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チームオーダーは防げなかったのか。ドライバーの心理とマクラーレンの大きな弱点【中野信治のF1分析/第13戦】

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チームオーダーは防げなかったのか。ドライバーの心理とマクラーレンの大きな弱点【中野信治のF1分析/第13戦】

 ハンガロリンクを舞台に行われた2024年第13戦ハンガリーGPは、チームオーダーによる想定外の展開も起こるなか、オスカー・ピアストリ(マクラーレン)がF1初優勝を飾りました。

 今回はマクラーレンのチームオーダー発動に至った2度目のピットストップの判断の是非、そしてコース上で最速も、勝利を譲ったランド・ノリス(マクラーレン)の心理状況などについて、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が独自の視点で綴ります。

ノリスを先にピットインさせる戦略の根底に、責任を負い「状況を管理する」マクラーレン代表の意図/F1第13戦

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 デビューイヤーの2023年第17戦カタールGPのスプリントでトップチェッカーはあったものの、ピアストリにとって待ちに待ったF1初優勝が実現したハンガリーGPですが、残念ながら話題の中心はマクラーレンのピット戦略とチームオーダーとなりました。チームオーダーの発端は、2度目のピットストップを迎えるタイミングで、マクラーレンがトップのピアストリではなく、2番手のノリスを先にピットに呼んだことでした。

 ノリスの背後を走っていたルイス・ハミルトン(メルセデス)は41周目に2度目のタイヤ交換を終えており、『46周目までにノリスを入れなければピットアウト時にハミルトンにアンダーカットされてしまう』という計算結果が、マクラーレンの手元に出てきたのでしょう。

 早めにピットストップをした方がアンダーカットで順位を上げるチャンスが生まれるため、通常であればトップのピアストリを先に入れるのがスタンダードな選択です。ただ、ノリスがハミルトンにアンダーカットされ、ワン・ツー・フィニッシュを失うというリスクを避けるべく、ノリスを先にピットに入れざる負えなかったということが、あの瞬間のマクラーレンの状況だったのでしょう。

 レース後にノリスとハミルトンのタイム差を確認すると、かなり際どいところではあったのは確かです。私が見るに、1周後の47周目にノリスを呼んでも大丈夫だったのではないかという印象も抱きましたが、48周目に入れてピアストリと2周続けてのピットとなると、ピットでのミスというリスクまで懸念材料となってしまう。それゆえに、ノリスをピアストリよりも2周先にピットに入れたのかもしれませんね。

 46周目にピットを終えたノリスはハミルトンの前でコース復帰を果たし、2番手のポジションを守ることに成功しました。この点に関してだけを見ればマクラーレンの判断は決してすべてが間違いだったわけではないと思います。ただ、ノリスを2周先にピットに入れたことで、ノリスがピアストリをアンダーカットしてトップに浮上するという状況が生まれてしまったので、“最良の判断”ではなかったと言えます。

 たとえば、45周目にピアストリ、46周目にノリスをピットに呼んでいればハミルトンをカバーしつつ、順位が入れ替わることもなかったかもしれません。順位が入れ替わることがなければ終盤のチームオーダー発動もなかった。そいうことを考えると、もしかしたら『ノリスを46周目に入れないとハミルトンをカバーできない』ということに、46周目を迎える直前、たとえば45周目ごろとかに気づいたという可能性もありますね。

 マクラーレン内では『追いつかれたら順位を入れ替える』という話はしていたといいます。ただ、ノリスがトップ、ピアストリが2番手という状況へと変わった第3スティントでノリスはピアストリを引き離すペースで周回しており、ハンガリーGPの最速の1台だったことを走りで証明していました。ノリスとしてはチームの判断ミスの結果とはいえ、トップに浮上したのであればそのままチェッカーを受けて少しでもマックス・フェルスタッペン(レッドブル)とのギャップを縮めたい、という思いを抱くのはチャンピオンシップを戦うドライバーとしては当然です。

 それゆえに、怒りを含めた感情を抱いたノリスは“ゾーン”に入り、驚異的なペースでピアストリとのギャップを広げにかかりました。まさにタイヤのデグラデーション(性能劣化)も関係ない、という走りでピアストリは自力でノリスに追いつく術がありませんでした。

 同じドライバーとして、ノリスの気持ちはわかります。ただ、チームからの無線でもあったように、ピアストリの助けがなければ今後のチャンピオンシップを戦い抜くことも難しくなるのは事実です。今後のチームプレイを考えると、ノリスに対し順位を戻すように指示をすることが、チームにとっては最良だと考えたのだとは思います。

 ノリスはチームの指示を受け入れて終盤の68周目に、大勢の観客が見守るグランドスタンドの前でスローダウンし、ピアストリにトップを譲りました。チームの指示は受け入れたノリスでしたが、それまでは「彼(ピアストリ)に“追いついてよ”と伝えてくれ」という無線を飛ばすなど、『誰がこのレースのウイナーに相応しかったのか』を見せつけたいという意志を感じさせる一面もありました。

 ただ、同じドライバーとしてはノリスの肩を持ってしまう状況でした。チームの言い分もわかります。ただ、今回の件はノリスにとっては釈然としないものですし、もし私がノリスと同じ状況だったら、ノリスと同じ気持ちを抱いたと思います。おそらく、悔しいという言葉だけでは表現できない、強烈な怒り、諦めといった感情が入り混じったでしょう。そのような感情を抱きつつも、2位でチェッカーを受けるということを受け入れたのがノリスというドライバーです。

 またピアストリにとっても、人生で1度しかないF1初優勝がチームオーダー絡みとなってしまったことは気持ちのいいものではないでしょう。見ている側としては、2度目のピットストップの直後にノリスが順位を入れ替えて、ピアストリとノリスの真っ向勝負を見てみたかったという思いはありますね。

 今回のハンガリーGPで予選・決勝とワンツーを決めたマクラーレンでしたが、同時に弱点も露呈する一戦となりました。やはり、トップ争いから長く離れていたマクラーレンだけに、『勝利のかかったタイミングで下す決断』という部分を見ると、レッドブル、メルセデスと比べて時間がかかっているというのは事実でしょう。今後、マクラーレンがチームとして改善しなければならない大事な部分だと思います。

 また、チームオーダーがあったからといって、ピアストリとノリスの間のライバル関係には特に変化はないと思います。というのも、ピアストリというドライバーは非常に冷静で、今回のようなチームオーダーが関わる事例があっても気にしないような、大人な対応をこれまでしてきていますからね。

 ピアストリの図太さはこれまでも触れてきましたが、彼の場合はメンタルが強い・弱いというよりも『メンタルの波がない』、『感情に邪魔されない』、『余計な感情の流し方を知っている』という印象です。他人とは違う受け止め、アンガーコントロールができる才能を持っており、そこがピアストリというドライバー、スポーツ選手の秀でた部分だと思います。

 感情やメンタルといえば、ハンガリーGPではフェルスタッペンの感情が爆発しており、私は「昔のフェルスタッペンが戻ってきた」という印象を抱きました。最速のマシンに乗り、ここ最近は大人になったなというイメージもあったのですけど、マシンのアドバンテージがなくなり、追い込まれた状況となると、昔のフェルスタッペンの悪い部分が戻ってきますね。

 マシンのアドバンテージがなくなったフェルスタッペンは、ここからが正念場かもしれません。今後の戦いぶりが楽しみですね。

 そして、ただひとり1ストップ作戦を成功させた裕毅(角田/RB)の戦いぶりは実に上手かったですね。DAZNで配信中の『Wednesday F1 Time』の第22回で裕毅にはリモートで出演してもらったのですけど、チームとしても裕毅としても最初から1ストップで行けるという確信はなかったと話してくれました。

 ただ、ピットストップを終えてタイヤを履き替えてからもペースが安定し、裕毅自身も想像以上にマシンのフィーリングの良さを感じて、タイヤをしっかりとマネジメントできたことが、あの力強い走り、1ストップの成功に繋がり9位でチェッカーを受け、今季8回目(スプリント含む)を掴むことになりました。予選でのアクシデントを帳消しにする、それ以上の走りを見せてくれたように感じます。

 さて、次戦となるベルギーGPは、金曜日と土曜日に雨が降るという予報が出ていました。スパ・ウェザーを含み、天候が目まぐるしく変わることも少なくはないスパ・フランコルシャンですので、ドライビングスキルとともに各チームのストラテジーが戦局を左右する重要なポイントになります。

 各チームがどのような作戦を組み、どのような判断を下すのか。スパならではの頭脳戦やレース展開が見られるのではないかと思います。

【プロフィール】
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS)のバイスプリンシパル(副校長)として後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。
公式HP:https://www.c-shinji.com/
公式Twitter:https://twitter.com/shinjinakano24

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