「シビック タイプR」は、とても賞味期限の長いクルマであると思う。2017年9月に登場した現行モデルを、2019年6月に乗っても、ほぼ2年の歳月が過ぎたといえ、錆びついたりしていない。最高のスポーツモデルの1台である。
「当初よりシビック タイプR(以下、タイプR)を見据えて(シビック全体の)プラットフォームを開発した」と、ホンダが語るとおり、今回のタイプRはかなり気合いが入っている。たしか、「やるべきことはすべてやった」と開発陣は語っていたはずだ。
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専用に開発した2.0リッター直列4気筒VTECターボエンジンをフロントに搭載し、6段マニュアル・トランスミッションを介して前輪を駆動する。最高出力235kW(320ps)、最大トルク400Nmのこのパワートレーンの”味わい”はすばらしい。
タイプRでなにより感心するのは、めちゃめちゃ速いが、とても運転しやすい点だ。トルクバンドは2500rpm~4500rpmと、下のほうの回転域から広くとられているため、柔軟なエンジンなのだ。
発進のとき、アクセルペダルを踏まずにクラッチをつないでもいっさいのジャダーがなく、スっと前に出る。やや高めかな、と、懸念しながらシフトアップを急いでも、トルク不足によって苦しげに加速するような場面もない。
サっとクラッチをつないで発進し、そこからアクセルペダルを踏み込むと、ものすごいいきおいで加速する。シフトフィールは確実で、かつフライホイールの重さも絶妙だから、トルク不足でもたつくような場面はほぼない。ギアのポジションに関係なく、たっぷりしたエンジンパワーを味わえるのだ。
マニュアル・トランスミッションのクルマに久しぶりに乗るというひとでも、タイプRは寛容に受け入れる。操作感が確実なシフターはじつに気持よく、昔の勘をたぐりよせながら、タイプRを(最初はおっかなびっくり)走らせても、まったく困らないはずだ。
シフトアップに慣れたら、シフトダウンに挑戦する楽しみもある。さきのフライホイールのところで触れたように、軽くしてエンジンの吹け上がりばかり重視するような設定ではないので、多少ギアを落とすのにモタモタする場面があっても、タイプRは涼しい顔で、シフトダウンを受け入れてくれる。
ポンっとニュートラル・ポジションにギアを1度入れ、間髪いれずに下のゲートにレバーを送り込む……そのリズムさえつかめば、もうその時点でタイプRのとりこになるはずだ。
あいにくアクセルペダルとブレーキペダルの位置が、少し離れぎみなのが難かもしれない。コーナーの手前でブレーキングしながら、クラッチペダルを踏み、同時にかかとでアクセルペダルを踏んでエンジン回転を合わせ、クラッチをつなぐという、いわゆる“ヒール・アンド・トー”にはやや慣れが必要だ。
ヒール・アンド・トーをうまくするには、足首を強めに曲げ、そしてかかとを奥まで押し込んでアクセルペダルを踏む必要がある。それでも、この動作を繰り返し、いずれ無理なく出来るようになったら、最高にいい気分だ。
トルクが強大な前輪駆動車は、急激にアクセルペダルを踏み込んだとき、舵を左・右いずれかに一瞬とられる「トルクステア」に見舞われる場合がある。そうなると前に進む駆動力が失われ、コーナリングなどでタイムが遅くなってしまう。
そこでタイプRには、「デュアルアクシス・ストラット」という形式のフロントサスペンションを搭載し、トルクステアを大幅に低減したという。
たしかに、アクセルペダルを少々乱暴に強く踏み込んでも、挙動はほぼ乱れない。路面の状況にもよるが、ほとんどの場面で安定している。“超”がつくぐらいパワフルな前輪駆動車を操縦しているにもかかわらず、安心感が高い。これもタイプRの驚くべき点だ。
また、扁平率30パーセントの薄いタイヤを装着するが、乗り心地は、驚異的といっていいほど良好である。コーナリング時はまさに“オン・ザ・レール”。レールが敷いてあるところを走るように、ラインを乱さず、そしてニュートラルな特性を示す。いっぽうで、乗り心地は路面の凹凸の影響をほとんど受けず、ゆえにしなやかである。
面白いのは、ドライブモードのデフォルトが「スポーツ」である点だ。「コンフォート」を選んでも、エンジンを再起動したら、スポーツに戻るのがタイプRらしい。なお、ドライブモードによってダンパーの減衰量、ステアリングホイールの重さなどが変わる。設定は、シフトレバーの脇にあるドライブモードセレクターを操作して選ぶ。
コンフォートでも、ふだん使いなら力不足感はあまりないが、やはりタイプRを堪能しようと思うなら、スポーツがよい。サーキット向けの「 R」モードもあるが、タイプRのポテンシャルの高さを体感するにはスポーツモードで充分といえる。
タイプRのボディ形状は5ドア・ハッチバックだ。感心するのはパッケージングのよさである。
ホイールベースは2700mmとゆったりととってあり、そのぶん室内は広い。とくに人間工学的な配慮が行き届いている。たとえば、リアシートは階段状とし、乗員の視線がフロントシートのヘッドレストでさえぎられない工夫も見られる。
サーキットモードがついているのに、家族で気持よく使える点も特記すべきだ。私がふだん乗っているBMW 3シリーズ・ツーリングと比べても、ラゲッジルーム容量は大きく負けていない。そういえば、実燃費がリッター11km/Lを割らなかった点も驚きだった。
日本車は今、“スポーツカー冬の時代”といわれるものの、各メーカー、それなりにスポーツカーをラインナップする。
たとえば、2シーター・スポーツは、トヨタ「スープラ」(490万円~)や、マツダ「ロードスター」(255万4200円~)など。2プラス2は、トヨタ「86」(262万3320円~)と姉妹車のスバル「BRZ」(243万円~)などがある。
また、4ドア/5ドアのスポーツモデルという点では、スバル「WRX S4」(336万9600円~)などがある。とくに、WRXは6MT仕様を設定するなど、タイプRと真っ向からぶつかるライバルだ。
もちろん、タイプRにはタイプRらしさがあって、WRXにはWRXらしさがある。というわけで、どちらを選ぶかは好みの問題だ。とはいえ、タイプRを選べば、まず、後悔はしないと思う。
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