マツダの6代目社長であり、ロータリーエンジン実用化の立役者として知られた山本健一氏が、2017年12月20日、逝去されました(神奈川県内の施設にて。享年95歳)。
独自の価値観を押しだし、存在感を強めるマツダ。その土台を作り、「ロータリーの父」としていまも多くのファンに愛される山本健一氏はどのような人物だったのか? そしてその功績とは? 現在のマツダにもその遺産は受け継がれているのか? マツダ車に乗る(CX-3ディーゼル)自動車ジャーナリストの鈴木直也氏に伺いました。
文:鈴木直也 写真:MAZDA
■「ロータリー四十七士」を率いて
マツダは軽のスーパーカー「AZ-1」の精神を思い出してほしい
山本健一さんがマツダの社長を務めたのは1984~87年だから(「東洋工業」から「マツダ」に社名を変更するのは1984年5月で、山本氏社長就任は同年11月)、すでに退任して30年も経つのだが、いまだに「ロータリーエンジンの父」としての知名度は絶大。多くのファンや関係者から、その死を惜しむ声が上がっている。
そもそもの始まりは、1961年にマツダがヴァンケルロータリーの特許ライセンスを取得したこと。当時の松田恒次社長は、この未来のエンジンの実用化に成功すれば、世界の大メーカーと五分の勝負ができる……。そう考えて若きエンジニア山本さんにマツダの夢と未来を託した。
山本さんが手塩にかけたロータリーエンジン開発の物語は、NHKの『プロジェクトX』などでも取り上げられてよく知られている。ローターハウジングを傷つけるチャターマークをはじめ、ガスシール性の悪さ、オイル消費の激しさ……。ロータリーエンジンの実用化には多くの困難が待ち受けていたが、山本さんを中心とした(「ロータリー研究所」の所員)47名のチームは必死の思いで困難に立ち向かう。
日本の「ものづくり」の原点のひとつとも言えるロータリーエンジン開発
これが世にいう「ロータリー四十七士」。まさに忠臣蔵の世界そのもののウェットな話なのだが、日本人ならついホロリとせずにはいられないエピソードだ。
しかも、ようやく実用化に成功した後も、ロータリーエンジンの道のりは決して平坦ではなかった。
石油ショックやバブル崩壊など、さまざまな社会情勢に翻弄され、最終的にはスポーツカー専用エンジンというポジションに落ちつくのだが、それも2012年に生産を終了したRX-8が最後。現在マツダはロータリーエンジン車を生産していない。
おそらく、収益面だけをみたらロータリーエンジンは最終的に赤字事業だったのではないかと思われる。
しかし、山本さんが育てたロータリーエンジンは、お金では買えない素晴らしい財産を残したと思う。
1967年頃、ロータリーエンジン研究部長時代の山本健一氏
■ロータリーエンジンの開発、実用化がマツダにもたらしたもの
ひとつには他に得難いブランドヘリテージ(遺産)だ。
世界でマツダだけしか実用化できなかったエンジンを開発し、ファンを熱狂させるロータリースポーツカーを量産、1991年にはロータリーエンジンでル・マン24時間レースを制覇するという偉業を成し遂げている。
いまマツダの看板車種となっているロードスターも、突然生まれたわけじゃない。プロローグとしてのロータリーエンジン物語があるからこそ、マツダのブランドイメージにスポーティな個性が宿るのだ。
もうひとつ、会社としての文化や人が育ったことも大きい。
ロータリーエンジンの開発は困難の連続だったが、そこで鍛えられた不屈の精神が後のマツダを支える大きな力となる。
マツダは業績の浮き沈みが激しいメーカーで、初期のロータリーで急成長を遂げたと思ったら石油ショックで急降下。初代FFファミリアの大ヒットで一息ついたのも束の間、バブル崩壊でフォード傘下へ。そしてまた、リーマンショックで会社存続の瀬戸際に……。見ていてハラハラするといったらない。
ところが、こういうジェットコースターみたいな会社なのに(だからこそ?)、内部の人間、とりわけエンジニアには不屈の精神力を持ったサムライが揃ってる。最近でいえば、ミスタースカイアクティブの人見光夫さんなんかが典型。こういうタイプのエンジニアは、たぶんマツダ以外からは出てこない。
人を束ねる求心力としてロータリーエンジンは理屈抜きに特別な存在。そして、その中心にいたのが、山本健一という偉大なエンジニアだったのである。
山本健一氏と1991年ルマン24時間レース優勝車(787B)
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