マセラティのミドルクラス・セダン「ギブリ」の改良モデル2台に渡辺敏史が試乗した。新たに追加されたハイブリッド仕様とハイパフォーマンス仕様の印象はいかに?
マセラティ初のハイブリッド
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2013年のデビュー以来、マセラティの屋台骨を支えてきたギブリ。近年はSUVの「レヴァンテ」の登場で数的にはその座を譲った感があるも、暖簾の中では最も純度の高いドライバーズサルーンというポジションに揺らぎはない。
去る2月、ギブリに新しいふたつのグレードがお披露目されたのは、袖ヶ浦フォレストレースウェイ。クローズドコースで思い切りパフォーマンスを試せる、そんな機会に用意されたのは欧州試乗会から転送された、現地ナンバーそのままの個体だった。
今回新たに投入されるモデルは、共に昨夏に発表された、ギブリの個性を彩る両極ともいえるだろう。
まずはマセラティにとっても初の試みとなるハイブリッドだ。搭載されるエンジンはFCAファミリーのアルファロメオが採用する2.0リッター直列4気筒ガソリン直噴ターボをベースにしながらも、マセラティが中身の多くを改変し、オリジナルECUで制御する、彼ら曰くの“オリジナル・ユニット”。開発においては音にも拘ったという。最高出力は2.0リッターにして330ps&450Nmとかなりのハイスペックだ。
これに組み合わせられるのが48Vシステムを基にした2つの電動アシスト・デバイスだ。ひとつはベルトを介して始動や駆動のアシストをおこなうスタータージェネレーター、そしてもうひとつがエンジンのターボラグを補うべく低回転域で圧縮空気を供給する電動コンプレッサーになる。
「eブースター」と呼ぶそれはボルグワーナーが2017年に発表した技術で、採用例も増え始めている。思い切った高回転型のセットアップでハイパワーを引き出しながら、これらのデバイスのアシストによって全域のドライバビリティを担保しようというのがマセラティの狙うところで、燃費一辺倒みたいなアプローチとは一線を画している。
ギブリ・ハイブリッドの動力性能を示すスペックは、0~100km/hの加速タイムが5.7秒、最高速255km/hとスポーツ・セダンとして充分なもの。日本市場においては代替的な位置づけになるディーゼルに対しては約80kg軽いということで運動性能側への奏功も期待できる。価格的には現在のベースモデルやディーゼルに相当するところに近づけた、つまり3桁万円内に収められる可能性も充分にある。
史上最速のマセラティ
このハイブリッドと対極をなす位置に置かれるニューモデルが「トロフェオ」だ。マセラティにおいて最もスポーティなグレードに与えられるその冠は先にレヴァンテに採用されていたが、それがギブリとクアトロポルテにも設定されたかたちになる。
ギブリのトロフェオに搭載されるエンジンはレヴァンテのトロフェオに搭載されているのとおなじ3.9リッターのV型8気筒ガソリン直噴ツインターボだ。マセラティが設計し、フェラーリのマラネロ工場で生産されるそれは580ps&730Nmを発揮する。
レヴァンテに対して、ピークパワーは10ps低いがその発生回転域は6750rpmと高回転寄り、そしてトルクはまったくおなじというスペックだ。0~100km/hの加速タイムは4.3秒、最高速は326km/hになる。「MC12」のように特殊なモデルを除けば、史上最速のマセラティといえるだろう。
おなじトロフェオ同士でも0~100km/hの加速タイムがレヴァンテに劣る理由は、こちらが4WDではなくRWD(後輪駆動)を採用しているからだ。
当然ながらそれは確信犯で、ならではのアグレッシブなハンドリングを狙ったからだろう。
ちなみにギブリトロフェオのライバルにあたるメルセデスAMG「E63S」や、BMW「M5」は同級のパワーを確実に吸収すべく4WDを選んでいる。
刺激の強さはお好みで
限られた時間内で両車の挙動を色々とチェックしながら走ってみたが、いちばん驚かされたのはギブリ・ハイブリッドの走りだった。マセラティとしては不慣れで複雑なメカニズムをしっかり手なづけており、想像を覆すスムーズさを備えている。
低回転域での加速の力強さはEセグメント級のサイズの車体を2.0リッターで引っ張っているのを忘れさせるほどで、4気筒ゆえの安っぽい振動などもしっかり抑えられていた。
すなわち、日々街中を普通に走る中でも上質感はキープしながらキビキビとした走りも楽しめる。そしてアクセルを踏み込めばドスの効いたサウンドと共に力強く地面を蹴る感触を掌で慈しむことも出来る。きっちりシャシーが勝っているぶん、山道でも思い切りそのパフォーマンスを楽しむことが出来るだろう。
一方のトロフェオの楽しみどころはといえば、それはクルマとの明快な対峙だ。もちろんそれはドライバーの任意に委ねられていて、ドライブモードをわざわざ変えない限りはスポーツモードであってもトロフェオは乗る人の意志に努めて従順だ。
少し腕に覚えのあるドライバーならアクセルで積極的に向きを変えようというアクションにもマージンを保ちながら接してくれる。峠道レベルならもう充分にクルマとの対話を楽しめる範疇だ。
が、モードをトロフェオならではの設えである「コルサ」に切り替えると話は一変する。あらかたの電子制御が解かれて剥き出しになる“生の580ps”は、ほんの些細なアクセル・ワークでもあっさりとテールを張り出すほどシビアで、ステアリングを握る掌が途端に湿ってくる。それでもその先を求めてしまうのは、血湧き肉躍るとでも表したくなるようなエンジンが放つ好戦的なフィーリングやサウンドに心が引き込まれてしまうからだろう。
もう、どうなってもいいか……と、理性が呑み込まれるほどの魔性がイタリア車の魅力。というのは、古くからクルマ好きのあいだで言い伝えられる話だ。個人的に、このところでそういう心持ちにさせられた銘柄といえば、フェラーリの「812スーパーファスト」か、アルファロメオ「4C」だろうか。
と、さすがに全部が全部そんなのであっては困るわけで、日常的なモデルでそこまで心惑わすモデルには滅多に出会えない。
ギブリ・ハイブリッドもエコ的物件としては充分刺激的ではあるものの、トロフェオのごとく羽目を外すほどの色香を纏うには至らず、日常との折り合いの範疇にある。
でもギブリ・トロフェオに関してはその対極を通り越して別格とさえ感じられる。これはもう、誘惑に惑わされない強い意志を持った大人のために与えられる特別なご褒美ということでいいのではないか。それほどにこのモデルは危うい妖しさを放っていると思う。
文・渡辺敏史 写真・安井宏充(Weekend.)
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