スタンダードでどれほど完成度が高いバイクであっても自分だけの一台に仕上げていく、カスタムの喜びは別の話だ。発表と同時にカスタムマシンが公開されたZ900RSマシン製作は日本を代表する三人のコンストラクターが担当。バイクの賢人達は、カスタム製作を通じてZ900RSになにを見たのか? Z900RSというバイクの本質と、その可能性に迫る。(Text & photos / K.ASAKURA, Sutudio photos / K.KAIHO(Photo Space RS)
万能であったから名車たり得たZ、Z900RSにも同じ血が流れている
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鍛造マグネシウムホイール、JBマグ鍛に代表される高性能パーツメーカーとして、また国内有数のカスタムビルダーとしても知られるビトーR&D。
カワサキがZ900RSのオフィシャルカスタム製作を託したのは、誰もが納得のいく選択であった。 車体の隅々まで手が加えられていながら、過度には主張しない仕上がりは、いかにもビトーR&Dの作。
絶賛を浴びた一台はいかなる思想のもとに生み出されたのか? そしてZ900RSというバイクになにを想うのか? 同社代表の美藤定氏に話を聞いた。
「ある日カワサキさんから、ちょっと来てもらえないかと連絡がありました。明石に伺ったところ『こういうバイクを作ったんです』と、見せられたのがZ900RSでした。ひと通り車両の説明を聞いた後、このバイクでカスタムの提案をしてもらえないか? と、お話をいただいたんです」
美藤氏は、その場でオファーを受託。即決であったという。Z900RSは、その日の夕方にはビトーR&Dのファクトリーに届けられたという。
「断る理由はありませんからね。我々のようなアフターマーケットの人間が、メー カーさんに『こういうバイクを作って欲しい』と直接お願いできることなど、そうはありません。自分の考えている『こうあるべき』というバイクを提案できる、またとない機会だと考えました」
ビトーR&Dは、空冷Z系マシンのカスタマイズを数多く手がけてきた。また、美藤氏自らが、Zを良く知り、Zを愛する一人のバイク乗りである。それだけに、新たにZを冠したマシンの存在に、強く興味を惹かれたようだ。
「カワサキさんが、どういったマーケティングを行っているかは、私にはわかりません。ですが、このところユーザーさんの要望を、製品であるバイクに反映することが上手に出来ていないように感じていました。Z900RSのようなバイクは、ただの懐古主義と捉えられる危険性もあります。後退しているイメージを持たれやすいというか......。このバイクを作ることを決めたのは、冒険であったろうなと思います」
実際のところ、Z900RSは美藤氏の目に、どのように映ったのであろうか。
「パッと見て、好印象でしたね。車体の構成もデザインも、新しい挑戦をしていると感じました」
Z900RSは、最新のテクノロジーを用いて作り出された、紛うことのない現代のバイクである。イメージこそ丸タンクのZをモチーフとしているが、安易に過去の遺産に縋ることなく、名車へのリスペクトをデザインに昇華させている。
そうして、新しいバイクとして生み出されたことを評価し、挑戦する姿勢に好感を抱いている様子だ。
「ひと昔前に比べると、バイクの絶対性能は大きく進化しました。パワーでも、リライアビリティの面でも、以前とは比べものになりません。そんな今の時代だから、人々が感動できるものとはなにかを考える必要があると思うのです。すべてが高度化し、ある程度の高得点は取りやすくなっています。イチかバチかのチャレンジに賭け、危険を冒す必要はない。 技術が進化した恩恵は大きい、その反作用で挑戦することが難しい時代です。性能ばかりを追いかけたわけではないZ900RSというバイクを世に送り出すことは、カワサキにとって挑戦であったのだと思います」
偉大なる名車Zというバイクの本質と、Z900RSとの相似性についても言及する。
「Z1は当時のスーパーバイクとして生み出されましたが、同時にどんな使い方もできるスタンダードなバイクでもありました。そうした万能性があったからこそ、長く愛される名車たり得たのでしょう。 Z900RSにも、同じ可能性を感じています。基本性能の高さは申し分ありません。 誰もが走りを楽しめる優しさを備えていますから、ビギナーにも楽しめる。素性が良いから、弄っても面白い。味付け次第で、 ベテランも満足させる奥深さを持っています。どんな乗り手が乗っても、どんな走り方をしても楽しめる。この万能性は、Zの血統に連なるものだと思います」
美藤氏のZ900RS論は、バイクの楽しさの本質にまで広がっていく。
「実用性が無くても、人生を豊かにしてくれるものは大切。音楽や美術品など芸術の分野は、実生活で役に立つわけではありませんが人を惹きつける。バイクも、そうしたもののひとつだと思うんです。 原初のバイクは自転車にエンジンをつけたもの。スピードや走行性能を語るような代物ではなかった。ですが、バイクで走ることの感動は素晴らしいものであったはず。 そこに気づくことが、我々が今以上にバイクを楽しむための鍵だと考えています。Z900RSは、絶対性能とかけ離れたところで、走りの楽しさ味わえる個性がある。バイクの楽しさの本質を、より多くの人に気づかせてくれる。そうした可能性を感じますし、そうなって欲しいと期待しています」
最強最速のマシンではない。だが、走りの喜びに満ちているZ900RS。パフォーマンス至上主義からの脱却。Z900RSは、その先鞭をつけるマシンとなるのかもしれない。
THE WORK OF THE WISE MAN 走りの味わいと快適性、どちらも妥協なし
この車両はビトーR&Dのデモバイク。東京モータショー出品車とは、ブレーキシステムなど細部が異なる。また、十分な性能との判断でマフラーはノーマルのまま。
前後18インチ化で目指したのは “より人に近い” コーナリング
Z900RSのカスタムバイクを製作するにあたり、美藤氏が最初に行ったのはノーマルの状態で走りこむことであったという。
「すべてが軽い。よく走って、よく曲がる。 ブレーキもしっかり効く。悪いところがあるように思えませんでした。これは、いじる必要があるのだろうか? と......」
バイクをカスタマイズする理由は様々だ。”なんとなくいじりたい”という理由で、 改造に走るユーザーも存在する。バイクの楽しみ方は人それぞれだから、否定すべきではないが、そうした“カスタムが目的のカスタム”は美藤氏の流儀ではない。カスタムマシンを製作するときのコンセプトは常にひとつだ。
「乗って気になるところに手を加えるだけです。それは、どんなバイクであっても変わりません」
美藤氏によるZ900RSの評価は「曲がり過ぎる」というものだった。 「コーナリング性能が高いことは、マイナスの要素ではありません。あくまで主観の話になりますが、もっとスタビリティが高くてもよいと感じました」
まずはホイールを前後18インチ化。適切なトレール量を得るために、フォークオフセット量の増大が可能な、可変オフセット式フォークブリッジも製作された。
「Z900RSは出来すぎな部分がある。コーナリングに必要な動作をバイクが勝手にこなしてしまう。人の手が介在する余地を残した方が、ライダーは楽しめると考えたのです。径が大きく、幅も狭い18インチタイヤを履かせることで、より穏やかで手応えのあるハンドリングが得られます。ホイールはJBマグ鍛ですから、18インチといっても、昔のように重いわけではありません。実に面白い乗り味に仕上がりました」
また、美藤氏がこだわったのがキャリアだというから面白い。
「ツーリングに使ってみたいと考えたのですが、荷物が積みやすいバイクとはいえません。自分がZ900RSを楽しむために、キャリアは絶対に必要でした」
同じように考えるオーナーは少なくないだろう。だが、残念なことにキャリアの商品化予定はないそうだ。このキャリア、耐久性と耐荷重を確保するため、フレームに専用取り付けボスを増設して装着されている。フレームに溶接加工を行うのだから、手軽に装着できるものではない。
「スタンダードなバイクなのですから、様々な使用用途を考慮すべきでしょう。純正キャリアが設定されるのが理想ですけど」と、カワサキへの要望も忘れない。
新時代のスタンダードへと成長するように、美藤氏自身も期待しているというZ900RS。このマシンは、そんな美藤氏が考える理想を形にした一台といえるだろう。
<美藤 定>
ビトーR&D代表。青年時代、Z2でアメリカを放浪ツーリング。メンテナンスで立ち寄ったバイクショップが、アメリカ進出に挑戦中であっ たヨシムラ。アルバイトとして採用され、POP 吉村に師事する。ホンダAMA、ホンダWGP他でレースメカとして活躍し、帰国後にビトー R&Dを設立。JBマグ鍛をはじめとする高性能パーツメーカーとして高い評価を得ている。
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