クルマを走らせるのに重要な部品の一つがトランスミッションだ。エンジンの動力を適切にタイヤに伝え、快適性はもちろん燃費にも大きく影響する部品だ。
大きく分ければMTとATとなるわけだが、ATはトルコンATやCVT、デュアルクラッチに分けることができる。それぞれクルマの適正やメーカーのコンセプトに合わせて組み合わされている。
もはや“オートマ”も風前の灯火!? 自動車から変速機が消える日はくるのか
それぞれに進化を続けているわけだが、方式としてもっともすぐれているのはどれなのだろうか? 鈴木直也氏に考察してもらった!
文/鈴木直也、写真/ベストカー編集部、Toyota、Nissan
【画像ギャラリー】内燃機関のフィナーレを飾るにふさわしい最優秀トランスミッションはどれ!?
■内燃機関の終焉と共にお役御免となるトランスミッション
マツダ ロードスター(3代目)のマニュアルトランスミッション。DCTの発達と内燃機関の終焉により、MTの役割はほぼ終えたといっていいかもしれない
内燃機関の終焉が視野に入ってきた昨今だが、内燃機関がなくなれば当然ながらトランスミッションもお役御免となる。
内燃機関のトルクカーブは、どんなタイプのエンジンでも山なりで、アイドリング付近ではてんで元気がない。発進時にはクラッチやトルコンを滑らせて極低速域をクリアし、減速比のいちばん大きな1速、その次の2速、3速…、とつないでゆかないとうまく走れない。
要するに、内燃機関は基本的にスイートスポットが狭いから、それをカバーするためにトランスミッションが必須だったわけだ。
ところが、EV時代になるとこの辺の事情が180度変わってくる。電気モーターのトルクは静止時が最大で回転が上がるごとに直線的に落ちてゆく右肩下がり。アイドリングという概念もないから、ゼロ回転から即最大トルクが出てクルマをグイグイ加速させられる。
こうなると、クラッチもいらないしミッションも(基本的に)不要。モーターの常用回転域とタイヤの回転数を調整する減速ギアを入れるだけで、シフトチェンジというものが必要なくなってしまう。
まぁ、強いて言えば電気モーターは一般的に回転数が高くなるほど効率が落ちるので、最高速度200km/h以上を狙うような高性能車には、2速ミッションを装備する方がベター。じっさい、ポルシェ・タイカンなんかはリアモーターに2段変速ミッションを備えている。
ただ、実用EVは150km/hくらいまでをカバーすればいいわけだから、余計なコストを要するこういう装備はそんなに需要がない。アイシンやZFなどの大手ミッション屋さんは、電気モーターと減速機を一体化した“電動パワートレーン"に事業の主力をシフトすべく一生懸命というところだ。
■トランスミッション最後の戦い
日産のエクストロニックCVT。ほぼ日本のお家芸といっていいCVTは小型車のストップ&ゴーを繰り返す日本を含めたアジア諸国との相性が良い
さて、そんなわけで今やトランスミッションは生き残りをかけた最後の戦いというフェーズにあるわけだが、この勝ち抜き戦に参加しているトランスミッションは以下の4種類だ。
(1)老舗のマニュアルトランスミッション。
(2)ATとしてはもっとも伝統のあるトルコンステップAT。
(3)欧州メーカーが好むDCT。
(4)日系メーカーが得意とするCVT。
まず、第一回戦で最初にぶち当たったのは(1)と(3)。つまり、MTとDCTだ。
内部の機構をよく見るとわかるのだが、じつはMTとDCTはよく似ている。というか、MTをベースにシフト機構とクラッチ機構を自動化したのがDCTと言ってもいい。
なんでそうなったのかと言えば、とりわけ欧州のユーザーにトルコンAT嫌いが多かったからではないか、ぼくはそう思っている。
高級車ユーザーは別として、一般的な欧州のドライバーは燃費の悪いクルマが大嫌い。また、小さいクルマになればなるほど、トルコンATにすると走りもモッサリになりがちで、これまた普通のユーザーは敬遠しがち。この辺が欧州マーケットでなかなかATが普及しなかった理由といわれている。
その問題点を打破したのがDCTだった。
DCTの変速ギア部分は基本的にMTと同じだから、走りのキビキビ感や燃費性能についてはMTと同等がそれ以上。それでいて、発進時やシフト時のクラッチ制御はコンピュータが自動的にやってくれるわけだから、これなら走りにウルサイ欧州のユーザーも納得というわけ。
DCTを最初に大々的に売り出したのは、VWの「DSG」だったが、それを皮切りに欧州市場を中心に大きくシェアを拡大。これによって、MTの役割はほぼ終わったといっていい。
DCTはヨーロッパで大きな支持を得ている
一回戦第二試合は、(2)と(4)。トルコンステップATとCVTの戦いだ。
前述のとおり、トルコンステップATは「いわゆるオートマ」としてはもっとも老舗で、アメリカ車を中心に60年代には一般化していた。
ただし、初期のトルコンステップATは運転は楽チンでも効率は最低。細かいことを言わず大排気量アメリカンV8と組み合わせてる分にはイイが、コンパクトカーにはとても使い物にならない大雑把なミッションだった。
このトルコンステップATを革新したのはトヨタを中心とする日系自動車メーカーだった。FFコンパクトカーにも対応する横置きの小型ATなどは、ある時期日本の特産物だったほどで、現在でもボルボやPSAがアイシンのATを使っているのはその名残りだ。
いっぽう、小型FF車に複雑精緻なトルコンステップATはコスパが悪い。他にイイ手はないかということで生まれたのがCVTだ。
量産車に初めて採用したのはフィアットかスバルかで両論あるが、その後の発展を考えると日系メーカーが主導したといって間違いない。スバル→日産→ホンダと採用メーカーが増え、2L以下の日本車のATがCVTが主力といっていいほど普及した。
CVTの魅力は無段階変速という特性を生かした燃費効率の高さにある。動力伝達に金属ベルトを使うため、トルク容量の制約や高負荷時の効率悪化などの問題はあるにせよ、モード燃費の計測パターンみたいな「ゆるい走り」には最高の効率を発揮する。
ドライバビリティに関しては、欧米マーケットではいわゆる「ラバーバンドフィール」が嫌われがちだが、日本を含むアジアマーケットでは意外にすんなり受け入れられたようで、DCTと対照的な地域依存があるように思われる。
というわけで、この一回戦第二試合、まずは新進のCVTが老舗トルコンステップATを打倒したと評価してもいいだろう。
■大混戦の中生き残るトランスミッションは……
レクサスLS500用の10速AT。最近の多段化と制御の精密化には目を見張るものがある
さて、となると準決勝は(3)と(4)。すなわち、DCTとCVTということになるわけだが、ここでちょっと「待った!」がはいる。
前述のとおり、DCTは欧州人のAT嫌いを克服した画期的新ATで、人気なのは欧州を中心とした市場。いっぽう、CVTはモード燃費みたいなゆるい走りで最高の燃費効率を叩き出すエコ型ATで、平均速度の低い地域(日本を中心としたアジア圏)で、評判がいい。
DCTとCVTをガチで戦わせようとすると、お互いの得意技がぜんぜん噛み合わず試合にならないという感じなのだ。
じつは、ここで「待った!」をかけたのは、一回戦第二試合で敗れたはずのトルコンステップATだ。
DCTやCVTの著しい進化で、トルコンステップATは21世紀には「終わったAT」というイメージすらあったのだが、そこからの技術革新が凄まじかった。
まずは多段化。20世紀には多くても5速だったものが、あれよあれよというまに10速までギアが増加。ここまでくると、カバレッジレシオの大きさやステップ比のスムーズさでCVTを圧倒する性能を発揮するようになる。
さらに制御の精密化がすごい。昔のトルコンステップATはとにかくスムーズに変速させるのが最優先で、例えばマニュアルでアップやダウンの操作をしても、えらくもっさりしていてタイムラグが大きかった。
この辺がスポーツドライビング好きに「DCTとは比較にならん」と嫌われた要因なのだが、最近のトルコンステップATは以前とは別物。
機種によりけりではあるが、パドル操作でバウンと一発ブリッピングして鮮やかにダウンシフトを決めるような機種もあり、スポーツドライビングという視点で見ても、もはやDCTとトルコンステップATは互角といってもいい状態だ。
■欠点を克服して劇的進化を遂げたトルコンAT
トルコンステップATはかつての欠点を克服し、スムーズな加速や自然なシフト感覚を得て今やスポーツカーや高級メーカーにも採用されている
かくして、欠点を克服したトルコンステップATは、スムーズな発進加速や自然なシフト感覚など、その本来の持ち味がさらに輝きを増しているわけですよ。
その一方で、当初は切れ味のいいシフト感覚を評価されたDCTは、渋滞時のギクシャクやクラッチの耐久性に問題を抱えていることが判明したし、CVTは相変わらず大きなトルクの伝達は苦手で、大パワーのスポーツカーや高級車には使われない。
DCTとCVTで決勝戦と思ったら、試合の前にお互いの欠点が露呈。その隙をついて、敗者復活したトルコンステップATが先にゴールに飛び込んでしまったという状況なのだ。
そんなわけだから、内燃機関のフィナーレを飾る最後の花形コンビには、進境著しい最新のトルコンステップATこそ相応しいというのがぼくの結論。
ぼく自身、いま自分のマイカーはZFの8ATなのだが、こういうよく出来たATに乗っちゃうと、CVTはもちろん中途半端なDCTも要らねぇと思えちゃうんでございますよ。
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