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「アルベール・カミュ」──連載:北村道子のジェントルマンを探して

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「アルベール・カミュ」──連載:北村道子のジェントルマンを探して

数々の映画衣裳をはじめ、さまざまなメディアで衣裳デザインとスタイリングを手がけてきた北村道子による「現代のジェントルマン像」を探る連載。第18回は、小説家のアルベール・カミュについて語る。

アルベール・カミュの著書は、新訳されてずっと本屋に置いてあるじゃないですか。その理由は、「神の不在をどう考えるか?」という問いを投げかけているからだと思います。最近、自分が死に近づいていると感じるとともに、カミュの哲学を以前よりわかるようになったんです。『シーシュポスの神話』は、神々がシーシュポスに与えた罰が描かれます。神に命じられたシーシュポスは山頂に大岩を押し上げ、たどり着いたら、岩がその重さで転がり落ち、また運ぶことを延々と繰り返す。失敗を繰り返していると捉えると、どんどん嫌気がさしてくる。ならば、岩を運ぶ行為自体を好きになってしまえばいい。それがカミュの思想なんです。もはや地球や世界そのものを神とみなすような捉え方ですよね。カミュは「神は信じていない」と言いながらも、地球そのものとしての神を信じているのだと私は思います。

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なぜかというと、カミュはフランス領時代のアルジェリアの貧しい家庭に生まれ、褐色の肌のアラブ人に囲まれて育ち、子どもながらに自分が弱者であり、異邦人だとわかっていたから。1歳でフランス人入植者の父親を戦争で亡くし、母親は聴覚障害があり、一緒に暮らしていた母方の祖母は超意地悪。進学しても無駄という考えの家庭で育ったものの、あまりにも優秀だったので、小学校の先生の説得により、奨学金で高等中学に進学する道が開けます。10代から死ぬまで肺結核を患っていたことも、彼の思想に影響しています。身体が弱い者は生きていくために文学を身に付け、そこから哲学に入っていく。そして、同じような考え方の人に出会うんです。たとえば、カミュは哲学者シモーヌ・ヴェイユの死後、ヴェイユの思想に感銘を受け、自ら作品を出版しています。

去年、たまたま映画『異邦人』(67)を観ました。ルキノ・ヴィスコンティが映画化を強く望み、原作に忠実に撮ることを条件に遺族に許可をもらって撮った作品ですが、以前観たときは、なぜ貴族であるヴィスコンティが、労働者階級のアルジェリア人を撮りたかったのか腑に落ちませんでした。でも、今の私は、映画からカミュの哲学を分析し、前よりは理解することができたんです。太陽のまぶしさ、アルジェリアの海、死。ヴィスコンティのビジュアルと美学は完璧で、窪田啓作の翻訳による「きょう、ママンが死んだ。」という一行から始まる圧倒的文学のイメージそのものでした。

反抗の精神を貫いたカミュは、46歳の若さで交通事故で亡くなります。そのスピリットは、現代にも脈々と、一部の若者たちの間に引き継がれています。たとえば、病院から提案された治療を私が拒否する決断もまた一つの反抗で、覚悟を持った自由への意志です。反抗の時代を生きてきた76歳の私が、30代、40代の人たちに言いたいのは、もっと仕事や表現で好きに暴れたらいいということ。私が映画の衣裳を最も多く手がけたのは、40代以降ですからね。

シーシュポスのように、不条理な行為を繰り返しながらもそれを引き受けること。それが自由ってものなんじゃない? だって、束縛の中で、ある種のトレーニングをしながら生まれたものでない限り、自由とは呼べないじゃないですか。イデオロギーや愛、救済に依存せず、生まれた瞬間から死へ向かう細胞を持つ身体と人生にどう反抗しながら生きるか。それが個人の自由の始まりですから。

ALBERT CAMUS1913年生まれ、アルジェリア出身。高等中学の師の影響で文学に目覚める。アルジェ大学卒業後、新聞記者となり、第2次大戦時は反戦記事を書き活躍。アマチュア劇団の活動にも情熱を注ぐ。『異邦人』『ペスト』『カリギュラ』で地位を固めるが、1951年『反抗的人間』を巡りサルトルと論争し、次第に孤立。以後、『転落』などを発表。57年ノーベル文学賞受賞。60年1月パリ近郊で交通事故で死亡。

北村道子/MICHIKO KITAMURA1949年石川県生まれ。30歳頃から、映画、広告、雑誌などで衣裳を務める。『それから』(85)以降、数々の映画作品に携わる。著書に、人気シリーズ『衣裳術』第3弾(リトルモア)などがある。

WORDS BY TOMOKO OGAWA

文:GQ JAPAN

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