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新しいポジションを目指したユニークなGT(後編)──イタリアを巡る物語 vol.10

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新しいポジションを目指したユニークなGT(後編)──イタリアを巡る物語 vol.10

日本でも受注好調というマセラティMC20は、ブランドDNAを継承し、さらには半世紀前に誕生したボーラのコンセプトを受け継いでいると言えるだろう。そこで、「イタリアのクルマたちにまつわる人や出来事など、素晴らしき“イタリアン・コネクション”を巡る物語」では、そのユニークなミドシップモデル、ボーラの歴史を紐解いてみよう。

目指したのはフツウの顧客でも安心して振り回せるクルマ

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マセラティはアレッサンドロ・デ・トマソの横槍(中編を参照)をかわし、イタルデザインを設立したばかりのジョルジェット・ジウジアーロへとボーラのスタイリング開発を依頼することが可能となった。当時、ジウジアーロはミドマウントエンジン・レイアウトのスポーツカーとしてのあるべきスタイリングを真剣に模索していたから、それはジウジアーロにとっても願ってもないチャンスであった。

あの有名なミウラ論争(ミウラはガンディーニのデザインとされているが、実際の骨子を描いたのはジウジアーロではないか、というカーデザイン界きっての一大論争)の後、彼はデ・トマソ マングスタなど少量生産モデルやコンセプトモデルを仕上げたものの、本格的な量産ミドマウントモデルについてはこのボーラが初挑戦であった。そこでFRスーパースポーツとは全く意匠の異なったロングホイールベース、ショートオーバーハングという基本コンセプトをもって、未来のスーパーカーたるマセラティ ボーラを描いた。そう、その基本モチーフとなったのは、イタルデザイン社立ち上げのイメージコンセプトでもあったビッザリーニ マンタにあったのだ。マクラーレンF1のようにセンターにドライバーが位置する横並び3シーターのビッザリーニ マンタのシャシーを流用して作られたのが、ボーラの初代プロトタイプであるから、この両車は一卵性双生児と言えるかもしれない。ジウジアーロによるボーラのプロポーサル案のいくつかを見るなら、それはより明確になる。

ボーラのチーフエンジニアであるジュリオ・アルフィエーリは、1960年代終わりのハイパフォーマンスカー界を席巻していたミドマウントへの熱狂の中で、ランボルギーニ・ミウラとは全く異なったアプローチでボーラの開発を行ったことを前エピソードにて書いた。

実際のところ、レースカーとしての運動性能を取り上げてみれば文句のつけようのないミドマウントエンジンレイアウトも、ロードカーとして見るなら、欠点だらけだった。何よりもスペース効率は悪いし、トランスミッションなど多くのパーツを新たに開発しなければならない。量産化へと世の中が向かう中、生産性においては逆行することになる。

さらに難しいのが、市販スポーツカーとしての味付けだ。この手のスーパーカーオーナー像を考えてみてほしい。それは必ずしも高いスキルをもったドライバーとはかぎらない。いや、はっきり言ってしまえば、そういった高価な玩具を手に入れることのできるオーナーは得てして、高性能車に見合うドライビングスキルを持っていない場合の方が多いのだ。そういったオーナーは、ミドマウントスーパーカーを手に入れたとしても、シャープなハンドリングの裏側で顔を出す急激な挙動変化を、軽くいなすことができるか心もとない。あっという間にアンダーステアからオーバーステアへと展示たら、マシンのステアリングを握るミリオネア達は目をつぶることしかできないかもしれないではないか。

アルフィエーリはそういう可能性があることを充分理解していた。彼はバイクからF1までのコンペティションモデル作りを極め、ロードカーにおいてもマセラティ3500GTから初代ギブリまでを仕上げている。だから、スーパーカーの本質をしっかりと理解していた。それゆえ、初の市販ミドマウントエンジンスポーツカーたるボーラの開発にあたっては、ユーザーがしっかりと御すことのできるクルマに仕立てることを最重視したのである。

それまでマセラティ各モデルの走りの味付けを担っていたグェリーノ・ベルトッキに代わって開発ドライバーとなったクレイト・グランディはこう語る。

「チーフエンジニアのアルフィエーリはプロドライバーによる仕上げには否定的でね、われわれのようなメカニック兼ドライバーによるテスト走行を重視していた。プロの手に掛かれば、難しい挙動を持つクルマでも何とか操るテクニックが彼らにはある。“クルマをプロに託してはダメ”というのがアルフィエーリの哲学だった」

そう、ボーラはミドマウントエンジンレイアウトというバランスのよい運動能力を活かしながらも、それまでのFRハイパワーモデルに慣れたフツウの顧客でも安心して振り回すことのできるクルマを目指して、熟成を重ねた。担当したグランディらはモデナ近郊のあらゆる条件の道路で、気の遠くなるような時間走り続けたという。

LHMオイルを使ったブレーキの勝利

しかし、アルフィエーリは普通の市販モデルを作って満足するオトコでは決してなかった。彼は本来レースの世界で生きたオトコなのだから……。彼は早速、シトロエンの承認を得て、しばらくの間中断していたマセラティ・ワークス活動の再開を企てた。その第一歩として、ル・マン24時間レース向けモデルの開発を行った。もちろんそのマシンはボーラであり、それを当時のFIA グループ4仕様へと仕立てるのは彼にとって朝飯前だった。しかし、当時、同じクラスにはフェラーリ デイトナという強敵が存在していた。果たしてボーラにはデイトナを打ち負かす戦闘力があったのだろうか?

「モンツァのショートコースでわれわれがボーラ・グループ4をテストしていると、途中からフェラーリの開発部隊がデイトナをコースに持ち込んできた。ル・マンではライバルとなるクルマ同士だ。さすがに40psもパワーで勝るデイトナだから、最初はボーラを引き離して快走したが、ペースが上がるうちにコーナリングでのバランスがよいボーラはタイムを縮め、追いついていった。そして数ラップもするとデイトナのブレーキは悲鳴を上げ始めた。ボーラは悠々とデイトナをパスして先に行ったのさ」とグランディは自慢げに笑う。

これはLHMオイルを使ったブレーキの勝利であった。つまり、フェラーリのコンベンショナルなブレーキは10周も走ればフェードして使い物にならなかったが、ボーラのLHMブレーキは決してフェードすることはなかった。アルフィエーリがボーラにLHMを採用したのも、彼がそのハイスピードランにおける高い耐フェード性を評価したからでもあったのだ。さらに、未来のボーラ・オーナーの為に付け加えておこう。このLHMオイルはあまり動かすことのないクラシック・モデルにとっても悪くない選択なのだ。通常のブレーキオイルであれば、保管中に水分を吸って腐食し、然るべきタイミングで何回となくブレーキラインやシリンダーのオーバーホールが必要となるはずだ。しかし、LHMはこの点において高い耐腐食性を誇り、ほぼメインテナンスフリーだ。定期的に高圧を貯めるスフィアを交換すればいい。

話を戻そう。このボーラのグループ4仕様であるが、残念なことにル・マン24時間への参戦はキャンセルとなってしまった。430馬力へとチューンされ、徹底的な軽量化など万全な準備を行ったものの、ホモロゲーションのトラブルで、直前になり出場が叶わないことが判明したのだった。アルフィエーリをはじめとするスタッフ達の失望はさぞ大きなものであっただろう。そして、直後のオイルショックに起因するシトロエン・マネージメントの混乱から、プロジェクトは消滅してしまったのだから……。

幻に終わった“イメージリーダー”ブーメランの市販化

アルフィエーリが描いていたボーラの未来は、レース参戦だけではなかった。ボーラは居住性や充分なラゲッジスペース確保の為、また、保守的な傾向を持つマセラティ顧客へのマーケティング上の配慮などから、イタルデザインのプロポーサルの中からコンサバティブなスタイリングが選ばれたのは事実だ。そこで、アルフィエーリはボーラのコンポーネンツを流用しつつ、より先進的なイメージを持つ、マセラティの未来を具現するイメージリーダーとなるモデル開発も併せてイタルデザインへと依頼していた。それがブーメランである。13.2度という極端に寝かせたウィンドウスクリーン傾斜角を持つ強烈なウェッジシェイプのプロポーションは、何よりセンセーショナルであった。

巷ではイタルデザインによる習作としてこのブーメランを捉えている記述が多くみられるが、実際はマセラティ内部でも限定生産モデルとしての商品化が検討されていた。「スタイリングはとても評判がよかった。だが、あのレースカーのようなストレートアームのドライビングポジションや、両サイドのドア部分にサブ・ウィンドウを配したことから、丸見えとなってしまうキャビンは、マセラティの顧客からは受け入れられないという意見が大勢を占めたんだ」とグランディ。しかし、もう少し時期が早ければブーメランは正式モデルとして誕生していたというのが、当時の関係者の意見だ。

詳しい皆様であればボーラには、さらにもう一つの発展形たるメラクの存在があるではないか、と思われるであろう。しかし、メラクがアルフィエーリの溢れ出るアイデアの中から生まれたのか、と言えば実はそうではない。より政治的な理由から作られたのだ。その理由のヒントはメラクという名前が、それまでのマセラティの命名とは全く異なったルールから生まれているところにある。このメラク誕生に関する、ほとんど知られていない事実に関しても、機会を改めてお話したい。

顧客に夢と満足を与える“真のGT”

さて、3回にわたって書いてきたボーラ論であるが、このあたりでまとめなくてはならない。

ボーラはライバル達と比較して、スペック的にもトップではなく、また最速のクルマでもなかった。しかし、コクピットへ足を踏み入れたとたん、快適な別世界へと招待してくれる。短いエグゾーストにも関わらず、深みのある適度な音量のサウンドが静粛なコックピットに流れ込む。そして、快適な低いポジションに腰を落ちつかせるならば、いつまでも走っていたいという気分にさせる。ボーラはまさに真のGTであり、ジュリオ・アルフィエーリが、彼の深い経験をもとに描いた未来のスーパーカーなのだ。

ランボルギーニ・ミウラ、そしてカウンタックを生み出したパオロ・スタンツァーニもこう語ってくれた。「私たちに求められているのはスポーツカーとしての合理性を追求したモデルではない。顧客に夢と満足を与えるクルマなのだ。」と。そういう意味で、ボーラはオーナーに、ライバルモデルでは決して体験することのできない新しい世界を見せてくれた。

ボーラでアルフィエーリが実現した”ハイパフォーマンスカーとしての快適性と万人に通用する操縦安定性”というテーマにフェラーリやランボルギーニが本格的に取り組んだのはスーパーカー界のクルマ作りを大きく変えたホンダNSX誕生の後、つまり1990年代に入ってからのことだったのだ。

文と写真・越湖信一、EKKO PROJECT 編集・iconic

Special Thanks: MASERATI S.p.A.  ITALDESIGN GIUGIARO S.p.A. Cleto Grandi

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