黎明期は映像と自身の感覚がシンクロせずクルマ酔いすることも
じつは最近はまっているのがドライビングシミュレーター。「グランツーリスモ スポーツ」や「F1 201Xシリーズ」、「アセットコルサ」などのいわゆるSIM(シミュレーター)ゲームだ。SIMとゲームの違いは以前は大きかったが、最近のSIM・ゲームでは極めて現実に近く、精度も高まっているので楽しみながらドライビングトレーニングができる。車両のセッティング(サスペンションやタイヤ空気圧など)変更ができて、SIM上でさまざまな試験もできるようになってきた。
リスクのない本物のモータースポーツ! シミュレーターで戦う新型スープラ・ワンメイクレースが開催
ドライビングSIMゲームが流行し始めたのは1990年代くらいからだろうか。当初はゲーム性の強いものと現実に忠実なタイプに分かれていたが、ゲーム性の強いものはいわゆるゲーマーの人たちが上手く、一方現実に忠実なものはプレイする面白さに欠けていた。
当時、自身でもいろいろ試してみたが画面を3面横並びさせ現実性を高めた機種では「クルマ酔い」してしまい、5分と続けられなかった。2012年から「東京バーチャルサーキット」で壁面を使った大画面のSIMジムを運営している砂子塾長のシステムも、僕は酔ってしまいコースを1周もできなかったのだ。
砂子塾長は「年寄りには向かないんですよ」と冗談交じりに言うのでそれ以来行かなくなったが、それ以前の2000年代にトヨタ自動車がF1に参戦開始していた頃、SIMマシンを開発し、それを試させてもらったら酔うどころかあまりの現実再現性の高さにすっかり魅了されてしまった。その事実を知っていたので自分に合うSIMができるまで待とうと思っていたのだ。
2014年に中国・北京を訪れたとき、欧州製の油圧6軸SIMマシンに出会い試させてもらった。当時のF1チームから走行データを買い、油圧ジャッキを動かして宙に浮かせたモノコックのシートとモニター画面を動かしながら挙動を再現する仕組みだったが、こいつも激しく酔った。4分で15万円という高額な値付けがされていて、実際にF1を4分走らせるのと同額に設定していると説明された。
しかし、本物のフォーミュラカーに乗って酔わずに勝利してきた僕が酔うのだから何かが違うはず。それはヨー、ロール、ピッチング変化を意図的に起こして無理矢理G感覚を出そうとしていること、つまり止まっているクルマで動いているレーシングカーを再現しようとしたことに無理があったといえる。
そういった現実とSIMの相違点を認識し、上手く処理しているのが「グランツーリスモ スポーツ」であり「F1 201X」など最近のトレンドとなっているSIMゲームなのだ。
CARトップ本誌でも新型トヨタ・スープラをGTスポーツ上で筑波サーキットを走らせてみる再現企画を行ったが、そこでハンドリングや動力性能をある程度体験することができた。本物を筑波で走らせていないので答え合わせはまだできていないが、AMG GT3 やランボルギーニ・ウラカンGT3で鈴鹿サーキットを走ると現実とほぼ同じタイム、ドライビングフィールが得られていたので、おそらくスープラも現実に極めて近いデータが盛り込まれているに違いない。
今ではF1のマシン開発にも用いられるほど進化した
こうしたSIMゲームではクルマの性能や特性を知るだけでなく、ドライビングテクニックの上達にも役立つと考えられている。現実と違うのは前後左右上下のGがないことと、クラッシュのリスクから解放されることだ。本物のレースマシンF3000でレースしていた頃は、その強烈なG変化による身体的負荷が強すぎて「Gさえかからなければどんなに速く走れるのに」とか、クラッシュのリスクからどうしてもアグレッシブになれない場面も多くあってストレスが溜まっていた。
だがSIMゲームならそれらのストレスから解放されるのだ。アンダーステアやオーバーステア、パワードリフトやブレーキングドリフト、カウンターステアもSIMで再現できる。4輪駆動で筑波サーキットの最終コーナーをゼロカウンターで回ることも可能だ(これは現実より難しい)。
近代F1の世界では、SIMを使ったマシン開発やコースに合わせたセッティングが行われていて、各チームが専用のSIMを開発し、専属テスターとして現役のレーシングドライバーや元F1パイロットが作業にあたっているほどなのだ。彼らの報酬はプロレーサーとしての活動に見合うものだという。
そして現代のSIMソフトなら酔うこともなくなった。とくにグランツーリスモ スポーツは映像が美しく実際の景色を完璧なまでに再現しているのが特徴だ。たとえば僕らレーシングドライバーはサーキットを300km/hで走っているとき、視界の景色はほとんどが矢のように流れているが、視界中央部で向かう先の路面には石ころが落ちているのかネジが落ちているのかを判別できるほどの動態視力を持っている。GTスポーツは画面のどこを見てもピントがあっているが、路面の小石までは再現されていない。それでも必要にして十分な情報は得られ、不要な情報はキャンセルされているのでドライビング向上に役立つ。
ドライビングSIMをするには専用のPCやゲーム機にハンドルコントローラー、ソフトにシートなど数十万円の出費が必要だが、それで世界中のサーキットを好きなマシンで好きなだけいつでも走れると思えば安いものだ。プロも初めてのサーキットへ遠征するときなどは、SIMでトレーニングしてから行くのが常識化しているのだ。この特徴を利用して「中谷塾」のプログラムをグランツーリスモ スポーツ上で実現できないかと真剣に考えているところだ。
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