もくじ
前編
ー ドイツの双璧に国産の雄が真っ向から激突
ー V8、FR、4ドアという共通点
ー 隙を見せないC63
ー C63の圧倒的な動力性能
ー 排気量では最小のM3
ー やややりすぎ感のあるIS F
ポルシェ911ターボが負けた日 英国人の目から見た日産GT-Rの実力 前編
後編
ー 3台でドラッグレース
ー サルーンとしての実用性
ー 室内空間は
ー IS Fは脱落 ドイツ2強の攻防
ー 最後の逆転劇
ドイツの双璧に国産の雄が真っ向から激突
この手の高速サルーンの魅力は、なんの変哲もないボディの下に強力無比な筋肉を隠している矛盾にこそある。4枚のドアと4座のまともシートを備えた道具でありながら精密機械でもあるところは、ツールでいえばスイス・アーミーナイフや狙撃用ライフルに通じるかもしれない。
高速サルーンはそうした静的な魅力によってだけでなく、走りにおいてもまた特別な体験を提供してドライバーを魅了する。例えばバックミラーにその姿を認めた先行車は黙って道を譲ってくれる。スーパーカーのように、並走する他車や歩行者からの羨望や嫉妬の視線にさらされることもない。あるのはただ尊敬の眼差しだけだ。
そんなサルーンの最高峰の世界に住めるブランドは、いうまでもなく非常に限られている。長きにわたってお馴染みの顔ぶれが激戦を繰り広げてきた世界なのだ。ところがそこに、極東の新参者が大胆にも殴り込みをかけてきた。そう、日本からやって来た、レクサスIS Fである。
今回の対決は、その世界におけるビッグ2、つまりメルセデスのAMGとBMWのMが新人の適性を確かめる、いわば入学試験のようなものである。合格発表会場は400km先の荒野だ。たどり着く頃には結果が出ていることだろう。
V8、FR、4ドアという共通点
われわれは、まずメルセデス・ベンツC63 AMGで会場へ向かうことにした。昨年の後半に発表されたばかりの新しいクルマだが、これほど一番手を務めるのにふさわしい一台はあるまい。
しばらくはC63でこの世界のスタンダードを学びながら進み、およそ150kmほど北に進んだ地点でBMW M3に合流してもらう。もちろん最新のセダンモデルだ。そして、2台の古参が揃ったところでようやくレクサスIS Fの出番となる。
この3台は排気量こそ4.0~6.2リッターとかなり開きがあるもののエンジンはすべてV8で、しかも後輪駆動の4ドア・セダンである点も共通している。まだ市中在庫はあるようだが、製造はすでに終了している4輪駆動のアウディRS4を除外したことで、争点はとてもクリアになったと思う。
隙を見せないC63
C63の大排気量ながら吹け上がりの鋭いV8は、どちらかというと気品よりも活気にあふれている。けれど落ち着いて車内を見回せば、このクルマが高貴な出自であることは明白だ。キャビンは機能的で、しかもよく整頓されている。派手さはないが高級感があり、AMGの追加装備が普通のCクラスより一段格上の空気を醸し出している。
ドライビングポジションの調整範囲にも不足はない。望むとおりに、簡単にぴたりとアジャストできる。小径で下部がフラットな形状のステアリングホイールは低くて胸に近い位置にあり、しっかりした造りのAMGシートは目に麗しいだけでなく、座っても贅沢なほどに快適だ。もちろんサポートに不足があろうはずがない。この精度感とフィット感はC63に対する信頼を高めるとともに、扱いやすさにもつながっている。
ステアリングギアレシオが通常モデルよりクイック(ロック・トゥ・ロック2.5回転)なので、アジリティについても格段に上だ。加えて6.2リッターのV8は、アイドリングよりわずかに上の回転数からでも爆発的な加速力を発揮する。泣き所といえそうなのは、唯一、低速域での乗り心地くらいのものだろう。150km/hをはるかに超える高速コーナリングにも平然とこなしてしまうほど引き締まった足まわりを手に入れた代償として、市街地を流すくらいの速度だと絶えずガタガタと振動してまったく落ち着きがないのだ。
C63の圧倒的な動力性能
混雑した街を抜け、路面の整った空いている道で持てる能力を解き放ったときのC63は、なんとも形容できないくらい感動的だ。スーパーカーを操るときのように集中力を研ぎ澄ます必要はない。ステアリングに軽く手を添え、右足に少々力を込めるだけでいい。それだけでC63は、途方もない速度で突き進んでいくのである。
もちろん標準モデルに比べればパワーデリバリーはワイルドで、耳への刺激も相応に強く、動きもサルーンのレベルを超えて鋭い。けれどメルセデスとして許容できないほどかといえば決してそんなことはない。乗り心地は速度の上昇に比例してなめらかさを増していくし、風切り音も最小限に抑えられている。全体としてはむしろ驚くほど洗練されているといっていいだろう。
7段のギアボックスは、今となっては話題として取り上げるほどのスペックではないが、その動作は素早く確実だ。コンフォートモードを選んでおけばギアチェンジが最小限に抑えられるので、静かで穏やかなクルージングも楽しめる。また、その状態でも61.2kgmの強大なトルクのおかげで加速には不自由しない。勢いあまってフルスロットルにしてしまっても回転の上昇はどこまでもなめらかで、底知れぬ加速力が解放されたことを示すのはV8の深く鋭い音色だけだ。
こうしてC63は淡々と距離を稼いでいった。だが、その静謐な時間の流れは、ミラーに映ったひと筋のキセノンヘッドランプの光によって破られた。M3が合流してきたのである。
排気量では最小のM3
M3のセダンは、メカニズム的にはクーペとそれほど変わらない。まったく同じ420ps/8300rpmを発生する3999ccのV8と、これもまた同一かつ現時点では唯一の選択肢である6段M/Tを搭載している。誰の目にも明らかなドアの枚数を除く両者の違いは、延長されてM5に似た形状になったフロントフェンダーのダクトと、カーボン製ルーフが採用されていないところだ。
その姿は写真で見るよりずっと硬質で、単なる3シリーズ・セダンのバリエーションと片付けられない迫力がある。間の抜けたところは一切なく、張り出したホイールアーチと低いサイドスカートによる肉付けでとても精悍だ。流麗さや派手さではM3クーペに負けるが、力強さと合目的性で勝っているように思う。
そうこうしているうちに、レクサスIS Fが隊列に加わった。
やややりすぎ感のあるIS F
ベースとなったISのシェイプはもっとも美しいサルーンの1台に数えていいとも思うが、このIS Fについてはまるで正反対だ。例えばM3やC63のボンネットのバルジには力強さを感じさせるが、全体が盛り上がったIS Fのその部分の造形はとても同じようには見えない。どちらかといえばむしろ奇妙ですらある。
フロントのエアダムはさらに幅が広げられ、角度もきつくなっている。それが前輪後方のエアスクープまで続いており、そこから幅広のボディシルにつながっている。リアでは縦に2本ずつまとめられた4本出しのエグゾーストがよく目立つ。目新しいと評価するか、それともやり過ぎと切り捨てるか。判断は皆さんにお任せしよう。
IS FのエンジンはLS600hに由来しているが、ひと通りのモディファイを受けて別物に生まれ変わっている。インレットバルブはチタン製になり、バルブタイミングは電子制御化されてレスポンスが向上し、コーナリングで強い横Gを受け続けてもガソリンとオイルの供給を確保できるように、フューエルサージタンクとオイルスカベンジポンプも装備している。そうして5.0リッターの排気量から423psを発生する強心臓が完成したわけだが、これならドラッグレースでM3やC63とまともにやり合えそうだ。
後編へつづく
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