この記事をまとめると
■フェラーリ500モンディアル・スパイダーの残骸がオークションに出品された
日本の納屋で見つかったボロボロのフェラーリになぜ2億円以上の価値があるのか?
■鉄クズにしか見えないスクラップにも関わらず落札価格は2億円を超えた
■シャシーナンバー「0406MD」には多くの逸話があり、それが付加価値をつけた
フェラーリ500モンディアル・スパイダーの残骸が3億円近くに!
古今亭志ん朝が後世に残したといわれる演目に「火焔太鼓」というのがあります。お馴染みなので端折りますが、古道具屋で埃をかぶっていた太鼓がじつは国宝級の逸品だったという噺。
こうした「ゴミかと思っていたものが……」というエピソード、普段の生活でもありがちです。つい先日、オークションで落札されたフェラーリ500モンディアル・スパイダーは、ご覧のとおりスクラップ同然の姿。ですが、このゴミのような残骸が2億円オーバーとなるとがぜん興味を惹かれるのではないでしょうか。
廃品回収業者を呼びたくなるような状態なのに、オークショニアの予想落札額を大いに上まわったのは、お察しの通り「価値あるクラシックカー」だからにほかなりません。とはいえ、レーシング・フェラーリの場合は誰(ドライバー)が、どこ(レース)で走って、どんなリザルトを残したかによって値段が大きく変動しがち。ですが、この鉄くず然としたシャシーナンバー0406MDは、「文句なし」の歴史を背負った上玉だったのです。
そもそも、モンディアル500は1950年初頭にエンツォ・フェラーリの肝いりで製造された生粋のレーシングカー。しかも、当時は12気筒上等! だったスクーデリア・フェラーリにおいて、高回転型4気筒エンジンを搭載するという玄人好みのマシンです。
当時、F2の世界ドライバーズ選手権で、フェラーリ製12気筒を積んだマシンを、他社の4気筒搭載車がグイグイと肉薄するのを見て、「もしかしてツイスティなコースだったら4気筒のが立ち上がりとか有利かも」と考えたコメンダトーレが腕っこきエンジニア、アウレリオ・ランプレーディに作らせた2リッターエンジンを作らせたのです。
フェラーリ・コレクターの間では12気筒がもてはやされがちですが、じつは4気筒、とくにモンディアル500は大穴。というのも、コメンダトーレの目論見はずばり的中し、この4気筒エンジンは1951年と1952年のワールドチャンピオンを獲得し、フェラーリの価値を大いに知らしめることになったからです。
そして、このエンジンをスポーツカーに搭載し、スカリエッティやピニンファリーナのボディを架装したのが、ほかでもないモンディアル500。車名のモンディアルは先のワールドチャンピオン獲得にちなんだもので、モンディアル=グローバル、世界的といった意味合いで、500はフェラーリの文法に従って気筒ごとの排気量を表しています。
また、フェラーリの文法といえば、生産台数がごく少数に限られていることもそのひとつ。モンディアル500はピニンファリーナのスパイダーが13台、同ベルリネッタが2台、スカリエッティ・スパイダー14台、そしてモノポスト(シングルシーター)が1台とわずかなもの。
ちなみに、2019年にはピニンファリーナのスパイダー(初期型5台のうちの1台)がクラシケによって素晴らしいレストレーションが施され、およそ2億円の値が付いていました。
ひと言では語れないほど濃密なストーリーが付加価値をつけた
とはいえ、いくらなんでも朽ちかけた鉄くず同然の車体に2億オーバーの値段がつくのは信じられませんよね。そこで、このモンディアル500の残骸、0406MDについてご説明しましょう。
1954年、0406MDは2台目のモンディアル500として、フェラーリの太客「スクーデリア・グァスタッラ」に納車されると、すぐさまコッパ・デル・トスカナにエントリー。総合19位、クラス2位というリザルトを残しています。
このとき、ステアリングを握ったドライバーこそ、スクーデリア・フェラーリのファクトリードライバーだったフランコ・コルテーゼで、彼はこの後にも0406MDでさまざまなレースにエントリー。それなりの成績を残しているのですが、これこそレーシング・フェラーリにとって重要なポイントであること言うまでもありませんよね。
その後、紆余曲折を経て0406MDはアメリカのオーナーに売られると、またまたウィロースプリングスやエバーグリーントロフィといったレースで活躍。
ただし、あろうことかアメリカ製V8エンジンに換装されていたとのこと。当時のアメリカでは一般的な慣習だったとはいえ、いまとなっては考えられない暴挙としか言えません。詳細は明らかにされていませんが、この時期に0406MDはレース中のクラッシュで大破、炎上してしまい、いまの悲惨な姿になったとされています。
それでも、世のなかには物好きというか懲りないコレクターがいるようで、0406MDの残骸はご覧の朽ち果てたボディとトランスアクスル、そしてリヤサスペンションだけの状態でコレクターの間を数回渡り歩くことに。
で、1978年にたどり着いた先が、今回のオークションの出品元、ウォルター・メドリン氏の「Lost & Found Collection」というわけです(こちらのエピソードもかなり面白いのですが、それはまた別の機会に)。
さて、45年ぶりにメドリン氏の倉庫から出てきた0406MDは、入庫当時からさらに腐食が進み、なんだかシーラカンスの化石みたいなテクスチャーになっています。
オークショニアのRMサザビーズが予想した落札価格はそれでも2億円程度と、強気というか傍から見たらおめでたい数字。「0406MDは、13台のピニンファリーナ・スパイダーのうちの1台であり、コンクールイベントなどでも評価されることは必至。仮にランプレーディの4気筒エンジンを含めた修復が叶えば、その価値は……」みたいなコメントがついていたものの、ふたを開けてみれば2億7000万円という驚きの結果です。
手に入れた方がクラシケで修復するかどうかはわかりませんが(0406MDはこのまま転売したって損するものでもないはずです)、クラシケの作業工賃からいえば5億、いや消失したパーツの新造などを考えたら10億でも追いつくかどうか。
こうなると、いくら活躍したからといっても4気筒モデル、12気筒に比べると……と、まあゲスな勘繰りよりも、この0406MDがパリっとした姿に戻ることを願うほうが、はるかに愉快ではないでしょうか。
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