ホンダシビックが、すっかり不人気車として定着してしまった。
現行型シビックは2017年9月に日本市場で発売されているが、2019年の月販平均台数は911台/月と3桁に留まっている。2020年1月にマイナーチェンジを実施しているが、変わらず販売は振るわない(2020年1月は329台、2月は784台、3月は738台)。
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しかし30代後半以上の読者諸兄には「シビック」という車名に、ほのかにある種の憧れや爽やかさを感じる方も多いのではないだろうか。
シビックはかつてホンダの代表的車種として、若者のクルマとして一世を風靡していた時代が確かにあった。
なぜシビックは不人気車になってしまったのか。その原因はホンダにあるのか、それともユーザー側なのか。自動車ジャーナリストの御堀直嗣氏に分析していただいた。
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文:御堀直嗣/写真:ベストカー編集部
■華々しく復活も シビックとホンダの現在地
2017年9月に、現行シビックが国内で発売された。2010年9月の国内での販売を一度終えて以来、7年ぶりのことである。
今年(2020年)1月にマイナーチェンジが施された現行型(10代目)シビック(セダン/ハッチバック)。「タイプR」の登場は今夏を予定している
ホンダは2012年に、16年には世界で600万台を販売する目標を掲げ、挑んだ。そしてグローバルカーと位置付ける車種と、市場の地域に合わせた車種とに商品群を分け、車種を充実させることをしはじめた。
グローバルカーは、フィット、シビック、アコード、CR-Vなどで、各地域向けのなか日本市場へは軽自動車のNシリーズがその中心となる。
Nシリーズの第1弾として2011年にスーパーハイトワゴンのN-BOXが誕生し、以来、ホンダ車の販売を牽引している。
軽自動車の王者となったN-BOX
グローバルカーの位置づけとなる5ナンバーのフィットも根強い人気で、国内販売の上位に位置してきた。
好調な販売が続くフィット。評価も高い
またSUV人気を象徴するように、ヴェゼルも手堅い販売台数を残している。
国内におけるホンダ車の販売は、好調に映る。だが、全体的には小型車や軽自動車が中心で、営業活動に忙殺される日々を送りながら収益率はそれほど上がっていなかったのではないか。
1990年代以降ホンダを牽引してきたミニバンはSUV人気に押され、なかでも5ナンバーミニバンの代表格であったステップワゴンは、トヨタのノア/ヴォクシーや日産セレナに押され気味だ。
そうした販売の偏りを打開すべく投入されたのが、現行シビックだろう。
1972年に誕生したシビックは、1966年に登場したトヨタ・カローラや日産サニーと並び、日本の大衆車として人気を分けてきた。
サニーは姿を消したが、カローラは変わらず販売の上位に定着し、ハイブリッド車のプリウスやアクアなども誕生するなか、トヨタの代表車種としての地位を保持している。
昨年(2019年)4月から今年3月までの2019年度一年間の販売台数をみると、一般社団法人日本自動車販売協会連合会の乗用車ブランド通称名別順位によれば、シビックは9116台で50位という成績である。
一方カローラは、11万4358台を売って1位となった。かつての競合カローラと雲泥の差がついた原因は、どこにあるのだろう。
■「今必要なクルマは何か?」から生まれたシビック
初代シビックは、1972年(昭和47年)に誕生した。
その前に、ホンダ1300という初の小型車を1969年にホンダは発売している。日産サニーやトヨタ・カローラの誕生から3年後のことで、同様の3ボックスの4ドアセダンであった。ところが、売れ行きはまったく伸びなかった。
ホンダ1300(1969年)
当時、シビックの開発を任された技術者たちがまず命じられたのは、三重県の鈴鹿製作所へ行くことだった。そして、ホンダ1300の生産ラインを目の当たりにする。
「生産ラインをポツンポツンとしかH1300が流れていなかった。こんな状態なのかと、愕然としました」と、造形を担当した岩倉信弥は語っている。
そして、初代シビックのLPL(ラージ・プロジェクト・リーダー=開発責任者)を務めた木澤博司は、このプロジェクトが失敗したらホンダが本格的に4輪事業へ進出するのは難しいかもしれないとの危機感のもと、
「今、ホンダがどういうクルマを創らなければいけないか、純粋にいま必要なクルマとは何か、クルマの絶対値としてそれを見つけ出したかった」
との思いから編み出したのが、2ボックスのFFシビックである。
初代シビック(1973年)
それに際し、車体の全長×全幅の寸法は5平方メートルに収まる大きさとした。
理由は、2輪で事業をはじめたホンダの販売店の店先に収まる大きさにしたのである。これを実現したのが、〈マンマキシマム・ユーティリティミニマム〉の思想だ。
のちに「マンマキシマム・メカミニマム」とのいい方がされるが、要は、人が使う部分は最大に、一方で、クルマを構成する機能部品や効率は最小にという定義である。
■使う人にどれだけ最大の価値を提供できるか?
使う人にどれだけ最大の価値を提供できるか、それがホンダの哲学だ。
これは、本田宗一郎が自転車にエンジンを取り付け、人々の生活を楽にしようと考えたものづくりの原点である。
飛行機が好きであったり、エンジンや機械いじりが好きであったりした宗一郎の自己実現を夢見たわけではない。
1991年にデビューし最大の人気を誇った5代目シビック
創業後のレース参戦も、世界と伍して競える技術を身に着けるためであり、レースで勝ち、ホンダの名声を高めるためではなかった。
もちろんレースで勝つことによって名声は高まるが、それは結果的な成果である。
■CVCCの誕生と遺したもの
シビックの歴史は、初代誕生まもなく次の段階へ入っていく。CVCC(複合渦流調整燃焼方式)エンジンの成功だ。
1970年に米国で起きた排ガス規制に対処するため、ホンダ以外のメーカーは排出ガス浄化という後処理で対処しようとした。だが、ホンダはエンジンの燃焼そのものの改善を試みた。
これが世界初の排出ガス浄化エンジンを実現させたのだ。
CVCCのエンジン・ミッション・デフ構成図(1973年)
国内ではトヨタやいすゞ、米国ではフォードやクライスラーが技術供与を求め、米国の環境保護庁(EPA)は、CVCCをゼネラルモーターズ(GM)へ供給できるか公聴会で問い合わせもした。
のちに、ホンダも後処理によって排出ガス浄化を行う道へ進むが、物事の根本から課題を解決する教訓を残した。
今日においても燃焼を極めることが燃費向上の礎となることを世界の自動車メーカーが実践し、国内ではマツダのSKYACTIVが象徴といえる。
■黄金期と突如の“変節”
シビックは、その後も本質的クルマの価値を問う小型車として、他社と一線を画した存在であり続けた。
3代目のロングルーフを外観の特徴としたワンダーシビックは、造形自体の衝撃だけでなく、シビックを象徴する姿として後々まで継承された。
3代目 通称“ワンダーシビック”(1983年)。ホンダ車としてはじめての日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞、自動車として初のグッドデザイン大賞を受賞している
2000年の7代目では、1994年以来国内のミニバン市場を牽引してきたオデッセイやステップワゴンのように、室内の床を平らにした新しいパッケージングをシビックで提案した。
筆者は7代目シビックを、21世紀の新しい小型車の模索ととらえ高く評価した。だが市場は違った。
乗車した際の雰囲気の違いや、3代目のワンダーシビック以来17年継承された壮快な走りの印象からかけ離れたことで、人気はいま一つ上がらなかった。
7代目シビック(2000年)
後日、LPLを務めた人に聞くと、実はこの計画は本来シビックのものではなかったと語った。
突如の計画変更によってシビックとして発売されることとなったのである。また販売面でも、21世紀へ向けた新たな提案という印象深い訴求はそれほど積極的でなかった。
このあたりから、シビックの様子が変わってくる。2005年の8代目では4ドアセダンのみの商品構成となり、米国市場を主力とした3ナンバー車にいきなりなった。そして国内での空白期間を挟んで今日の販売不振である。
■グローバリゼーションの大波の元で
一連の動きは、1998年に退任した川本信彦社長から、吉野浩之社長、福井威夫社長、伊東孝紳社長、そして現在の八郷隆弘社長の時代に重なっていく。
この間、2000年に歩行ロボットのASIMO(アシモ)が世を驚かせた。また1999年に誕生したハイブリッドシステムのIMA以後、電動化への停滞時期に入る。
ASIMO(アシモ)。名前はAdvanced Step in Innovative Mobility(新しい時代へ進化した革新的モビリティー)の頭文字を取った
そして、世界販売台数600万台を目指す拡大経営路線へ足を踏み出す。ちなみに、特段の成果のなかった第3期F1もこの時期だ。
それらは、初代シビックの木澤LPLが語った「今、ホンダがどういうクルマを創らなければいけないか、純粋にいま必要なクルマとは何か、クルマの絶対値としてそれを見つけ出したかった」という言葉とかけ離れ、目指すべきものを見失った時代といえるのではないか。
ホンダのあるOBによれば、川本社長までは本田宗一郎の薫陶を直接受けた世代であり、それ以後の社長は、開発の場で宗一郎から直接教えられたり叱られたりしたことのない世代だと語る。
2000年を前後したころ、ホンダ社内から宗一郎の話題が遠ざけられたこともあった。
現行シビックは、米国で販売された車種の導入であり、それはSUVのCR-Vも同様だ。
■トヨタとの、カローラとの差異
一方、カローラも現行車から3ナンバーとなったが、国内向けの車体を持ち、海外のカローラに比べわずかだが横幅を狭めている。
理由は、5ナンバー車として歴代カローラを愛用してきた優良顧客(ロイヤルカスタマー)の使い勝手や心情を考えての措置だ。
2006年の10代目カローラから、国内向けに海外と別のプラットフォームを用い、5ナンバーを維持してのちの3ナンバー化である。
顧客の都合や事情を配慮してトヨタは3ナンバー化に踏み切った。それに対し、シビックは2005年の8代目で突然米国仕様と同じ3ナンバー化を行い、2011年の9代目は日本で販売しなかったのである。
8代目シビック(2005年)。日本ではハッチバックが廃止され4ドアセダンのみの販売となった
もはや消費者の選択肢には入っていなかった車種を、海外で販売されているまま日本へ持ち込んでも興味を引きにくいのは当然だ。
このまま売れ行きが思わしくなければ、また販売しなくなると疑われてもおかしくない。
■ホンダの今後を左右するのは
CR-Vも、トヨタのRAV4が昨年度12位の販売実績であるのに対し、ベスト50に名前がないほど格段の差だ。
2018年に登場した日本市場向けCR-V(5代目)
RAV4はCR-V以上に日本市場への空白期間は長かったが、フルモデルチェンジの機会をとらえ、商品性を高めるだけでなく積極的に宣伝し、日本カー・オブ・ザ・イヤーの受賞を狙うなど、消費者の心を取り戻す努力を怠らなかった。
トヨタ RAV4(写真は今夏登場予定のPHV)。5ヶ月連続で月間販売台数1位を記録し(SUV部門)、日本カー・オブ・ザ・イヤー(2019-2020)も受賞。RAV4としては初の受賞となる
ホンダ車のなかでも新型フィットは、グローバルカーの位置づけとはいえ、「日本に最適なコンパクトカー」であることを開発の柱とし、それを世界的価値へ高めていく、と田中健樹LPLは開口一番に主旨を語っている。
実は、シビックもCR-Vも、試乗をすれば商品性は高い。
要は、開発者や経営者を含め、クルマに対する個人の志の有無が現在の好不調を生み出している。単にメーカーのせいとか、日本の消費者のせいではない。
そのうえで、グローバルカーの位置付けであるとはいえ、販売する市場の地域性や消費者の意向を汲み取れなければ、今後も売れ筋の市場に偏った車種でしかなくなってしまうのである。
今夏登場予定のシビック タイプR。消費者の“必要”は、満たせるだろうか
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