学校を卒業すると、わたしはいわゆるひとつのサラリーマンになった。入った会社は、最近では入社するのがけっこう難しい人気企業となっているそうだが、わたしが入社した頃は「履歴書に自分の名前を間違わずに書ければ入れる」ぐらいのレベル感であったため、ここで特に言うべきことはない。
というか、自分はそもそもその会社に「腰掛け」的なつもりで入社したのであった。
必要なのは「鈍感力?」。輸入中古車向きな人と、そうでない人の違いとは
腰掛け気分でサラリーマンになったわたしは、本当は何がやりたかったのか? 何になりたかったのか?
自動車ジャーナリスト?
もちろん違う。わたしはそもそも25歳頃までクルマにはほとんど興味がなかった。
わたしがなりたかったのは音楽家だ。具体的には「ロック音楽を演奏するギタープレーヤー」である。
そのため、世を忍ぶ仮の姿として渋谷にあった会社にネクタイを締めて通うかたわら、バンドのリハーサルとリサイタルに精を出した。「イカ天」との略称で人気だったアマチュアバンド合戦みたいなテレビ番組にも、二度ほど出場した。
だがこのあたりの「クルマと関係ない話」は読者各位も退屈であろうから、ばっさり割愛する。とにかく結論として、音楽家としては芽は出なかった。わたしには「才能」がなかったし、「それでも努力を続ける才能」も、今にして思えばなかった。
バンドをやめ、「腰掛け」である会社員が「本職」に変わるときが来てしまった。だがわたしは、いわゆるひとつのサラリーマンというやつにあまり向いていなかった。
そのことを強く自覚していたわたしは、バンド活動を辞めるとほぼ同時に辞表を提出。そして「プー」になった。
2年間ほどプー太郎としてプープーぶらぶらしていたが、長期にわたってぶらぶらしていると、さすがにやりたいことがなんとなく見えてくる。わたしの場合は出版業だった。それも、25歳ぐらいの頃に唐突に目覚めてしまった「輸入車」を扱う雑誌の編集記者に、わたしはなりたいと思った。強烈に。
当然、そうなると当時の輸入車雑誌編集者志望者はたいてい『NAVI』に履歴書を送ることになる。しかし本屋でひたすらNAVIを買いまくって奥付(最後のページ)の「編集部員募集」的な求人広告を探し続けたのだが、待てど暮せど求人広告は掲載されない。
「NAVIは今、人を募集してないのかな?」などと思っていたら、いつの間にか「河西さん」という新人が編集部の面子に加わっていて、その後「佐藤さん」という新人の名前も奥付に加わった。
河西さんと佐藤さんの加入順はもしかしたら逆だったかもしれないが、いずれにせよ「河西さん」とは、今をときめく河西啓介さんのことであり、「佐藤さん」は、これまた今や超売れっ子自動車ライターであるサトータケシさんだ。
「ふっ、しょせん俺には縁のないエリートの世界だったか……」とNAVI球団からのドラフト指名をあきらめたわたしは、自動車とは関係ない出版社を含む各所に履歴書を送りまくった。
しかし「28歳の未経験者」はほとんどの出版社から門前払いを喰らい、唯一、今では倒産している某五流自動車系出版社が、28歳の未経験者を拾ってくれた。
その後の9年間にわたる五流出版社勤務の日々についてはこちらの記事に詳しく書いたため、ここではばっさり割愛する。
■出版社時代のことをまとめた記事
出版社での下積み時代。絶望的な社内環境を経て今、若い世代の人に伝えたいこと
そして割愛する代わりに……何を書こう? 当時乗っていたクルマのことか?
それは例えば87年式ルノー サンクバカラ(5MT)であり、96年式ルノー メガーヌ クーペ16Vであり、87年式メルセデス・ベンツ190E 2.3-16だったりする。
それらのクルマはどれも素晴らしく、その後のわたしの糧となってくれたことは間違いないが、それと同様に重要だったのが「清水草一さんとの出会い」だろう。
わたしはいつの頃からか清水草一さんが書く原稿の大ファンになり(『そのフェラーリください!』を初めて読んだときか?)、「いつかこの人に原稿をお願いできるぐらいの編集者になるべし!」と思いながら仕事をしていた。
が、当時のわたしが所属していた輸入車誌編集部は、輸入車誌と言えば聞こえはいいが、実際は『激安外車中古車ガイド(略称・激ガ)』というB5版のダサい中古車情報誌で、とてもじゃないが「清水草一の原稿」が似合う類の雑誌ではなかった。また清水さんが「激ガ」で書くことを了承するとも、わたしには思えなかった。
「だが素人の28歳からこの仕事を始めた俺には、今はまだ『激ガ』がお似合いだ。しかし編集者としての研鑽を続けてさえいれば、もっとまともな雑誌を作るチャンスはいつか必ず生まれるはず。そのときが来るまでひたすら激ガ道を極めるしか、俺に選択肢はない!」
そう看破したわたしは、地を這う土下座取材を繰り返しながら己のスキルとナレッジを高めていき、「時」の到来を待った。
そして「時」はやってきた。
「まあまあマトモな輸入車誌」をその五流出版社が作ることになり、わたしがその創刊編集長を務めることになったのだ。
当然わたしは「清水草一」に寄稿をお願いするため、具体的には新連載の寄稿を依頼するため、永福町のロイヤルホストへ赴いた。
初めてお会いした、和夫さんではないほうの清水巨匠は執筆を快諾してくれた。いや快諾というか、五流出版社の新雑誌ゆえにギャラについては若干の不安があったようだが、そのあたりも「弊社の稿料規定をシカトした世間並み以上の稿料をお約束します!」と絶叫することで安心してもらえた(と、わたしは思っている)。
その後約3年間、(繰り返しになるが)こちらの記事にあるような苦闘を創刊編集長として、そして清水草一さんの担当編集者として続けながら、結局わたしはその五流出版社を退職することになった。
■出版社時代のことをまとめた記事
出版社での下積み時代。絶望的な社内環境を経て今、若い世代の人に伝えたいこと
そして、わたしは清水草一さんと一緒に「会社」を作ることになった。(次回、「烈風編」に続く)
*前回の記事:1967年11月、東京都杉並区生まれの少年が伊達軍曹になるまで[少年編]
1967年11月、東京都杉並区生まれの少年が伊達軍曹になるまで[少年編]
[画像・ライター/伊達軍曹]
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