最初の50mで感じ取れるクルマの良さ
text:Richard Lane(リチャード・レーン)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)
自動車評論家はしばしば、「最初の50m」の印象を話すことがある。発進直後から、クルマの備える特徴の断片を感じ取ることができるからだ。
見逃せない部分から、多くの小さな持ち味まで。ドアを開きシートへ座り、アクセルを踏んでギアが2速に入る頃までに、少なくないことが見えてくる。
多くのユーザーにとっては、取るに足らない50mだと思う。しかし、初めの50mの感触が良いクルマは、往々にして良いドライビング体験が得られる。そうでない場合は、逆だ。
今回試乗したバーズBMW M140iは、例外的に素敵な50mだった。バーズ社のことを理解している読者なら、特に驚かないか仕上がりかもしれないけれど。
一見すると、中古のBMW 1シリーズと大きな違いはない。しかしその内側には、入念に手が加えられた、サスペンションとエンジンが潜んでいる。
BMW製の直列6気筒エンジンは、バーズ社の手によって430psと55.4kg-mにまで増強。オープンデフは、クワイフ社製のリミテッドスリップ・デフに置き換わっている。
バーズ社が目指しているのは、ポルシェを破れるホットハッチではない。多くの理由でしまい込まれた標準1シリーズの可能性を、引き出すこと。
単に走行性能を高めただけではない点も特徴。メカニカルな質感の向上や、精度の高い操縦性、季節を通じた乗りやすさなどにも焦点が向けられている。
直6と3ペダルを備える、後輪駆動の準M
ロンドンの東、バークシャー州でBMWのアップデートを手掛けて、20年弱の経験を持つバーズ社。最近はAMGにも範囲を広げている。
そんなバーズ社がF20型の先代1シリーズ、M140iをいま取り上げる理由。それは、直列6気筒エンジンと3ペダルを備える、純粋な後輪駆動の「準M」だからだ。
英国のディーラー網からすべてのF20型M140iを入手し、アップデートしたいとすら考えている。運転技術も問われるが、素晴らしい個性と能力を秘めたドライバーズカーへ改めるめに。
標準のM140iは、開発が充分とはいえなかった。パワフルなエンジンに、サスペンションやシャシー設定が追いつけていなかった。
バーズ社の手によるM140iでは、ショートストローク化され、適度な抵抗感のあるシフトレバーと、重みを増したクラッチペダルの操作が心地良い。
低回転域では、エンジンノイズからその変化を伺うことができない。しかし、ターボチャージャーの発するトルクが発進加速のマナーに違いを与えている。かなり力強い。4気筒では不可能な感触だ。
ステアリングフィールは、もう少し改められるだろう。64km/hを超えると改善するものの、それ以下では軽すぎ、路面の感触も得にくい。
バーズ社はフロントのトレッドを広げることで、スクラブ半径と呼ばれるタイヤとサスペンションの位置関係を見直している。一般的にネガティブ・スクラブの場合、高速域での安定性につながる。しかし英国郊外の道のように、機敏さが求められる場面では有効ではないためだ。
操縦性を高めつつ、日常性も犠牲にしない
加えてシャシーにも手を加え、低速域での姿勢制御を引き締めている。新しいM2 CSと同様に、反応速度が1・2段階ほど上がった印象がある。それでいて、角が丸められたバランスを得ている。
このサスペンションは、アイバッハ製のスプリングと、ビルシュタイン製のダンパーで構成される。しかも、バーズ社が指定するM140iの仕様に合わせてチューニングされたもので、通常流通しているものとは異なる。
大手企業から、チューナー独自の設定部品の供給を受けることは、かなり珍しい。その結果、チャレンジングな道でのハンドリングを高めつつ、日常的な乗りやすさも犠牲にしていない。
標準のM140iでは、リアの落ち着きが足りなかった。乗り心地が不快なだけではない。339psを受け止めるリアタイヤの挙動が不安定で、ドライバーの信頼感を薄めていた。
バーズ社はリアの特性にも注目し、サスペンションがリアタイヤを安定して路面に押し付けてくれるように改めた。姿勢制御を引き締めながらも、しなやかさも確保している。
減衰力の特性も見事。路面の剥がれたくぼみや隆起部分などを通過しても、ドライバーの楽しい気持ちを阻害することはない。
加えて、独自のマッピングが与えられたエンジンも素晴らしい。鋭い立ち上がりで線形的にパワーを乗せていき、7000rpm目がけて最高出力を構築していく。それでいて、5速に入れたまま50km/h程度からの加速を、充分に許容する柔軟性もある。
そこへクワイフ製のLSDと、控えめなグッドイヤー・イーグルF1タイヤを融合。甘美なバーズM140iが完成する。
M2コンペ並みに興奮できるハッチバック
横方向のグリップ力はさほど高くはない。M2コンペティションには及ばない。しかし問題になることはない。リアタイヤの挙動が、予測可能に仕立ててあるためだ。
2速や3速で立ち上がるコーナーでは、LSDが駆動力を保持してくれるだけではない。ドライバーは、グリップ力やトラクションの限界を掴み取ることができる。しかも限界領域は高い。
コーナー出口に向けて、徐々にアクセルペダルを倒していくか強く踏み込むかを、ドライバーは任意に選べる。開度の度合いも自由自在。テールスライドは自然で滑らかに始まるから、過敏になる必要もない。
もちろん、アンダーステアは皆無。その楽しさに、ワオと思わず声が上がる。
気にかかるのは、バーズ製M140iを仕上げるための費用だろう。B1ダイナミクス・パッケージと呼ばれる、サスペンションとLSDのセットが3633ポンド(49万円)。エンジンのアップデートとショートシフター、クラッチの変更は、6704ポンド(90万円)なり。
総額は安くはない。でも、M2コンペティションに迫るほど速く、興奮できるハッチバックが完成する。一般道ではダンサーのように機敏で、乗りやすさも向上している。悪くないお金の使い方だと思うが、いかがだろう。
バーズBMW M140i(英国仕様)のスペック
価格:1万337ポンド(139万円/コンバージョンキットのみ)
全長:4340mm(標準M140i)
全幅:1765mm(標準M140i)
全高:1430mm(標準M140i)
最高速度:249km/h
0-100km/h加速:4.2秒(予想)
燃費:-
CO2排出量:-
乾燥重量:1450kg
パワートレイン:直列6気筒2998ccターボチャージャー
使用燃料:ガソリン
最高出力:430ps/6600-6950rpm
最大トルク:55.4kg-m/4600rpm
ギアボックス:6速マニュアル
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