既存技術を積極的に流用したジェンセン
1950年代初頭、オースチンやモーリス、ジャガー、ローバーといった英国の大手自動車メーカーは、戦前の技術からの脱却に燃えていた。新しいデザインを施し、革新的な次世代を生み出そうと努めていた。
【画像】FRPボディのグランドツアラー ジェンセン541 後継のC-V8 最終のS-V8 ほか 全107枚
従来より速く安全で快適なクルマを、英国市民は求めていた。お手頃な価格で。
ただし、自動車メーカーの規模と、進化の速度が一致したわけではない。既存の技術を積極的に流用しつつ、卓越したグランドツアラーを短期間に生み出したジェンセンは、例外だった代表の1社といっていいだろう。
1934年にアラン・ジェンセン氏とリチャード・ジェンセン氏という兄弟が創業したジェンセン・モーターズ社は、ウーズレー・ホーネット・スペシャルのボディや商用車の特装を中心に成長。独自モデルの提供を目標に掲げていた。
第二次大戦を経て、その野心は2種類の量産車として体現された。その1つが、1946年のPWという大型サルーン。しかし、生産数は18台と少なかった。
もう一方が、1950年から1957年に提供され、成功といえる売れ行きを掴んだインターセプター。このモデル名は、同社の代名詞のような存在になった。1966年に提供された2代目を、ご記憶の方もいらっしゃるだろう。
戦後間もない英国では、スチール材の供給が追いつかず高価だった。そこでジェンセン兄弟は、インターセプターのトランクリッドを新素材だったグラスファイバー(FRP)で試作。結果は上々で、次期モデルはボディ全体を構成することになった。
独自のFRPボディに強固なパイプフレーム
FRPボディは投資額が少なく済み、少量生産に適していた。当時ジェンセン・モーターズに属していたデザイナー、エリック・ニール氏が描き出す、奇抜なスタイリングの実現にも好適だった。
かくして生み出された541には、未来的なフォルムが与えられた。オースチンの風洞実験施設で計測した、空気抵抗を示すCd値は0.365。当時としては、かなり低い数字へ抑えられていた。
ジャガーXK140などと比較して、実用性も悪くなかった。大人は長距離移動に耐え難いかもしれないが、2+2のシートレイアウトを確保。クラムシェル状のボンネットは大きく開き、メンテナンスもしやすかった。
パワートレインや補機類を供給したのはオースチン。3993ccのオーバーヘッドバルブ直列6気筒エンジンは、戦後の大型サルーン、プリンセスやシアラインに搭載されていたもので、最高出力は118psへ僅かにチューニングが加えられた。
トランスミッションも、シアライン用の4速マニュアル。オプションでオーバードライブを指定できた。
それらが積まれた、ジェンセンによるシャシーは驚くほど強固だった。直径5インチ(約127mm)の鋼管パイプ2本が主要構造で、4本のクロスメンバーで結ばれ、補強パネルで剛性を高めていた。
サスペンションは、フロントがコイルスプリングにダンパーという独立懸架式。オースチンA70用のコンポーネントへ、改良を加えたものだった。リアのリジッドアクスルは、パナールロッドとリーフスプリングで支持される。
フラットなパネルが見当たらないデザイン
正式にFRPボディの541が発表されたのは、1954年のロンドン・モーターショー。1963年にクライスラーのV8エンジンを搭載したC-V8へバトンタッチするまで、4種類の仕様が提供されている。
ジェンセンは、約10年に渡って541を進化させた。時代に合わせシートベルトは標準装備になり、ブレーキはドラムからディスクへ改良されていった。
AUTOCARでは過去にも541をご紹介しているが、今回はその4種類を揃えることが叶った。最初期のベーシックな541と、シャシーへ変更が加えられた541 デラックス、フェイスリフト後の541 Rは、見た目がかなり似ている。
フロントマスクが一新された541 Sは、歴代最大の変化が与えられた最終仕様。後継モデルのC-V8へ、バトンを繋ぐ役割があったともいえるだろう。
ダークブルーの541は、リー・ピルキントン氏がオーナー。1955年式で、ジェンセン・モーターズ社の工場から19番目にラインオフした車両だという。
デザイナーのニールによる、スタイリングの特徴が良く表れている。ピルキントンは35年も維持しており、オリジナル状態を保つことへ強いこだわりを持っている。15インチのワイヤーホイールも、オプションで用意されていた当時物だ。
ルーフラインがドーム状に膨らみ、ボンネットはグラマラス。テールエンドはかなり複雑。どこから見ても、フラットなパネルは見当たらない。
可動式のラジエーターフラップ
ホイールアーチの上部に、メルセデス・ベンツ300SLのようなリブが伸びる。カーブを描くフロントフェンダーの峰はサイドウインドウへ結ばれ、リアフェンダーで1度キックアップし、バンパーへ向けてなだらかに落ちる。
リアピラー上のウインカーが、滑らかな面構成へ水を差す。保守的な英国市場へ向けたクーペとしては、スタイリングは非常に大胆。ディティールの処理に好き嫌いは分かれそうだが、全体的なバランスは良いと思う。
フロントバンパーの裏側にあるノブを捻ると、クラムシェル・ボンネットが開く。オースチン由来の直列6気筒、DS5ユニットがバルクヘッド側に収まっている。隅々まで目視でき、確かにメンテナンスしやすそうだ。
ピルキントンはボンネットを閉め、フロントグリル内のラジエーターフラップを開閉してみせる。エンジンの始動直後は、閉じて暖機を早められる。走行時は水平に倒し、冷却効率を高められる。
インテリアは、スタイリングと比べれば従来的。3スポークの大きなステアリングホイールはオリジナル品ではないが、ダッシュボード上には必要なメーターとスイッチ類が整然と並ぶ。
4枚のメーターはイェーガー社製。スピードとタコは、ステアリングホイールで一部が隠れてしまう。巨大なトランスミッション・トンネルは、レッドのカーペットで覆われる。
足元は広くないものの、必要充分。丸いアクセルペダルの横に、スライド式の通気口がある。バケットシートの座面は低く、ダッシュボードの上面が高い位置へ来る。
この続きは、ジェンセン541 FRPボディのグランドツアラー(2)にて。
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