1971年以来、実に18年もの長きにわたって生産されたメルセデス・ベンツR107系「SL」シリーズは、1989年をもって、生産が終わった。
R107に代わる新型SLは、1980年代末頃からその存在が世界各国の自動車メディアによってスクープされ、ニューカマーへの期待は、空前の好景気にあった我が国でも爆発的な勢いで膨らんでいた。
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nullnull1971年から1989年まで生産されたR107系SLシリーズ。SL初のV8エンジン搭載モデルも設定された。Daimler AGそして、R107型がフェード・アウトした1989年の9月、ついに新型車R129系SLシリーズが、メルセデス・ファンたちの期待を一身に浴びて、センセーショナルなデビューを果たした。
R129系SLの2シーター・オープンボディは、イタリア人デザイナー、ブルーノ・サッコ氏の最高傑作とも言われる。サッコ氏は、1979年からダイムラー・ベンツ社(当時)のデザイン担当重役に就任。1990年代までのすべての生産モデルに関わり、メルセデス・ベンツのデザイン哲学を根本から変えてしまった。
nullnull電動格納式ソフトトップを採用したものの、多くの車両は、脱着可能な金属製ハードトップを装着していた。Daimler AGnullnullインテリア・デザインは、W140系Sクラスとほぼおなじ。Daimler AGR129系SLは、ウェッジシェイプが強く効いて、実にスポーティ。またアグレッシヴな印象も強いが、同時に世界を代表する高級ブランドであるメルセデス・ベンツのフラッグシップに相応しく、上品なエレガンスをも兼ね備えたものとなっていた。
くわえて、電動格納式のソフトトップをSLとしては初めて標準装備。世界の高級オープン・パーソナルカーのベンチマークとしての地位を、さらに確固たるものにした。
デビュー当初に設定されたパワーユニットは3種類。R107から唯一キャリーオーバーされたのは、ベーシック版「300SL」の3.0リッター直列6気筒SOHCガソリン・エンジン。「300SL-24」用の3.0リッター直列6気筒DOHC24バルブガソリン・エンジンとトップ・モデル「500SL」に搭載された5.0リッターV型8気筒4カム32バルブガソリン・エンジンは、それぞれ当時最新鋭のDOHC4バルブヘッドを持つハイパワーユニットだった。
nullnull主力モデル「SL500」に搭載された5.0リッターV型8気筒エンジン。Daimler AG次いで1993年には、既にW140系Sクラス「600SEL」に搭載され、SLシリーズへの導入も時間の問題とされていた6.0リッターV型12気筒4カム48バルブエンジン仕様を追加。史上最強(当時)のSLになった「600SL」が誕生した。また1995年には、6気筒モデルが3.2リッター直列6気筒ガソリン・エンジン搭載の「320SL」に統一された。
サスペンションは、1980年代初頭の「190シリーズ」でメルセデス自身がパイオニアとなり、のちにわが国を始めとする世界中のメーカーに伝播したマルチリンク式サスペンションをリアアクスルに採用。もちろん、パイオニアゆえにこの時点でも彼らのマルチリンクは世界最高レベルにあり、強大なパワーを有効に受けとめていた。
nullnullメルセデスのモータースポーツ部門を担うAMGが手がけたモデルも設定された。写真は「SL73」。Daimler AGnullnullSL73の心臓部は、SL600が搭載する6.0リッターV型12気筒エンジンをもとに7.3リッターに排気量を拡大。最高出力525psを誇った。Daimler AGSLシリーズのイメージを大きく変えたR129あくまで筆者の私見ではあるけれど、R129系以降の「SLシリーズ」を、それまでの「SL」の系譜と同列に語るのは、いささかの違和感を禁じえない。190SL以来連綿と引き継がれてきたSLの系譜からは、あまりにも大きく軌道変更してしまったイメージが強いからだ。
Mercedes-Benz SL der Baureihe R 129: Der Technologieträger feiert vor 30 Jahren PremiereMercedes-Benz SL of the R 129 model series: The technology platform celebrated its premiere 30 years ago中期型のエクステリアは、アルミホイールのデザインなどが見直された。Daimler AG初めてV8エンジンを搭載したR107系からさらに大型化したボディには、フルオープンであるのを忘れさせるような素晴らしい剛性が与えられた。パワーユニットは300psを遥かに超える5.0リッターV8、さらには400ps級の6.0リッターV12まで選択出来た。
乗員の背後には衝撃を受けるか、あるいは一定以上の車両の傾きを感知すると瞬時に立ち上がるロールオーバー・バーが設けられるなど、メルセデスお得意のパッシヴセーフティ(受動安全)対策についても、1990年代の水準において世界随一のクオリティを誇った。
Mercedes-Benz SL der Baureihe R 129: Der Technologieträger feiert vor 30 Jahren PremiereMercedes-Benz SL of the R 129 model series: The technology platform celebrated its premiere 30 years ago横転時など乗員を保護する格納式ロールオーバー・バーは全車標準。Daimler AGこのように、メルセデス・ベンツがその歴史上しばしば垣間見せてきたオーバークオリティともいえる性能を授けられたR129系SLは、1950年代の「190SL」や1960年代の「230SL」の後継というより、どちらかと言えば1950年代に少量生産された超高級グランドツアラーの「300S/SC」。ひいては第2次世界大戦前の歴史的名作「500K/540K」の血統を色濃く残した、真正のハイエンドモデルと見る方が正しいのでは……? と、思う。
ならば往年の190SL以来、長らく継承されてきたプロムナード・カーの伝統は、R129系SLをもって途絶えてしまったのだろうか……? その回答はダイムラー・ベンツ社が自ら用意していたようだ。
nullnull1963年から1971年まで生産されたW113系SLシリーズ。Daimler AG190SLやW113系SLシリーズの息吹を、より等身大の姿で20世紀末に再現したモデルとして、1996年に待望のSL「Kurz(=ショート)」、初代「SLK」シリーズが満を持してデビューを果たした。
SLKを端的に述べると、初代Cクラス・サルーンのコンポーネンツを最大限に流用。ピュアスポーツと言うよりは、お手軽なプロムナード的ツーリングカー。まさに、かつてメルセデス自身が190SLで開拓したジャンルの基本コンセプトを鮮やかに復活させたクルマと言えるだろう。スタイリッシュなロードスター風ボディと画期的な電動格納ハードトップの魅力を加えたSLKシリーズは、姉貴分たるSLシリーズを超えるヒット作へと成長してゆく。
Typ SLK 200電動格納式ハードトップを採用したSLKシリーズ。Daimler AG一方R129系SLは、1998年には次期モデルの登場を見据え、こののちメルセデスの大排気量エンジンの基幹となるSOHC3バルブ・ツインプラグの新世代V型6気筒(SL320)/V型8気筒(SL500)ユニットに変更。熟成を極めつつ、静かにモデルレンジ末期を迎えることとなる。そして2001年秋、ついに第6世代にあたる新生SL「R230」系の登場と同時に、惜しまれつつフェードアウトしたのである。
nullnullR129系の後期モデル。Daimler AGnullnullインテリアは、ステアリング・ホイールのデザインなどが見直された。Daimler AGnullnull2001年登場のR230系は、歴代モデル初の電動格納式ハードトップを採用。Daimler AGしかし、35年にもわたるスペシャリティ的プロムナード・カーからのステップアップに成功し、トップクラスのグランドツアラーにまで成長させたR129型SLの功績は、一世紀を遥かに越えるメルセデス・ベンツの歴史においても特筆すべきもの。
この先も幾つかの伝説とともに語り継がれる傑作と呼んでも、過言ではないだろう。
文・武田公実
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