直前延期にロッシ欠場など、2010年は波乱続き
連載:山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]【独占Webコラム】
ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、その当時を振り返ります。2010年のMotoGP最高峰クラスは、ブリヂストンのワンメイクになって2年目のシーズン。タイヤは正常進化させたはずなのに、なぜか転倒者が増えたと指摘されて……。
TEXT: Toru TAMIYA
延期は決まったものの、空路閉鎖によりチャーター便の行方は……
―― 日本からスペインへどうやって飛ばすか、ドルナスポーツもその対応に追われた。
アイスランドでの噴火による火山灰の影響により、大規模な空路封鎖が発生したことに起因した、2010年のMotoGP第2戦日本GPの延期騒ぎ。前回振り返ったように、我々ブリヂストンもこれにより費用と労力の点でかなり大変な思いをしましたが、当然ながらMotoGPを運営しているドルナスポーツはもっと大騒動だったようです。延期の決定は、レースウィーク直前の日曜日(決勝の1週間前、フリー走行初日の5日前)でしたから、当然ながらチャーターしていた3機の飛行機はすでにカタールから日本に到着済み。それを今度は、次戦の舞台であるスペインのヘレスに飛ばさなければならないのに、荷主であるドルナのメンバーが誰も来日できていない状態だったので、その対応ができないわけです。しかも、ヨーロッパはなおも大規模な空路閉鎖中。問題は山積みです。それでも、チャーター機なので一般の旅客機よりはフレキシブルな対応ができたよう。課題だった空路は、最初に米国アラスカ州のアンカレッジ経由などを探り、フィンランド経由に落ち着いたようでした。
となると、本来は日本GPの翌週に開催予定だったスペインGPは開催されることになるわけで、今度は日本にいる我々のような日系メーカーのスタッフが、どうやって現地入りするかという問題が浮上。ブリヂストンはこの年、ドイツのスタッフに加えて日本人スタッフが4人で現地対応していたのですが、日本人が誰も行けないという事態だけは避ける必要がありました。当初予約していた飛行機はオランダのアムステルダム経由でしたが、フライトそのものがキャンセルされる可能性も予想されたので、トルコ経由やイタリアのローマ経由も予約。さらに、エジプトのカイロ経由も検討したのですが、こちらは満席で予約できませんでした。また、日本人のうち技術者の2名は、予定より1日早いフライトに変更。たくさんの“保険”をかけて、最悪の事態に陥らないようしたことを覚えています。幸いなことに、私は最初に予約していたアムステルダム経由の便で無事にヘレスまでたどり着くことができ、とくに大きな問題も発生しなかったのですが、あの噴火騒ぎには本当に参りました。
タイヤは前年とほとんど変わらないのに転倒者が増えた!?
この2010年は全18戦のシーズンでしたが、このうち第5戦イギリスGPから第9戦アメリカGPまでは、6週で5戦を実施するというハードな連戦。その終盤あたりで、MotoGPクラスの転倒者が前年と比べて多いことがやや問題視されるようになりました。また、「タイヤの温まりが悪い」というようなことを、稀ではあるもののライダーがコメントすることもありました。しかし、前年から変更したのはリヤタイヤのソフトとミディアムのコンパウンドのみで、それも温度域を上下ともに拡大する方向の改良。さらに、全体として気温条件は前年よりも良かったので、タイヤが悪くなっているとは考えづらい状況でした。とはいえ、我々としても転倒者は避けたいところ。それによってライダーがケガをするのは望ましいことではないので、データを検証しながら原因を追究したのですが、なかなか解明には至らず困らされました。
決勝レース中の転倒者が多い要因のひとつとして、250ccクラスに代わってその年からスタートしたMoto2クラスの影響があるのでは……という意見も。前年の250ccは25台前後のエントリー台数でしたが、2010年のMoto2はかなり多くて約40台。しかも、かなりタイヤをスライドさせて走行するので、これによりタイヤカスで路面が汚れやすくなったせいでは……という推測です。実際にMoto2のレース後は、タイヤのゴムでかなり路面が黒くなっていて、ライダーたちは予選までよりも滑りやすいとコメントしていました。土曜日までMotoGPはMoto2の前に走行時間が設けられていましたが、決勝日だけはMotoGPが後。そのため、レーススケジュールを変更して土曜日までと同様にMotoGPをMoto2よりも前に走らせることも検討されたのですが、MotoGPにはTV放映時間や会場でのエンターテイメント性という要素も絡んでいます。レーススケジュールを簡単に変更することはできませんでした。
また、転倒者の増加はマシンの改良によるもの……という意見もありました。タイヤはほとんど変わらなくても、マシンは当然ながら前年から進化されています。例えばドゥカティは、エンジン規制に対応する目的もあって爆発タイミングまで変更。しかも電子制御の発展が著しい時代でもあったので、前年よりタイヤに負荷がかからない細やかな制御になったことでタイヤが温まりづらくなった……なんて想像も成り立ちました。とはいえ、結局のところ核心に迫ることはできず。モヤモヤだけが積もることになったのです。
シーズンの主役はロッシからロレンソへ
そしてこの年の前半、“多すぎる転倒者”にはあのバレンティーノ・ロッシ選手も含まれていました。前年度王者のロッシ選手は、第4戦イタリアGPのFP2(フリープラクティス)で転倒。これにより、この母国グランプリを含む数戦を欠場することになったのです。とはいえロッシ選手の転倒は、他のライダーとは少し異なる状況でした。FP1で最速タイムを叩き出し、FP2では最初にミディアムタイヤで走行。その後、ハードに替えて2周目の出来事でした。後ろを走っていたダニ・ペドロサ選手によると、セクション3に他のライダーがいたことからロッシ選手はスロー走行していて、セクション4に入ったところでペースアップ。このセクション4の左コーナーで転倒したのですが、走行データによるとセクション3は通常よりも7秒ほど落としていて、なおかつ左コーナーが少ないコースレイアウトだったことから、スロー走行でタイヤの左側が冷えてしまったようでした。本人やチームも走り方のミスを認めたものの、大ベテランの転倒によるケガには、我々も心を痛めました。
このシーズン、開幕戦ではロッシ選手が優勝して相変わらずの強さを発揮したものの、第2戦スペインGPと第3戦フランスGPでは、ヤマハワークスチームのチームメイトだったホルヘ・ロレンソ選手が、いずれもレース中にロッシ選手をパスして勝利。そんな状況で迎えた母国の第4戦でしたから、FP1からロッシ選手の走りには気合いのようなものを感じていましたが、ちょっと無理しすぎちゃったのかもしれません。そしてロッシ選手の欠場もあり、シーズンはロレンソ選手がけん引していくことになるのでした。
―― 第2戦スペインGPでは、好スタートを切った#26ペドロサ選手を終盤に追い上げたロレンソ選手がラストラップで逆転勝利。序盤にはペドロサ~ロッシ~ロレンソが各1.5秒程度の差で膠着状態だったが、中盤以降にロレンソ選手が力を見せつけた。
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