トム・クルーズの出世作『卒業白書』に出演したポルシェ 928
国際クラシックカーマーケットにおいては、時おり映画やTVドラマの劇中車両が出品されることがあり、それらは出演作品や劇中で乗った俳優のステータスが販売価格を大きく左右します。そんな市況のなか、アメリカで毎夏の恒例となっている自動車イベント集合体「モントレー・カーウィーク」に含まれるオークションとして、名門ボナムズ社が8月15日~17日に開催した「The Quail 2024」では、世界的スーパースターの出世作となった作品で堂々たる存在感を示した、1台のポルシェ「928」が登場することになりました。
1850万円でポルシェ「928 GTS」が落札! 高値の理由は年式の割に低走行というコンディションのよさにありました
ポルシェの意欲的な試みから生まれた、時代を超えたグランドツアラーとは?
ドイツ語では「Auto das Jahrzehnts」、英語では「Car of the Decade」。すなわち「10年紀のクルマ」と呼ばれたポルシェ「928」は、ポルシェにとっては初の試みとなる、セレブリティのための高性能グランドツアラーだった。
1960年代後半になると、フェリー・ポルシェ博士をはじめとする経営陣は、ラインアップにラグジュアリーなツーリングカーを加えることを検討し始める。
当時のフラッグシップモデルであった「911」シリーズの売れ行きが先細りとなるかたわら、「Typ 547」エンジン(550スパイダー、356 カレラGT、GSに搭載)の開発に携わったエルンスト・フールマン社長は、1971年から次世代のフラッグシップとなることを期したグランドツアラーモデルのデザインスタディに着手した。
そこでツッフェンハウゼンのエンジニアたちは、ミッドシップとリアエンジンの両方を含む、いくつかのドライブトレインレイアウトを初期段階で検討していたという。
しかし、ミッドシップでは後席に十分なスペースを確保できず、リアエンジンではエキゾーストの短さゆえにエミッションとノイズのコントロールが難しいと判断された結果、フロントエンジン+後輪駆動のトランスアクスルレイアウトが選択された。
ポルシェ史上最大となる4.5Lエンジンを搭載
フロントに搭載された「Typ M28」水冷V型8気筒SOHCエンジンの排気量は、この時点までのポルシェ史上最大となる4.5Lで、ボッシュのKジェトロニック燃料噴射システムが採用された。
トランスミッションとアクスルユニット、ディファレンシャルをリアに一体化させた新しい928は、ほぼ50対50の重量配分を達成するいっぽう、後輪のジオメトリーを機械的に可変させ、さらなる車両安定性をもたらす「ヴァイザッハ・アクスル」も相まって、高性能スポーツクーペのハンドリングと、高級セダンの乗り心地の融合を実現した。
そして、テクノロジー面でほかのクルマと一線を画した傑作には、ルックスもまた時代を超越した新規感に溢れていたようだ。ランボルギーニ「ミウラ」の影響も指摘されたポップアップ式ヘッドライト、柔らかくフレアしたホイールアーチ、曲線的なプロフィールから構成される未来的なスタイリングは、かのスティーブ・ジョブズなど20世紀の影響力を及ぼした多くの人物たちの目に留まることになる。
そして、これらの先進的な技術とデザインは当時の識者からも高い評価を受け、1978 年には自動車業界で最高峰に位置づけられる 「ヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤー」 に選出されたのだ。
トム・クルーズの運転でカーチェイスシーンにも出演
1980年代のアメリカは、ティーンエイジャーの青春映画にとって、とくに豊穣な時代を迎えていた。そして、ジョン・ヒューズのような若手監督たちの成功のおかげで、シカゴの郊外はこれらの映画に絶好のロケーションとなっていた。
しかし、ヒューズ監督が『フェリスはある朝突然に』(1986年公開)にてフェラーリ「250GTスパイダー カリフォルニア」(ただしレプリカ……)をシカゴの街で爆走させる以前に、同じシカゴ出身のポール・ブリックマン監督は、1983年公開の名作『卒業白書』(原題:Risky Business)で、トム・クルーズという名のニューヨーク州北部出身の若くて無名の俳優を抜擢していた。
ヒューズのお気楽なコメディよりも、ムーディでエッジの効いたブリックマンの『卒業白書』では、トム・クルーズ演じる高校生ジョエルが、レベッカ・デモーネイ演じる娼婦ラナと恋に落ちる。そしていくつかの騒動のあげくに、父親の愛車であるポルシェ 928をミシガン湖に転落させてしまう。そこで、その修理費を賄うためにラナと共謀して、両親とともに不在の自宅を売春パーティの場としてひと儲けを企んだ……。
この作品では、プロットでもスクリーンでもポスターでも、ゴールドのポルシェ 928が大活躍している。この夏ボナムズ社の「The Quail」オークションに出品された928こそ、作中で若き日のトム・クルーズが走らせたクルマの1台なのだ。
もともとはホワイトのボディカラーだった
ドライビングショットには3台の928が使用され、うち2台はイリノイ州ハイランドパークのダウンタウンを疾走する迫力満点のチェイスシーンに出演。今回のオークション出品車両は、クルーズがカメラを見つめ「ポルシェに代わるものはない」という有名なキャッチフレーズを宣言したラストショットを含む、多くの主要シーンでも登場した。
劇中車両を統括するディレクターだったジム・リッチオが、映画用の車両会社からレンタルしたこの928は、もともとホワイトの5速マニュアル仕様として仕上げられていたが、この作品のためにゴールドメタリックに塗り替えられた。そして、主に走行シーンとクローズアップ・ショットで使用され、とくにクライマックスのカーチェイスシーンでは、トム・クルーズ演じる主人公の操縦で、ポン引きのグイドが乗るキャデラック「クーペ ドヴィル」を出し抜き、抜き去ることに成功している。
くわえて、クルマ全体が映るワイドショットにも使われ、ポストプロダクションや編集で走行映像の隙間を埋めるためにも使われたことから、「フィル・カー」と呼ばれるようになった。
さらにこのポルシェ 928は映画における出演だけでなく、トム・クルーズがアクションスターとして世界に名を馳せるきっかけにも大きく関わっている。撮影が開始された段階では、トム・クルーズはまだマニュアル車の運転ができなかったため、プロデューサーのジョン・アヴネットが自らこのクルマとともに、シフトワークの手ほどきを行ったといわれているのだ。
ドキュメント映画の主役にもなった1台ながら……
『卒業白書』の制作とプロモーション活動に使用されたのち、このポルシェ 928はカリフォルニアに返却された。銀幕では有名となった928だが、当時は劇中車がプレミア扱いされる風習もなかったせいか、ただの中古車としてマーケットに放出されることになった。
そして、コロラド州デンバーに住むドキュメンタリー作家のルイス・ジョンセンによって再発見されるまで、この個体は再び白でリペイントされ、カリフォルニア州内で何人かのオーナーを経ていた。
ジョンセンは『卒業白書』に出演していたこの928に以前から憧れを抱き、映画のプロデューサーであるジョン・アヴネットとポール・ブリックマンをはじめとする関係者に取材を重ねていた。今回のオークションでも添付されていたという、シリアルナンバーが記載された制作資料を入念に調べ上げ、次にこの時期における928の生息状況を探したところ、カリフォルニア州カテドラル・シティに住む、当時のオーナーにたどり着いた。
こうして2000年代半ばに、「金に糸目をつけない」価格で購入されたというこの928はコロラド州に居を移し、そののちジョンセンは自身が制作を手がけたドキュメント映画『The Quest for the RB 928(Risky Business 928)』にて、その執念の探索を記録することになる。
ジョンセンが長年の野望を果たしたあと、928は同じアメリカでも東海岸のコレクションに譲渡され、現在も保管されている領収書が示すとおり、内外装とメカニズムに大幅な改修が施された。そして2021年に現オーナーが「バレット・ジャクソン・オークション」にて入手して以来3年間にわたり、空調管理されたガレージで大切に保管されてきたとのことである。
自信たっぷりのエスティメートだが……
このアメリカ文化史に残るポルシェ 928について、ボナムズ社の公式ウェブカタログでは「アメリカ映画史の一部であり、大スクリーンを飾った最も有名なポルシェのひとつであるこの928を所有するチャンス。その代金を支払うためにあなたの家で売春パーティを開く必要があるかどうかは、あなた次第……」という、かなり挑戦的なPRフレーズが謳われるとともに、14万ドル(邦貨換算約2140万円)~18万ドル(邦貨換算約2750万円)という、近年における初期型ポルシェ 928のマーケット市況と比較すると、驚くほど高価なエスティメート(推定落札価格)が設定された。
現在における初期型928の相場価格の3倍以上にも相当する、この自信たっぷりのエスティメートには、この個体が希少なマニュアル車であるという事実もさることながら、やはり今やレジェンド級の世界的トップスターとなった「トム・クルーズが乗ったポルシェ」という史実が大きく影響していることは間違いあるまい。
ところが、モントレー市内の大型コンベンションセンターで挙行された競売では、期待されていたほどにはビッド(入札)が伸びなかったようで、残念ながら流札に終わってしまう。
とはいえ、2021年「バレット・ジャクソン」オークションにおけるハンマープライスが19万8000ドルだったことを思えば、3年後の今回に出品者側が設定したエスティメートも妥当なもの。決して無謀な高望みをしたのではなく、あくまで今回は縁がなかったということなのだろう。
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