1970年代後半にスーパーカーブームを巻き起こした初代カウンタックは、1974年に市販化されてから1990年の生産終了まで約17年間の長きにわたり改良を重ね進化してきた。そして新型クンタッチ(LPI800-4)が登場した今も多くの人々を魅了し続けている。そんな初代カウンタックの歴史と歴代モデルをかつてLP400のオーナーだった西川淳氏に解説してもらった。(Motor Magazine 2022年10月号より)
イタリアの方言カウンタック(クンタッチ)
1971年、ジュネーブ。豊作だったこの年のモーターショーにおいて、なかでも一際目立つモデルがあった。その名もランボルギーニ カウンタック(クンタッチ)LP500。社名さえ見慣れぬ時代に、さらに見たことも聞いたこともない名に人々は困惑し、そのスタイリング、メカニズムには度肝を抜かれた。
ランボリギーニ ウラカンを徹底解説「STOとは似て非なる個性の持ち主だ」
その数年前。創始者フェルッチョ・ランボルギーニは自動車ビジネスの一線から半歩退き、社業を若いスタッフに任せる決断を下した。開発責任者となったのは、当時まだ才代前半の俊英パオロ・スタンツァーニ。かのジャンパオロ・ダッラーラと共にブランドの黎明期を支えた人物である。
ブランドを持続的に成長させるため、フラッグシップモデルの刷新と稼げるセカンドモデルの開発が急務だと彼は考えた。それが正しかったことは現在のランボルギーニのラインナップを見ればわかる。セカンドモデルはその後、V8ミッドシップ2+2のウラッコとなって実現するが、本稿のテーマではないのでそちらは割愛する。
パオロ・スタンツァーニはミウラの顧客から寄せられた生の声の数々と自らの理想を考え合わせた結果、リアミッド(P)に横置き12気筒エンジンを縦に置く(L)形式にこだわった。それゆえこのモデルの開発コードはLP112となる。
縦置きリアミッドで最初(1)の12気筒の意。そう、蘇ったクンタッチLPI800-4の限定台数である112台はこの数字に由来した。
大排気量12気筒にトランスミッションを加えたパワートレーンは長大だ。事実、カウンタックにおいてその長さは車体のほぼ2/3を占める。普通に搭載すればロードカーにあるまじき全長になってしまう。そこでパオロはパワートレーンの前後をひっくり返すというアイデアを思いつく。すでに将来の4WD化も思い描いていたというから、さすが30代にして開発の全権を託されただけの人物だ。
このスタンツァーニのLPレイアウトこそ、その後のランボルギーニのブランドイメージを決定づけることになったのだが、そんなパッケージのデザインをもうひとりの天才が担う。ベルトーネのマルチェロ・ガンディーニだ。
サイドラジエターを持つ奇想天外なプロトタイプカーは幅広く、全長と全高は短く収められており、乗降性を考慮したシザードアを必然的に採用していた。それを見た人物の叫んだ方言にちなんで「クンタッチ」といつしか呼ばれるようになり、正式名称になる。
1971年の衝撃のショーデビューから2年後、紆余曲折あってデザインやメカニズムがかなり異なる、けれどもシルエットとレイアウトを継承したプロトタイプが誕生した。現在も本社ミュージアムに存在する001号車だ。この時点でモノコックから鋼管スペースフレームボディへ改められ、エンジンも4L V12で、ボディにはフレッシュエアを取り入れるための工夫がそこかしこに見受けられた。
1974年初代カウンタック登場ここから伝説がはじまる
1974年、カウンタックLP400が正式デビュー。ガンディーニデザインの雰囲気をよく残した生産型のスタイルに人々は熱狂した。けれどもなかにはこのスタイルと性能に飽き足らないという人物もいた。ミウラ P400SVからすぐにLP400へと乗り換えたウォルター・ウルフだ。
LP400の性能(パワーと空力)に不満を持った彼はさっそく、サーキットで知り合ったジャンパオロ・ダッラーラに相談し、彼を再び技術顧問としてサンタアガタに送り込む。LP400ベースに様々な改良を加えた試作車両が世に言うウルフ1号車、前後左右にエアロデバイスを纏い、幅広の扁平タイヤを履いた赤いカウンタックだった。よほど気に入ったのだろう、ウルフは青いLP400改もオーダーする。
最初のショーデビューから本格生産まで時間を要した理由は、その間にフェルッチョが本業のトラクター会社を手放し、自動車ビジネスも他の資本に大半を売却せざるを得なくなったからだった。スタンツァーニやガンディーニもいつしかプロジェクトから身を引いていた。どころか会社の存続さえ危うくなっていたのだ。
一方、ウルフは当時、飛ぶ鳥を落とす勢いの金持ちだった。ランボルギーニにはもはやキャッシュがない。そこでウルフとダッラーラの改良企画はいつしかカウンタック進化版の開発プロジェクトといった様相を呈してきた。ウルフはランボルギーニ社の買収まで持ちかけられている。
こうして生まれたのがLP400Sであり、その後、このスタイルをベースにカウンタックは進化を続ける。排気量を4.8Lにまで引き上げたLP5000、さらに5.2Lの4バルブとなったクワトロバルボーレ、そしてホラチオ・パガーニがリスタイリングを担当した最後のアニバーサリーまで、なんと17年もの長きにわたって作られ続けた。否、続けざるを得なかった。その間の経営は相変わらず苦しく、何度もオーナーシップが変わって、倒産の憂き目にも遭った。新規モデルを開発する余裕などまるでなかった。
そのことが、かえって現代に通じるユニークで貴重なブランドイメージを決定づけることになる。歴史の何と皮肉なことだろうか。(文:西川 淳/写真:アウトモビリ ランボルギーニ S.p.A、モーターマガジン編集部)
初代カウンタックの歴史
1971年 LP500プロトタイプ発表
1974年 LP400
1978年 LP400S
1982年 LP500S(5000S)
1985年 S5000クワトロバルボーレ
1988年 25thアニバーサリー
1990年 初代カウンタック生産終了
[ アルバム : ランボルギーニ カウンタックの歴史 はオリジナルサイトでご覧ください ]
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みんなのコメント
その美しきエクステリアが
実は空気抵抗が大きく高速域ではリフトアップして危険であろうが
特別な空間であるインテリアが、
実は窓は殆ど開かないし、エアコンは効かないし、ハンドルは重いし、であろうが
カウンタックなら問題ない。
問題にする方がどうかしている というくらい特別な存在です。