クルマのイラストから鉄道イラストの世界へ “良き時代のアメリカ”を象徴する名車と蒸気機関車
クルマから鉄道車両、日本型・アメリカ型の蒸気機関車などをテーマに作品を手がけるイラストレーター、細川武志さん。イラストに加えメカニズムの解説にも定評があり、クルマや蒸気機関車のメカニズムを豊富な図版と解説でまとめた著作(『クルマのメカ&仕組み図鑑』『蒸気機関車メカニズム図鑑』)はロングセラーです。
ボックスアートのこだわりと醍醐味/和田隆良さんの代表作・好きな作品
細川さんは、作品に取り組むとき、時代考証やメカニズムなど、できるだけ資料を集めて“場面作り(絵の構成)”を考えるとか。雰囲気ある背景や色調をはじめ、時代の空気感まで表現した作品は魅力的です。
作品の企画およびテーマが決まるまでには、その時の社会状況、時代背景があります。
ボクは、フリーランスになって某クルマのカタログ用透視図や広告イラストを主な仕事にしていましたが、3年目の1973年秋、オイルショックが日本を襲いました。予想外だったこの未曽有の出来事に政府、国内はもとより好景気だったクルマ業界は混乱を極めました。さらに広告媒体の予算は大幅に縮小され、新車発表も減り、74年には「東京モーターショー」や「日本グランプリ」が中止になるなど一気に景気は冷え込みました。
初めての経験に戸惑っていた折、映画『アメリカン・グラフィティ』が公開され、冒頭『ロック・アラウンド・ザ・クロック』の曲に乗って1950~60年代の風俗、アメ車が次々と登場して大ヒットしました。1976年はアメリカ建国200年にあたり、数ある記念イベントの中で「フリーダム・トレイン」を蒸気機関車が引いて米国内を9カ月かけて一周する計画も発表されました。日本でも“良き時代のアメリカ文化”を取り上げる記事が増える中で、「アメリカの象徴的な乗り物」を描くボクの連載が始まりました。
作品(1)は、ボルチモア&オハイオ鉄道『EM–1、三重連』です。米国型蒸機はとにかくスケールが大きくモンスターのようでした。EM–1は関節式と呼ばれる前後2組の動輪にそれぞれシリンダーが付き、カーブでは前部が左右にスライドして1両で2台分の働きをします。日本のD51は全長20m、1400馬力ですが、EM–1は長さで1.6倍、馬力は4倍になります。武骨な外観が多い米国型蒸機の中で、この会社はヨーロッパの車両デザインの影響で、曲面を生かしたスマートで洗練された形態が特徴でした。
作品に取りかかるときは、まずは以前の作品と同じような場面構成にならないように注意します。事前の資料調べは時間をかけて念入りに進め、イラストを描くだけで約10日間かかりました。
この作品は、タブレット(金属製の通行票)を交換し、蒸気圧を上げてこれから発車する場面です。超大型蒸機の三重連はこの鉄道だけだったので、何としても描いてみたい題材でした。乗り物のイラストはマニアの厳しい目を意識して取り組みますので、煙の状態など細かいところにも気を配りました。
作品(2)は、『パッカード12』です。当時のキャッチコピーは、「Ask the Man who Owns One(パッカードの真価はオーナーに聞いてくれ)」。嫌みなくらい自信満々です。 パッカード12は、V型12気筒7756ccエンジン搭載、各国の王族、貴族が愛用する中で、1939年式は米国大統領フランクリン・ルーズベルトも公用車(当時はまだ大統領専用車はない)にしていました。実車はトヨタ博物館が所蔵しています。
作品は、海辺にある別荘の庭園に乗りつけ、パーティ前に談笑している男女を描きました。まず、中級車と高級車では、ボディの塗りとツヤの美しさがまるで違います。それがうまく表現できれば出来上がったも同じで、筆のタッチを抑えぎみに、ぼかしと反射、写り込みなどに気をつけました。また、クルマを際立たせるため、背景はあえて単純に構成しました。制作期間は、資料調べを含めて約10日間でした。
両作品に共通しているのは、すべてがアナログの時代、大きいことはいいことだとばかりに遠慮なく富と豪華さ、性能を競った時代だったということです。当時の貧しくて規制だらけの日本からは、発想すら湧かないものばかりでした。
それでも自分なりに当時を想像しながら場面づくりをします。作品に向かうとき、これが楽しくていちばんの魅力かな。もはや絶対に見られない風景です。
ほそかわたけし/広島県出身。出版社勤務時代に、テクニカルイラストをはじめ多数の作品を描く。フリーランスとして独立後は、クルマやファッション、鉄道関係など、幅広いジャンルで活躍。蒸気機関車のメカニズムに関する著書もある。AAF(オートモビル・アート連盟)会員。東京都在住
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