オリビエの悩み
フランソワ・オリビエは悩んでいる。数年前からのアイデア(素晴らしいアイデアだ)を育てつつ、徐々に形にしていくことで、ようやく具体的なコンセプトモデルとして姿を現すことに成功したにもかかわらず、いつこのモデルが市販されるのかは彼にも分かっていないのだ。
フランソワはフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)でマーケティングトップを務めるとともに、フィアットブランドの責任者でもある。
彼のアイデアとは、フィアットでもっともベーシックで魅力的なモデルであるパンダの後継に関するものであり、このクルマは21世紀に相応しいより環境に優しいモデルとして登場することになるだろう。
フィアット120周年を記念するコンセプトモデルとして登場したチェントヴェンティを実際に目にすれば、フランソワと彼のチームがこのクルマを3代目パンダの単なる後継以上の存在として、多くの検討を繰り返したことが分かるはずだ。
装備は必要最小限に絞られ、ボディカラーはペールグレイ1色となるが、数数多くのオプションが設定されるとともに、インテリアやダッシュボード、ルーフにはさまざまな組み合わせが用意され、なによりもピュアEVも選択することが出来るようになっている。
手ごろなEV すべてがオプション
このクルマのEVバージョンはより手ごろな価格を実現すべく、スタンダード仕様の航続可能距離は100km以下に留まると予想されている。もちろん、この距離では都市型モデルとしても十分ではなく、必要に応じてさらに100kmの走行が可能となるバッテリーパックを購入かリース、またはレンタルで追加することが可能であり、同じ方法でさらに多くのバッテリーパックを選択することも出来る。
次期パンダの先行モデルとなるチェントヴェンティではすべてがオプション扱いであり、このクルマに関するさまざまなアイデアのなかには、単一グレードでの発売というものもあるが、この場合、オーナーは好みに応じて必要なオプションを、新車購入時でも購入した後でも選択することができるようになる。
この単一グレード方式を採用することのメリットのひとつが、車載ハーネスが1種類で済み、販売後のアップグレードやオプションに必要な対応が接続するだけで完了することだとフランソワは言う。
だが、こうした点もフランソワの抱える悩みに比べれば些細なことなのかも知れない。
マルキオンネのくびき
彼が抱える悩みというのは、このモデルをいつ市販すべきかというものであり、ガソリンエンジンを積んだ次期パンダの登場が2021年だとされる一方、手ごろなEVモデルはいつ市場に投入すべきだろう?
「成功が必要です」とフランソワは言う。「電動化に向けた大胆なアプローチですが、タイミングが重要であり、なかには急ぐべきだという声もあります」
だが、難しい決断だ。「政府の補助金が廃止されれば、EVの価格には最大限の下押し圧力が加わることになるでしょう」とも彼は話しており、だからこそ「より良いモデル」が必要になると考えているのだ。
なぜこの素晴らしいモデルの市販化にこれほどの時間が掛かり、強い印象を残すことには成功しているものの、依然として単なるコンセプトモデルとしてしか存在していないのだろう?
その理由に、フランソワは先ごろ亡くなった彼の元上司、セルジオ・マルキオンネと相談するタイミングの難しさをあげている。問題はこのクルマのプロモーション方法と、決して収益性が高いとは言えないこのセグメントに関するマルキオンネの認識だった。
永遠の謎
フランソワは製品会議で、自身のアイデアを披露するに相応しいタイミングを図っていたが、同時にマルキオンネが「彼が比較的平凡な宣伝のために莫大な予算を求めていると考えている」ことにも気付いていた。
だからこそ、プリントアウトした広告案ではマルキオンネが嫌っていた「新型パンダ」の名を使わず、シティカー(City Car)の4代目を意味するCC4と呼ぶことにしたのだ。「それを飛行機のなかでパラパラとめくって見せました。マルキオンネの反応ですか? 彼は『気に入った』と言ってくれました」
「それからプロトタイプの製作に着手しましたが、決した最優先というわけではありませんでした。1年前の時点では時期尚早だったのです」ふたたびマルキオンネに注目させる新たな方法を見つけ出す必要があった。「しばしばクルマについて話をする機会がありましたが、つねに意見が同じだったわけではありません」
その後フランソワはコンピュータグラフィックスによる2分間のビデオを作製しているが、マルキオンネがそれを見たかどうかは永遠の謎だ。マルキオンネに送信されたこのビデオのリンクが開かれることはなかったと言われており、彼が亡くなったあとも机の上に残されたままとなっていたUSBメモリーの中味が、実際に確認されたのかどうかを知る術はない。
(中編へつづく)
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