルツァルは看過できない問題があったのだろう。翌1968年に発表された実質的な生産モデル「400GTエスパーダ」では、4リッターV12エンジンをフロントに搭載、後輪を駆動するコンベンショナルなレイアウトと、普通の2枚ドアを持つボディデザインに変更されることになる。
そして、マルツァル・コンセプトをより現実的なエスパーダに作り替えるというミッションにあたって、ある意味「たたき台」とされたのが、当時ほぼ同時進行でプロジェクトが進められていたジャガー・ピラーナだった。
幸いなことに、ピラーナとそのベースになったジャガーEタイプ2+2のホイールベースは2670mmと、エスパーダ用に想定された2650mmと極めて近い数字だったのだ。
実はエスパーダにおいても、ごく初期には前/後席をまかなうガルウィング式ドアの可能性が模索されていたことが判明している。しかし、一説にはフェルッチオ・ランボルギーニ自身の意向によってコンベンショナルな2ドアクーペとされるにあたり、ピラーナのドアやサイドウインドウのグラフィックが引用されたことは容易に想像できる。
ただし、あくまで2+2であるピラーナがEタイプのイメージを投影したロングノーズを強調していたのに対して、フル4シーターを目指したエスパーダはV12エンジンを前方に追いやるとともに、Aピラー以降のキャビンもより大きなものとされた。
そして大型化されたキャビンと視覚的なバランスをとるため、あるいはショーファードリブンも見越したといわれるエスパーダでは、後席の住人にも快適な視界を提供するため、リアクォーターウインドウも後方に延ばされることになった。
つまりエスパーダのデザインは、もとはリアエンジン車であるマルツァル譲りの基本プロポーションに、ピラーナ譲りのディテールを組み合わせたものと見るべきであろう。
そしてこれらの3モデルすべてのミッションは、鬼才マルチェッロ・ガンディーニによって遂行されたのだ。
■タイガーマスクの愛車はエスパーダかピラーナか
さて、ここまでは「ジャガー・ピラーナこそ伊達直人およびタイガーマスクの愛車」という前提で話を進めてきたものの、冒頭で記したとおりかつては定石となっていた「タイガーマスクの愛車はランボルギーニ・エスパーダ」という以前の見方はたしかに間違いであるとともに、実は正解でもあるようだ。
●エスパーダ説も間違いではない?
アニメーション版のオープニングでは、主題歌『行け! タイガーマスク』をBGMとして、ジャガー・ピラーナが登場する。
それがエスパーダではなくピラーナであることは「伊達直人」の運転でこちらに向かって走ってくる際に、グリルの上縁に薄い凹みがあることと、左右2対のヘッドライトの間にジャガーの象徴「リーピングキャット」を簡略化されたと思しき、横長の白い物体が確認できることからも明白といわねばなるまい。
ところが、アニメ本編ではグリル上縁が真っすぐで、ボンネットと左右フェンダーの境界部に黒いエアアウトレットが確認できる、どちらかといえばランボルギーニ・エスパーダと思しきクルマが複数回登場していることも確認されているそうだ。
さらにいえば、本編の別エピソードではガルウイングドアを開いた姿も登場しており、これは当時の作画スタッフが、マルツァルとも混同してしまっていた可能性をも示唆している。
これはあくまで推測なのだが、ワンオフのコンセプトカーであるピラーナはもちろん、生産型のエスパーダさえも当時の日本国内ではほとんど見るチャンスはなく、アニメーション作画のモチーフやヒントは辛うじて手に入る写真やプラモデル、おもちゃなどに頼らざるを得なかったのではないだろうか。
蛇足ながら、原作の漫画では真っ赤なマツダ「コスモ・スポーツ」、しかも生産期間の短かった前期L10A型が、伊達直人/タイガーマスクの愛車として登場することも、ここに記しておくことにしよう。
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