20世紀の最後の10年となった1990年代は、日本新車市場においてクルマの好みが大きく変わった時期だった。クロスオーバーSUVが産声をあげ、マルチパーパスのミニバンもブレイク。クルマに対する価値観が変わっていった時代だった。
いっぽうこれ以前、90年代前半までのクルマ好きたちを魅了したのは、「テンロク」と呼ばれる1.6LクラスのDOHCエンジンを積む、高性能なスポーツモデルだった。この当時、各メーカーは2BOXのホットハッチを中心に、速さと操る楽しさを競い合った。
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この時期、90年代前半はグループAカーを中心とするレースが盛んに行われていた時期である。だから元気のいい1.6Lスポーツモデルが次から次へと登場した。
駆動方式はFFが多い。が、マツダのロードスターのようなFRやフルタイム4WDもあった。90年代前半は、各メーカーが威信をかけて高性能な1.6Lのパワーユニットを開発し、リーズナブルな価格で売り出したのだ。だからこそ多くのユーザーから熱く支持され、1.6Lスポーツモデルの黄金期を作り上げた。
確かに現代にあの「熱さ」を再現するのは難しいだろう。しかしクルマに「熱」が感じられなくなってきた昨今、あの当時の「テンロク」スポーツのすばらしさを振り返ることは、意義のあることではないかとも思う。
以下、その頂点で競い合っていたモデルをいくつか紹介したい。
文:片岡英明
■トヨタカローラレビン/スプリンタートレノ(4A-GE)
トヨタスプリンタートレノ(1991~1995年)
伝説のFRスポーツクーペとして人気の高いAE86レビン/トレノ。若者の支持を集めたこのモデルは、その血を受け継ぎ、1987年にAE92型でFF方式に進化。さらに1991年に登場したのが「速さ」で圧倒した究極の1.6Lスポーツモデル、AE101系のカローラレビン/スプリンタートレノだ。トヨタが威信をかけてこのクラスの最速を目指して作り上げ、めっぽう速い走りを見せつけた。
最大の魅力は1.6Lの4A-GE型直列4気筒DOHCエンジンにメスを入れ、ポテンシャルを高めたことである。可変バルブタイミング機構のVVTや1気筒当たり5バルブ方式を採用し、レーシングエンジン並みのレスポンスと痛快な加速性能を手にいれた。
また、DOHC4バルブにインタークーラー付きスーパーチャージャーを組み合わせたエンジンもパワーアップしたから、全域で力があった。
ハンドリングも気持ちよかった。革新的なスーパーストラットサスペンションや進化版の電子制御サスペンションのTEMS、ビスカスLSDを採用しているから、意のままの刺激的な走りを楽しめた。基本設計が同じ兄弟車のカローラFXも高いポテンシャルを秘めていた。
■日産パルサー(CA16DE)
日産パルサー 1990~1995年
4代目のパルサー(N14型)は、バブル期の1990年にデビューした。開発のテーマは「卓越した運動性能」だ。
このパルサーは、開発の初期から世界ラリー選手権に参戦することを決めている。だから走りのポテンシャルを高めることを第一に考え、3ドアのハッチバックはオーバーハングも3代目より55mm切り詰めて運動性能を向上させた。この時期の日産は走りの性能において世界一を狙っていたし、WRCに出場するから基本骨格は強靭だ。だから軽やかなフットワークを見せつけた。
1.6Lのスポーツモデルは、チェリーに設定されていた伝説のグレード、X1Rを名乗っている。エンジンは直列4気筒DOHCのCA16DE型だ。
先代より10psパワーを下げているが、実用域のトルクは厚みがある。しかも6000回転まで軽やかに回った。ボディは1020kgと軽かったから加速は冴えている。次の5代目では可変バルブタイミング&リフト機構を採用したパワフルなSR16VE型直列4気筒DOHCエンジンを積み、さらなる話題を提供した。
■ホンダシビック(B16A)
ホンダシビック 1991~1995年
1991年9月に5代目の「スポーツシビック」が登場した。若者がターゲットの3ドアモデルは「ワンルーム&ツインゲート」をテーマに開発され、リアを上下開きのツインゲートとしている。
4ドアセダンには「フェリオ」のサブネームが与えられた。
フラッグシップのSiRが積むのはパワーアップされた1.6LのB16A型直列4気筒DOHC4バルブだ。バルブタイミングとリフト量を変化させるVTEC機構を組み込み、自然吸気エンジンでレーシングエンジン並みの170ps/7800rpmを達成している。
リッターあたり出力が100psを大きく超えるDOHC・VTECエンジンは、クラス最強の実力だった。5速MTはその気になれば8000回転まで実用になる。
本領を発揮するのは6000回転から上で、カムが切り替わると加速に弾みがつくとともにエンジン音も変わった。
サスペンションは、ぜいたくにも4輪ダブルウイッシュボーン。パワフルなエンジンに負けない軽快な身のこなしが自慢だった。これに続く6代目では究極の走りを目指したテンロクスポーツ、「タイプR」が登場する。
もちろんタイプRは今に至る伝説を作ったが、それもこのモデルの活躍と支持がなければ存在しなかっただろう。
■マツダロードスター(B6-ZE)
マツダユーノスロードスター 1989~1998年
オートバイ感覚の爽快なオープン2シーターモデルが1989年夏に登場したマツダのロードスターだ。
最大の特徴は、気持ちいいハンドリングを味わえるFR方式を採用したことである。FF車が蔓延するなか、古典的なFR方式で真っ向勝負を挑んだ。
パワートレインはB6-ZE型と名付けられた1.6Lの直列4気筒DOHC4バルブで、これを縦置きマウントした。
デビュー時は5速MTだけの設定で、最高出力は120ps/6500rpmである。驚いたことにレギュラーガソリン仕様だった。
ロードスターの魅力は、ドライバーの技量に応じて走りを楽しむことができることである。速さよりも操る愉しさにこだわっていた。
サスペンションは4輪ともダブルウイッシュボーンだ。
気持ちいい走りを実現するために軽量化を徹底し、アルミ製のボンネットなどを採用して車重を950kgに抑えた。だからヒラリとした軽快な走りを存分に楽しむことができる。その後1.8Lエンジンを積んだ。が、1.6Lエンジンの復活を望む声が多かったため、再び主役の座に返り咲いた。
■三菱ミラージュ(4G92)
三菱ミラージュ 1991~1995年
第4世代のミラージュは1991年秋に登場した。
丸みを帯びたクリーンなフォルムに生まれ変わり、外観からもフレンドリーなことが分かる。だが、走りは刺激的だ。とくにこだわったのはパワートレインで、ガソリンエンジンはDOHC4バルブを主役の座に据えた。直列4気筒だけでなくV型6気筒も設定するが、走りの主役はモータースポーツでも活躍している1.6Lの4G92型DOHC4バルブだ。気持ちよく高回転まで回り、しかも実用域のトルクも豊かだから扱いやすかった。
刺激を求める走り屋たちのために、1992年秋のマイナーチェンジのときにマルチモード可変バルブタイミング機構のMIVECを採用した4G92型エンジンを投入している。最高出力は175ps/7500rpmだ。
6000回転を超えてからパンチ力が大きく変わり、異次元の加速を披露した。サスペンションもストラットとマルチリンクの組み合わせだから、強大なパワーに負けない正確なハンドリングを身につけている。操る楽しさは格別だ。
■安くて楽しいカテゴリーの復活を!!
21世紀になると、日本では若者のクルマ離れが一気に進んだ。スポーツモデルに乗っていた人もミニバンやクロスオーバーSUVに乗り換えたから、走りの楽しさにこだわるホットハッチやスポーツカーは絶滅危惧種となっている。
今、1.6Lクラスを探してみると、国産車のこのクラスで骨っぽいのはスイフトスポーツくらいしか残っていない。ただそんなテンロクスポーツの旗振り役だったスイフトスポーツも、最新モデルはダウンサイジングターボになった。孤軍奮闘と言っていい活躍を見せているが、やや上のクラスに登ってしまい、寂しさも残る。
だが、海外を見回せば、メルセデスベンツのAクラスとBクラスを筆頭に、1.6Lエンジンの魅力的なホットハッチが数多く存在する。フランス車にも気持ちいい走りのテンロクスポーツが少なくない。ステアリングを握って楽しい国産車が少なくなったのは、いいことじゃない。
競い合わないと技術は廃れてしまう。競争を促す意味でも、安くて楽しい1.6Lクラスのスポーツモデルの復活を望みたい。最新技術を駆使すれば、気持ちいいスポーツモデルが誕生し、乗り手に感動を与えてくれるはずだ。技術の進化は、「高性能化」だけでなく、「安さ」や「楽しさ」をももたらしてくれると信じている。
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