メルセデス・ベンツのフラグシップ・セダンである「S580 4マティック ロング」に試乗した今尾直樹の感想とは?
新型は控えめ
世界に冠たるメルセデス・ベンツの新型Sクラス、1972年の初代から数えて第7世代が上陸したのは2021年1月のことである。
日本仕様は3.0リッター直6ディーゼルの「S400d」と同ガソリンの「S500」の2本立てで始まり、同年9月に4.0リッターV8ガソリンを搭載する「S580」が追加された。この最新のS580でもって東京から箱根まで、春の好日、ドライブしてきたので、ドキュメンタリィ・タッチでもってご紹介したい。
S580は、S580 4MATICロング(ISG搭載モデル)というのが正式名称で、マイバッハとAMGを除く、本家メルセデス・ベンツ・ブランドの最上位に位置づけられる。
日本仕様のSクラスは4MATIC(4輪駆動)、エア・サスペンションで、後輪操舵を標準装備する。標準型とロング、長短ふたつのボディがあり、試乗車は後者の長いほうである。ホイールベースは標準型でも3105mmあり、ロングはそれに110mmプラスしている。おかげで後席の広さときたら、飛行機のビジネス・クラス並みだ。
よく晴れた4月某日の11時3分、3分遅刻した私がGQ編集部のあるビルまで表参道の駅から歩いて行ってみると、ビルの正面玄関近くの路肩に薄いグレーのS580のロングがたたずんでいた。
全長×全幅×全高は、5320×1930×1505mmという巨体ながら、数値ほど大きく感じない。それが近頃のSクラスの傾向である。おそらくプロポーションが完璧なのと、西洋の甲冑のようにいかめしかったグリルが新型では剣道の面みたいに控えめになり……と、思ったけれど、手っ取り早く申し上げれば、Eクラスとそっくりだから、にちがいない。
「セレナイトグレー」という試乗車のボディ色も、周囲に溶け込むような落ち着きを感じさせる。昔のSクラス、ロング・ロング・アゴーの1980年代に筆者がふれた2代目のW126や、1990年代初めにあらわれた、遅れてきたバブルみたいな3代目の巨艦、W140みたいにエバっていない。先代のW222と較べても、新型のW223は控えめで、庶民の側にも反感を抱かせない。
ポップアップ式のドア・ノブに手をかけてドアを開き、運転席に乗り込むと、センター・コンソールの、縦型の大型有機ELスクリーンが目に飛び込んでくる。iPadを思わせるこのスクリーンを中心とする最近のメルセデス共通のインテリア・デザインは、20世紀少年の筆者にいまが未来であることを思い出させる。
Sクラスに乗っているのに、Aクラスぐらいの気楽さ
スターターを押すと、フロントの4.0リッターV8ツイン・ターボがごく控えめにV8の鼓動とともに目覚める。アクセルを軽く踏むと、タメを見せることなく、静々と走り始める。
それにはもちろん理由がある。排気量3982ccで、ツイン・ターボを備えるV8が最高出力503ps/5500rpmと最大トルク700Nm /2000~4500rpmを発揮するからではない。マイルド・ハイブリッド機構のISG(Integrated Starter Generator)が発進や加速時にアシストしているからなのだ。
エンジンと9速オートマチック・トランスミッションの間に挟み込まれたディスク型モーターのISGは、いざというときに20psと208Nmという大トルクで、象のような巨体をネコのような軽やかさで歩き出させる。そのアシストぶりたるや、アシストしていることがまったくわからないほど洗練されている。
後輪操舵と連動した可変ギアの「ダイレクトステアリング」も、この軽やかさに貢献している。ロック・トゥ・ロックはたったの2回転で、低速ではものすごくよく切れる。しかも、そこに違和感がない。そこがスゴイ。視界はものすごく良好だから、Sクラスに乗っているのに、Aクラスぐらいの気楽さで扱える。
ただし、アクセル、ブレーキ・ペダル、ステアリングホイールは、心持ち重めの設定で、この重さがAクラスにはない、重厚感と安心感を醸し出している。
走り出しての第一印象は、“硬い”ということである。試乗車がオプションのAMGラインだったこともあるだろう。標準仕様が19インチ で、前255/45、後ろ285/45というタイヤ・サイズなのに対して、AMGラインは20インチ で、扁平率がそれぞれ40、35とより薄っぺらになって、スーパーカーっぽい硬さを生み出しているのだ。
国道246号線に出て、周囲の流れに乗ると、乗り心地の硬さはほとんど気にならなくなる。首都高速3号線に池尻から上がって、70km/h程度の巡航に入ると、乗り心地はますます快適になる。目地段差を越えるときには、ドシンというショックが控えめに伝わる。このショックが、いわばマッサージ機のような、意識を覚醒させるようなショックで、リズム感があって、ドライバーにリアルな感覚を伝えてくる。現実から乖離してしまうような快適さをメルセデスは提供しない。私はいま、首都高3号線を走っているという“リア充”がある。
違和感のない足まわりの変化
500ps超のV8を搭載しているためか、昨年試乗したS400dよりも、足まわりはやや硬めなような気もした。いや、そうともいえない、と思い直したのは、西湘バイパスを走っていたときのことだ。湘南の海を右手に見ながら走る、ほとんど直線のこのバイパスだと、首都高3号線で見られた目地段差でのショックがほとんど伝わってこないどころか、段差を乗り越える度にふわふわ感がある。
試乗車はオプションのE-ACTIVE BODY CONTROLという足まわりの制御システムを装着している。前方の路面をステレオ・カメラで認識し、各種センサーからの情報も加味して、4輪それぞれに装備した48Vの電動油圧ユニットを動かして姿勢変化を抑制する。コーナリング時には、横Gがかかる外輪側を持ち上げ、車両をイン側に傾かせることまでする。箱根の山道では、逆ロールまでは感じなかったけれど、フラットな姿勢を保ち続けようとしていることは感じとれた。
このE-ACTIVE CONTROLとエア・サスペンションの連携で驚嘆したのは、足まわりの変化がドライバーの気持ちとシンクロしていることだ。エコ、カーブ、コンフォート、スポーツ、スポーツ+とあるドライブ・モードを切り替えずとも、クルマの側がこちらの気分を先読みするようにして、気分にピッタンコの乗り心地を提供してくれる。
シートは、横Gがかかるたびにサイドのサポート部分がググッと内側に動いて、体をサポートする。交差点をゆっくり曲がっているときでも、ググッと動く。S580に標準装備される「アクティブマルチコントロールシートバックパッケージ」という機能のひとつで、エア・チャンバーの空気量をコントロールすることで、マッサージ機能も併せ持つ。
ググッと動くのは、最初はわずらわしかったけれど、オフにするのもなんだなぁ、と思って、そのままにしていたら、だんだん慣れてきて、動かないとさみしい。ステアリングを切るたびに、クルマが喜んで、愛犬がじゃれてきているみたいな感覚をおぼえ、愛おしくなってきた。
アンドロイドならぬカーロイド
帰路、走り始めて1時間ほどしたあたりで、クルマが自動的に「バイタライジング・プログラム」を推奨してきた。
S400dのときも感動したけれど、音楽とマッサージ機能を連動させてドライバーを元気づけるシステムで、タイ式マッサージを受けているみたいな気分になる。シートのマッサージ機能なんて日本車が先駆けたもののはずだけれど、メルセデスがここまでやるなんて、そのサービス精神たるや、日本を上まわるものがある。
新型Sクラスには、自動運転アシストを含めて、デジタル・テクノロジーを満載にしている。メルセデス・ベンツが目指す方向は、2016年に発表したCASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)戦略でも明らかで、その最先端に、シェアリングは別にして、Sクラスはいる。彼らはAI(人工知能)を持つ、クルマのかたちをした、“アンドロイド”ならぬ“カーロイド”、というのは筆者の造語なので間違っている可能性大ですけれど、をつくろうとしているのである。
主人の命令を聞いて実行するロボットではなくて、主人の気持ちをくんで行動する、血の通った温もりを感じさせるようなクルマ型の、ドライバーにとって愛犬以上のパートナーと呼べるような存在……というようなSFチックなことを、S580をドライブしながら私は思った。
考えてみたら、サイボーグみたいなクルマ、ということを筆者が初めて感じたのは、21世紀の初めにデビューしたSL、左右にひょうたん型のヘッドライトと、バリオルーフを備えたR230型を鹿児島の桜島で試乗したときだった。ABC(アクティブ・ボディ・コントロール)という電子制御サスペンションを備えたSLは、独自の意思を持つ乗り物みたいに思えた。
メルセデス・ベンツは、人間のパートナーとなりうるクルマをつくろうとしている、ということにおいて一貫しているのである。
もうひとつ、メーターナセルのスクリーンに映し出される地図の画像が3Dだったことも印象的だった。「3Dコクピットディスプレイ」というオプションが実現したこれは、2次元なのに奥行きが感じられて、見ていると不思議な感覚にとらわれる。このなかにデジタル・ワールドが広がっている。やがてメタバースとかいうバーチャル空間とつながるのだろう。未来はすぐそこまできている。
最新モデルの穏やかさ
S580を試乗中、東名高速の横浜ICあたりで渋滞に遭遇し、3車線の真ん中をゆっくり走る黒いAクラスを見かけた。自分でも意外なことに、そのとき私は、自分がAクラスよりも上位のクルマを運転しているという優越感をいささかも抱かなかった。
あちらはAクラス、私はSクラス、どちらもメルセデス・ベンツと思っただけだ。
1980年代は違っていた。「190」が出たばかりで、それより小さなメルセデスなんてのはだれも想像しなかった。メルセデスと国産車とでは圧倒的な性能差があり、Sクラスのドライバーはオラオラ運転が当然で、魔王のごときふるまいが、私はやっていませんけど、許された。
それを考えると、最新S580のなんと穏やかなことだろう。ドライバーをリラックスさせて、攻撃な気分にさせない。
昔のSクラスが重厚なエグゼクティブの部屋を思わせたのに対して、現代のSクラスはリゾート・ホテル感覚が持ち込まれている。
背景には環境危機が迫っていることもある。現行Sクラスは、2020年に本国で発表されているから、2027年前後に次の世代が登場し、それはEV(電気自動車)になる。メルセデス・ベンツは2025年以降に発売する新型車はEVのみとし、2030年には完全EV化を宣言しているからだ。
メルセデス・ベンツSクラスの魅力とは、自動車界のリーダーとして、7年ごとに社会の民意をくみとり、最大限尊重しながら生まれ変わっていることだ。と私は思う。
文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.)
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みんなのコメント
これも中国の影響。
儲けるためとはいえ下のレベルに合わせる事無いだろ^^;