メルセデス・ベンツ流の気配り設計とは?
今回はディーラー勤務出身者である筆者の体験を含めて、メルセデス・ベンツ流の気配り設計にスポットを当てます。いかにドライバーが運転しやすいか、そして長年追求している安全性など、メルセデス・ベンツが徹底的にこだわっている設計思想について、再認識できること間違いなしです。
メルセデスがこだわる「知覚安全性」とは? 周囲のクルマや歩行者にアピールすることが安全につながるベンツ神話を紹介します
人間の弱点やミスをカバーしてくれる機能や装備ばかり
メルセデス・ベンツは、人間工学(エルゴノミクス)に限らず、生理学、心理学を取り入れ、人間を中心に安全設計をしている。メルセデス・ベンツの創業から2024年で138年、その責任において自動車がどのように使われ、どう人間に反応するかを理解したうえで、人間の弱点やミスを知り、ユーザーの何気ない動作やミスをカバーする技術を積み重ねている。この革新技術の積み重ねが安全性、走行性、快適性、利便性、環境適合性に繋がり、現在もトータルバラスのとれたクルマ造りをしているのである。
パワーウインドウ&スイッチ
筆者が現役セールス時代、パワーウインドウを閉め忘れた経験がよくあった。その点、メルセデス・ベンツは以前からこのパワーウインドウの開閉に対し、ものすごくこだわっているといえる。
以前のメルセデス・ベンツのパワーウインドウはエンジンを止めたままでもドアを開ければ、パワーウインドウを開閉できた(この機能は設計改良に伴い2010年代初頭に廃止)。最近はドアが閉まっている時に遠隔操作のリモコンキーでロックボタンを長押しすれば、自動的にウインドウが閉まる。
じつは、ロックするとパワーウインドウのスイッチが入るという機能はメルセデス・ベンツが初めて採用している。また、ドアハンドルを押すことによってもパワーウインドウを閉めることができる。便利なワンタッチパワーウインドウのスイッチ自体がドアの内側に付いているのでわかりやすく、操作も簡単で楽である。しかも挟み込み防止機能付で安全だ。
パワーシート&スイッチ/ヘッドライトスイッチ
メルセデス・ベンツはパワーシートの採用には明らかに慎重だった。シートをかたどった形状のユニークなパワーシートスイッチを採用したのは1979年の「Sクラス」(W126)からだ。しかも、このタイプのスイッチは「世界初」である。慎重ではあったが、いざ採用するとなれば優れたパワーシートのシステム&スイッチに仕上げたのである。
他社と比べてもシンプルでわかりやすく、しかも機能的なデザインをしていた。シート形状のスイッチを指先でスライドさせることで、座面の高さや傾斜角、背もたれの角度、ヘッドレストの高さを直感的に調整可能である。しかもスイッチそのものが目立つ場所であるドアに付いているから操作しやすい。シートをスライドさせたいのにうっかり背もたれを倒すといった根本的なミスも防止できる。当時からまるでゲーム感覚で、シートポジションを指先ひとつで意のままにコントロールが可能だった。
事実、W126の先代Sクラス(W116)や当時の2代目コンパクトシリーズである「W123」までの前席シート調整は手動式、手で確実に調整していた。1979年のSクラス(W126)に採用したこの世界初のシート型状スイッチこそ、メルセデス・ベンツがパワーシートを本格的に量産体制とする「切り札」であったのも事実。メルセデス・ベンツのシート形状スイッチはシンプルでわかりやすく、しかも機能的なデザインをしているから楽である。
シート形状を模したスイッチはメルセデス・ベンツの特許のひとつだったが、すぐ解除した。当時、日本ではトヨタ「ソアラ」が同タイプのシート型スイッチを採用し話題になったと筆者は記憶している。
最近のモデルでもドライバーはもちろんのこと、同乗者もわかりやすいので積極的に最適のポジションへ調整可能。カドがなくなめらかで安全、しかも指の腹で押すようになっている。これは、マニキュアやネイルケアをした女性の指や爪を傷つけないための優しい気配り設計であるといえる。
さらに、3名分のシートポジションをメモリーすることも可能。たとえ身長差があっても、さまざまな体型の乗員にあわせたきめ細かい最適なシートポジションをこの操作しやすいスイッチで簡単に選択可能だ。ほかの乗員が運転したあとでも、スイッチ操作ひとつで、前回セットした自分のシートポジションを呼び出すことができ、非常に便利である。
ドライバーの手の届きやすい位置に操作類が設置してあるため、運転に集中でき安全である(メルセデス・ベンツの伝統)。しかも、ヘッドライトスイッチは必ず運転席側のダッシュボード下側に設置(メルセデス・ベンツの伝統)。理由は夜間運転中に助手席側に座った人や子どもがいたずらしないようにするための安全設計だ。
パワーステアリング特性
現在、メルセデス・ベンツのパワーステアリングは速度感応式。ドライバーがステアリングを切る速さをコンピュータが瞬時に解析し、パワーアシスト量を走行状態に合わせて最適に調整してくれる。
高速時にはどっしりと安定し、車庫入れなどの低速時では軽くすばやく操作できる。以前のメルセデス・ベンツのパワーステアリングは、600gの力が加わると利くようになる入力感応式であり、コンピュータに頼ることなく確実にパワーステアリングが利いていた。
最近ではとくに環境・省エネの観点から、メルセデス・ベンツのパワーステアリングはこれまでの油圧式に代わり、電動モーターを用いてパワーアシストを制御する新世代のダイレクトステアリングになっている。電動化により、ECOスタートストップ機能でエンジン停止中でもパワーアシストが働くため、信号待ち等で停止しているときでも軽くハンドル操作が可能である。
コーナリング時におけるメルセデス・ベンツ特有のハンドリング特性は、ニュートラルに近い弱アンダーステアに設定し、もちろん適度にロールも与えている。アンダーステアの性格を持っているクルマは、ハンドルを切った角度よりも外側に出る。しかし、ニュートラルに近い弱アンダーステアなら、カーブに対して少しずつ切りたしてやればいいので、誰でも容易にコーナリングできる。
逆に、オーバーステアの性格(ハンドルを切った角度よりも内側に入る)を持っているクルマは、あるとき突然カーブに対して切り込み過ぎて、逆ハンドルを切らなければならない場合もある。コーナーを曲がるときにも、メルセデス・ベンツはいかに誰もが安全かつ容易にコーナリングできるかという特性をクルマに持たせているのだ。
コンビネーションスイッチ・レバー
以前より、メルセデス・ベンツの設計者たちはドライバーの努力だけでは防ぎ切れないミスをクルマ側の機能でフォローすることも、自動車エンジニアリングの重要な役割であると考えている。
ウインカー/ワイパー/パッシングライト/ウォッシャーの4機能を1本で集中して操作可能なメルセデス・ベンツ独自のコンビネーションスイッチ・レバーをあらためて思い直してみたい。
運転中頻繁に、あるいは急に必要とする操作はこの便利な1本のコンビネーションスイッチ・レバーで、その4つの機能を集中して果たす。しかもステアリングホイールの左内側の手元にあり、ワイパーと取り間違えて操作することもなく運転に集中できる。
メルセデス・ベンツはこの独自のコンビネーションスイッチ・レバーを1971年発売の「SLクラス」(R107)から採用している。以来50年間、すべてのメルセデス・ベンツ乗用車に継承され、あらゆる運転経験を持つドライバーに対しても平等で、しかも機能的な操作安全として認められている。ちなみに右内側にはオートマチックのダイレクトセレクトレバーを配置している。
ところで、停止中にハザードランプを点滅中、急に発進した際にウインカーレバーを操作するとどうなるか? 左側に停車中、周囲の人やクルマに注意を促すためにハザードスイッチをオン。問題は、その後停車中のクルマを再び走行車線に発進させたときである。
例えば、発進時にドライバーがウインカーレバーを操作して右側走行車線に出ようとしても、はたして右ウインカーが点滅するだろうか? 一般的なクルマではハザードランプをオフにしない限り、そのウインカー操作は無効となる。しかし、メルセデス・ベンツは右側ウインカーが点滅する(もちろん、直進走行後にハザードスイッチはオフにしなければならない)。
メルセデス・ベンツは1993年以後に発表された「Cクラスセダン」(W202)から、いかなる場合でも、あとから操作したウインカーが優先されるように設計している。これは発進の際の危険を少しでも減らすために、人間が操作する以前の重要なポイント、クルマサイドの機能で考え抜かれた安全設計方針である。
また、先述のウインカーレバーはISO(国際標準化機構)規格に基づいて左側へと統一されている。日本車では右側ウインカーレバー配置が当たり前となっているが、筆者は現役時代にメルセデス・ベンツを納車して、国産車を下取りして乗って帰る際、よくウインカーと間違えてワイパーを動かしたものだ。
これは、取るに足りない小さなミスであると思ってはいけないといえる。ウインカーを出すタイミングの一瞬の遅れが、市街地や高速道路では思わぬ大きな事故を誘発する原因にもなってしまうことがある。もちろん、海外向けに生産される日本車のウインカーレバーは左側にある。なぜ、日本国内向けの日本車だけウインカーレバーが右側にあるかというと、変更に伴う混乱を避けるという行政的判断からISO規格にこだわらず、右側にウインカーレバーを配置。今も世界に類のない特殊な仕様となっている。
電動スライディングルーフ
メルセデス・ベンツは機械を信頼しているが、逆に機械の弱点も知り尽くしているといえる。そのため、もしものことを考えてあらゆるところまで気配りをしている。
例えば、電動スライディングルーフが閉まらなくなった場合。筆者の経験では1982年モデルではトランクルーム内側面の専用駆動部にT字型レンチを差し込んで回すと閉めることができた(緊急手動式)。
少し以前のモデル(Sクラスでいえば2005年ごろまで)では車検証ケースを開けるとN形のクランクレンチが入っていた。このクランクレンチもスライディングルーフが閉まらなくなった場合の緊急手動用だった。ルームランプのカバーを取り外すと、内側に手動用の駆動部(六角形のボルト)があり、その駆動部にこのクランクレンチを差し込んで回すと閉めることが可能であった。
現在のモデルはこのレンチは付いていないが、レインクローズ機能や、バッテリー電圧が下がると自動的に閉まる(ただしモーター&リンク機構自体に故障があれば閉まらない)機能が備わっている。
スライディングルーフは、昔からドイツではカブリオレとともに大人気である。ドイツは北国なので冬の日照時間はとても短い。このため、たとえドライブ中であっても、少しでも太陽の光りを取り入れたいと常々考えている。なるほど、ドイツではスライディングルーフ付きのクルマが多いのにも納得できる。
最近のメルセデス・ベンツは、広大なガラスエリアを持つ電動パノラミックスライディングルーフ(UVカット&断熱強化ガラス)が主流で、ウインドウディフレクターも装備している。また内側の電動サンシェードを開ければガラスを通して太陽の光を優しくうまく室内に取り入れることが可能である。後端をチルトアップすれば換気も可能だ。しかも挟み込み防止機能が付いているので、うっかりミスもカバーしてくれて安全である。
いかにしたら常に太陽の光を優しくうまく取り入れるようにできるのか、そのメルセデス・ベンツの答えがこの電動パノラミックスライディングルーフといえる。
最新のメルセデス・ベンツ流気配り設計システム
最新のメルセデス・ベンツ流気配り設計は、レーダーセンサーとステレオマルチパーパスカメラによるインテリジェントドライブシステムである。おもに下記の技術が搭載されている。
・アクティブブレーキアシスト(歩行者/飛び出し検知機能付) ・渋滞時緊急ブレーキ ・アクティブディスタンスアシスト・ディストロニック(自動再発進機能付) ・アクティブステアリングアシスト ・アクティブレーンチェンジアシスト ・アクティブレーンキーピングアシスト ・アクティブブラインドスポットアシスト(降車時警告機能付) ・PRE-SAFE ・トラフィックサインアシスト ・アテンションアシスト ・LEDインテリジェントライトシステム ・パークトロニック駐車アシスト ・アクティブパーキングアシスト(縦列・並列駐車) ・スマートフォンによる無人駐車などの革新技術
一方、われわれドライバーが安全運転に徹しなければならないことは言うまでもない。注目すべき点は、トランク内に救急セット&荷物固定カバーが用意されている気配りである。
メルセデス・ベンツの設計者たちは、ドライバーの努力だけでは防ぎ切れないミスをクルマサイドの機能でフォローすることも、自動車エンジニアリングの重要な役割であると考えている。その最新のメルセデス・ベンツの気配り設計は、高度な知能を備えたレーダーセンサー&ステレオマルチパーパスカメラによるインテリジェントドライブシステムで、安全性と快適性を高次元で融合させているのだ。
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