中国の吉利控股集団がメルセデス・ベンツを擁する独・ダイムラーAGの筆頭株主になった。直近はクウェートの政府系ファンドが筆頭株主だったが、その座を中国企業が奪った。英・ロータスとマレーシアの国策自動車会社・プロトンも吉利は実効支配する。次の狙いはFCA(フィアット・クライスラー)。吉利は世界の自動車産業への影響力を高めつつある。TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)
「中国車ってコピーですよね。パチもん……」
産学共同で駆動系の基礎研究を行う「自動車用動力伝達技術研究組合」(TRAMI)が発足!
某自動車媒体の編集者が言う。おそらく、多くの日本人がこう思っているだろう。たしかにコピー車はある。パチもんもある。ある意味これは中国の文化だと私は思う。
「あ、あれいいね。同じものを作ろうか。できるんじゃないかな」
中国の独立系(非国営)自動車メーカーではこういう動機もあった。オーナー社長が「いい」と言ったら、何が何でもそれとそっくりなクルマを作る。いまや大手になりダイムラーと提携する比亜迪汽車(BYDオート)は、単純に社長がBMW好きだったからBMWに似たモデルを作った。社長が言えば、下も一斉に右へ倣え。これは日本も大同小異である。
2005年ごろから中国で目立ち始めた精巧なコピー車は、エンジニアリング会社がクルマを完全にバラしてリバースエンジニアリングを行ない、きちんと図面をおこして製造されるものだった。ある中国民族系のエンジニアリング会社では「設計図面一式1億円」と聞いた。別のエンジニアリング会社では、日欧の同級モデルをリバースして合体させ、「低コスト高性能」「車両重量の増加にも対応」という「いいところ取り」の設計に仕立て直したものもあった。
現在、リバースエンジニアリングは下火である。自社が必要とする商品の設計をエンジニアリング会社に依頼する、あるいは開発に参画してもらうという例が多い。マグナ、AVL、ボッシュ、シェフラーといった実力のある大手エンジニアリング会社やメガサプライヤーが開発を請け負い、車両実験も含めて協力するという体制で登場した中国ブランドの新型車は侮れない。私が初めて試乗した01年モデルの奇瑞汽車のクルマに比べると、まさに月とスッポンである。17年モデルの長城汽車SUV「ハーバルH6」などは、素直なハンドリングとピッチングコントロールの上手さではすでに日本車が負けている。海外勢が全力で技術協力しているのだから当然である。そこにかかる費用を支払うだけの資金力が中国企業にはある。
吉利がダイムラーに9.96%の資本参加。そう聞くと驚く方が多いと思う。しかし、ダイムラーの株主構成を振り返れば驚く必要はない。昨年末時点でのダイムラー株保有者は、筆頭がクウェート政府系のクウェート投資庁(KIA)で6 . 8%。ルノーと日産がそれぞれ1 . 54%(ルノー・日産アライアンスとして合計3.08%)で2位。これ以外は銀行や保険会社、投資ファンドなど機関投資家が各1%以下の所有で合計70.7%。個人投資家が19.4%だった。ほかの欧州自動車メーカーに比べると大株主不在の状態だった。
かつてはドイツ銀行がダイムラーベンツの大株主だったが、1998年にダイムラー・クライスラーが誕生して以降は徐々に持ち株を放出し、2005年にほとんどの株を手放した。07年にダイムラークライスラーが解体されダイムラーと社名を変更してからは、09 年3月にアラブ首長国連邦(UAE)アブダビの政府系投資会社であるアーバル・インベストメンツが出資した。ダイムラーが9648万株の新株を発行する第三者割当増資であり、アーバルの出資比率は9.1%だった。同様に世界第5位の政府系ファンドであるKIAも出資し、12年には出資比率を6.8%まで上昇させた。
しかし、アーバルは12年10月までに全ダイムラー株を株式市場で売却した。「投資戦略の見直し」が理由だったが、ある意味でダイムラーの将来を見限ったことになる。いっぽう吉利は、ダイムラーに資本参加を打診したが断られた。今回、吉利控股集団の持ち株会社である吉利ホールディングスが記者会見で明らかにした9.96%の保有株はすべて株式市場での調達だった。 「吉利会長の李書福(リ・シューフー)氏が長期的視野から我われの株主に加わってくれたことを喜ばしく思う」
ダイムラーのコメントはこうだった。
「ダイムラーの会社規定や企業管理の慣習を遵守し企業文化とその価値観を尊重する」
吉利はこう返礼した。吉利がダイムラー株の取得に使った資金は約90億ドル(約9600億円)であり、これは決して小さな額ではない。しかし吉利のバックに控える銀行団は融資した。かつて2010年にフォードからボルボ・カーズの全株を買収したときはわずか18億ドル(当時の為替レートで約1660億円)。今回はその5倍の額を使った。
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