愛車を見せてもらえば、その人の人生が見えてくる。気になる人のクルマに隠されたエピソードをたずねるシリーズ第14回の後編。俳優の岸谷五朗さんが、クルマに対する思いを語る。
クルマの趣味を断ち切る
良く出来たスポーツカーは季節も道も選ばない──新型日産フェアレディZ試乗記
岸谷五郎さんは、約25年間もマツダの3代目「RX-7」(FD型)を乗り続けた。
ほかのクルマに乗り換えなかったのは、大いに気に入っていたこととは別の理由も述べた。
「RX-7を買ったことで“クルマ”を諦めたんですよね。それはレースに出走しようとか、好みのクルマを求めていこうとか、そういうのを諦めました。芝居をやる代償として、ね」
RX-7購入後の話しだ。岸谷さんいわく「もうRX-7で(クルマは)終わり」と。
「クルマってキリがないくらいみんな好きになるじゃないですか? その趣味を、演劇を続けるために自分で捨てたんです。RX-7のあとも趣味を追求していくと、きっと外車に乗り換えて、ポルシェやジャガーとかを買っていたはずです。でも、その欲を止めないと演劇生活を続けられないと思ったんです」
自らクルマの趣味を断ち切ったのは意外だった。岸谷さんが話す“芝居の代償”とは?
「若い時……20代の食えないときかな。ラジオのディスクジョッキーをする前の話です。マンガ雑誌がすごい好きで、全部読んでいたんです。『ヤングジャンプ』とか。それらを週3回も買うと、それだけで1000円超えるんです。それだったら何かいいご飯食べた方がいいわけ。たとえば、かけそばばかり食べていたのを、かつ丼をつけてかけそばを食べた方がいいな、とかね。それに気づき、マンガ雑誌はいつも駅のゴミ箱で探していました。電車の荷物棚にあるのを探したりもしたかな、寺脇(康文)さんも。それを読んだら、皆で回していました。そんなことを繰り返しているうち、マンガ雑誌を読むことを“捨てた”んです。ある日、そこまでして読む必要があるのかなぁ、と。それからまったく読んでいません。だから、当時流行った『スラムダンク』とか、知りません。その頃、芝居を続けるため、なにかをするためにやめなきゃいけないことがたくさんありました。クルマもそのひとつです。」
クルマが本当は好きでも、芝居のため、その趣味を断ち切ったというのだからすごい。
ただし、クルマを乗らなくなったわけではないしRX-7以外も購入(増車)した。マツダの「ボンゴ・フレンディ」の「オートフリートップ」仕様だ。
ボンゴ・フレンディは1995年に登場したミニバンだ。目玉は、ルーフ部分が電動で持ち上がるオートフリートップ仕様。キャンピングカーのポップアップ式テントのように部屋があらわれる。その部屋には大人ふたりが就寝出来るスペースがあった。岸谷さんもこの仕様のモデルを購入した。
「子どもたちが車内で遊べるように買ったファミリーカーです。しばらくはボンゴ・フレンディをメインに乗っていましたね」
ボンゴ・フレンディのオートフリートップ仕様には筆者も乗った経験がある。ポップアップしたルーフに登るのは高さがあって大変だった。岸谷さんは「そうそう、梯子とかないから登るのが大変だった。でも、子供たちは喜んでいました」と、話す。
ボンゴ・フレンディは所有年数こそ覚えていないものの、岸谷さんいわく「かなりボロボロになるまで」乗っていたそうだ。
そのボンゴ・フレンディから乗り換えたのは、おなじマツダのミニバン「ビアンテ」だ。同モデルは、現状、最後のマツダ乗用ミニバン。ビアンテ以降、マツダはSUVに注力したためミニバンをラインナップしない。
「ビアンテを購入した理由もボンゴ・フレンディとおなじで広くて、子どもが楽しめるから。もちろんディーラーとの付き合いもありますよ。ただ、ほかのクルマとの比較はしませんでしたね」
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「うちの妻は免許を取得したのが遅かったんです。結婚するちょっと前くらい。それまでは忙しすぎてそんな時間がなかった。ある日、“バンプラ”(バンデンプラス・プリンセス)に乗りたくなり、そのために教習所に通ったんです。結婚したときはガレージにRX-7とバンプラが並んでいたんです」
バンプラとRX-7が並んでいる光景は想像するだけでワクワクする。旧車とロータリー・エンジン車が並ぶ光景はクルマ好きの憧れだ。
「そういえばバンプラにふたりで乗って代官山を走っているとき、エンジンが止まったんです。それは結婚前で、まだ付き合っていることを内緒にしていて、マスコミにもバレたくない。なのに、代官山でエンストして、周囲がざわついて(笑)。そんなバンプラを手放したら、妻も急にクルマはなんでもよくなって『便利なクルマある?』って。それでマツダのディーラーに頼んでクルマを用意してもらったんです。俺も妻も一緒で、今となっては、クルマはなんでもいいんです」
欲しいクルマ、憧れのクルマを購入したあと、クルマに対する考え方が変わるというのはよくある話だ。故障がきっかけだったり、ほかに欲しいクルマがなくなったり、と、要因はさまざま。ただ、クルマが嫌いになったという話は聞いたことがない。皆、うれしそうに昔のエピソードを話す。良き思い出となっているからだ。
「たまたま、(妻とは)考えが一緒だったんでしょうね。話し合ったことはないんですが。ただ、もし、あのままクルマの趣味を止めなかったら果てしなく追い求めていたでしょうね。トヨタ『2000GT』とか買っていたかもしれません。いや、BMWのオープンカーだったかもしれない」
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岸谷さんもそれは知っていて「ちょっと遊びに行くためのミニバンが今のマツダにはないんだよね。ただ、この前、代車で乗った『CX-8』は良かったなぁ。とくに乗り心地が。ただ、サーフボードが積めないんですよね」と、話す。
では、今後の岸谷さんのクルマ選びはどうなるのか? 訊くと、意外な言葉がかえってきた。
「ひょっとしたら70歳くらいになったら自分の1番好きなクルマを最後に買うかもしれません。ちょっと“クルマ好きな心”を復活させて。そのときはマニュアルのクルマもいいですね。今は販売していないBMWの2シーターのオープンがあって、初代の『Z3』かな? それを最後に趣味のクルマとして乗るのもアリかと」
ちなみに今日、撮影用に用意した最新の「ロードスター990S」の感想を訊くと「ちょっとしか運転しませんでしたがすごく良かった。やっぱりミッション車はいいよね」と、話す。
岸谷さんのガレージに、今、マニュアル・トランスミッション車は1台もない。長年3ペダルのRX-7を運転していた岸谷さんが恋しくなる理由もわかる。
となると、岸谷さんが70歳頃になって購入するクルマはマニュアル車になるのか? それとも思い出深いRX-7に戻るのか? もしくは今や相場が1億円超となってしまったトヨタ2000GTとなるのか?
岸谷さんの“クルマ趣味”が復活したとき、どんなクルマを選ぶのか今から気になる。
「好きなクルマを見つけるための今は“旅人”ですね」
岸谷さんのクルマ探しが良き旅となるよう祈りたい。
【プロフィール】岸谷五朗(きしたにごろう)1964年生まれ、東京都出身。1983年、大学在学中に劇団 SET に入団し、舞台を中心に活動開始。1993年、崔洋一監督、鄭義信脚本の映画『月はどっちに出ている』で高い評価を受け数々の賞を受賞した。1994 年、寺脇康文とともに演劇ユニット「地球ゴージャス」を結成し、すべての作品で演出を手掛けるほか、ほとんどの作品で脚本も執筆、累計120万人の観客動員を超え、多彩な活躍を見せる。主な出演作に、映画『夜明けの街で』、ドラマ WOWOW『野崎修平』シリーズ、『恋です!~ヤンキー君と白杖ガール~』など。
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文&編集・稲垣邦康(GQ) 写真・安井宏充(Weekend.) スタイリスト・中川原寛 ヘア&メイク・大野彰宏 撮影協力・マツダ
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