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リカルドが苦しんだマシントレンドの変化と、自信を打ち砕いたフェルスタッペンの存在【中野信治のF1分析/第18戦】

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リカルドが苦しんだマシントレンドの変化と、自信を打ち砕いたフェルスタッペンの存在【中野信治のF1分析/第18戦】

 マリーナベイ市街地サーキットを舞台に行われた2024年第18戦シンガポールGPは、ランド・ノリス(マクラーレン)が2位のマックス・フェルスタッペン(レッドブル)に20.945秒の大差をつけるポール・トゥ・ウインで今季3勝目/キャリア3勝目を飾りました。

 今回は他を圧倒しながらもウォールに2度タッチするプッシュを続けたノリスの走り、タイヤの発動とグリップ変化、疲れやすいサーキット、そしてRB離脱が発表されたダニエル・リカルドについて、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が独自の視点で綴ります。

ダニエル・リカルドの波乱に満ちたF1キャリア。14シーズン258戦、通算8勝の歩み

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 シンガポールGPはノリスの週末でした。一時期のレッドブルとマックス・フェルスタッペンの独走ぶりを再現するような強さで、ノリスにはどこにも隙がありませんでした。

 ただ、そんな独走中にも関わらず、ノリスは後半も抑え気味に走ることはなく、むしろ2度ウォールにタッチする危ないシーンを見せるほど、攻めた走りを見せていました。

 勝つためだけを考えれば、あそこまでのプッシュは必要なかったでしょう。ただドライバーズランキングでフェルスタッペンを追うノリスにとっては、ファステストラップで得られる1点も、是が非でもほしい状況でもありました。

 そのため、レース中盤からプッシュし続けファステストを狙いつつ、2番手フェルスタッペンとのギャップをピットロスを補える28~29秒まで広げ、レース最終盤にタイヤを替えて狙うアタックをしたかった、というふたつの要因からノリスはプッシュし続けていたと考えています。

 タイヤをしっかりとマネジメントしつつ、レースペースでも他を圧倒していたノリスの走りは見事でした。レース前半に「6割くらいのペースで走っているよ」と無線を飛ばしていましたが、そうノリスが感じるほど余裕がある状況でタイヤを温存しつつ、フェルスタッペンを抑え続けたことが、第1スティント後半にペースアップの指示が来てからも、しっかりとペースを上げることができた要因です。

 まさに、ノリスの横綱相撲でした。もちろん、2度ウォールにタッチするというアクシデントもありましたが、あれはストリートサーキットではよくある出来事ですので、私は特に問題はないと感じています。それ以上に、レース中は速く、強く、乗れているノリスというドライバーに衝撃を受けていました。

 もし、今のF1ドライバーたちがフェルスタッペンとまったく同じクルマでレースを戦うとなった際、それでもフェルスタッペンが他を圧倒するだろうというイメージを今までは抱いていました。ただ、今回のノリスの走りを見るに、たとえフェルスタッペンとまったく同じクルマに乗ったとしても、ノリスは十分に戦える領域に辿り着いたと感じます。それを証明するような勝ち方でした。

 また、苦しい戦いが予想されたシンガポールGPで2位に入ったフェルスタッペンの走りも素晴らしかった。もし、フェルスタッペン以外のドライバーが今のレッドブルのマシンに乗っても、2位に入れたかは、マシンポテンシャル的に厳しいところです。

 シンガポールGPではノリスに大差をつけられての2位となりましたが、それでもマシンポテンシャルを最大限に引き出した上での2位でした。ただ、もしフェラーリが予選Q3で揃って沈むことなく決勝を迎えることができていれば、フェルスタッペンの2位も危うかったとは思いますね。

■疲れる要素がすべて詰まったマリーナベイ市街地

 また、シンガポールGPの予選ではQ1で好タイムを刻んでいたアレクサンダー・アルボン(ウイリアムズ)やジョージ・ラッセル(メルセデス)が、Q2やQ3でタイヤのグリップ変化に苦しむ様子も見えました。

 これはタイヤ性能の一貫性が起因するものなのか、それともタイヤを機能させるウインドウが極端に狭いから生じる不満なのか。私にはまだ見えない部分は多い状況ではありますが、おそらく両方が要因となっているのではないかと考えています。

 ドライバーとしてはタイヤのグリップに一貫性がないと「これはタイヤに問題があるのでは?」と言いたくなる気持ちはわかります。ただ、タイヤのキャラクターとしてベストなグリップを引き出せるウインドウが狭く、路面温度のわずかな変化なども影響しウインドウにピタッと合わせるのが非常に難しく、それゆえにグリップ変化を感じてしまうということもありそうです。

 では、早くタイヤのグリップを引き出す、うまく発動させるセットアップがあるのかと気になる方もいらっしゃるかもしれませんね。そういったセットアップはあるかもしれませんが、基本的にクルマのバランスが取れていればタイヤは発動させやすくなります。

 単純に言えば、ダウンフォースが少ないクルマであれば少し発動しづらいとか。サスペンションの硬さやクルマの作り方でも発動させやすい、発動させにくいという当たり外れはあるとは思います。ただ、クルマのバランスが取れていればそこまでセットアップの差で大きくタイヤの発動タイミングが変わるとはないようにも思います。

 それよりも、予選の場合はアタックに入るタイミング、決勝の場合はアウトラップでコースに戻るタイミングが大切で、かつドライバーが望んだスピードでタイヤを温められたかどうかが大きなポイントだと思います。

 当然、その上で気温や路面温度の変化による影響もありますが、それよりも、先に述べたマシンバランスとドライバー自身の温め方の方が発動に対する影響は大きいでしょうね。

 また、シンガポールGPの決勝終了後、複数人のドライバーが熱中症のような症状に見舞われました。ナイトレースとはいえ、熱帯気候のシンガポールでの9月の開催ですから、暑さに起因するものでしょう。

 マリーナベイ市街地サーキットは普段は公道のため路面がバンピーで、呼吸を整えられるようなところがありません。ホームストレートも短く、ウォールに囲まれ1ミスですべてが終わる緊張感で限界を攻めるとなると、精神面でも休める部分はなく、ドライバーにとって疲れる要素がすべて詰まっていると言えます。

 その上で、今年はセーフティカー(SC)やバーチャル・セーフティカー(VSC)が出ませんでした。それだけに、レース中は一度も休める場面もなく、肉体的にも追い込まれる状況で、みんなレース後にマシンを降りることさえも辛そうに見えました。

 暑さと荒れた路面、休まらないコースレイアウトに加えて、さらに言えばタイヤカスがかなりたくさん出ることもあり、タイヤカスを拾わないように走ることも意識しなければなりません。そういう部分を見てみると、マリーナベイ市街地サーキットは、神経がすり減る度合いが他のサーキットよりも大きいと言えますね。

■リカルドの自信を打ち砕いた存在とF1マシンのトレンド変化

 そんなシンガポールGP明けの9月26日に、今季残る6レースはリアム・ローソンがRBで走り、これまでレギュラードライバーを務めていたリカルドがRBを離脱することが発表されました。

 14シーズン、258戦(257スタート)を戦ってきたリカルドは、かつてキレッキレの走りが魅力的なドライバーでした。ブレーキの使い方、クルマの向きの変え方も上手い、タイヤもギリギリまで使ってマシンの限界を引き出すことができ、セットアップを作り上げていくことも得意なドライバーでした。

 また、チームのモチベーションを高めてまとめていく人間力のあるドライバーであり、F1ドライバーとして求められる能力をしっかりと持った、笑顔が魅力的な選手でした。

 レッドブル育成ドライバーとしてステップアップを重ねたリカルドが、念願のレッドブルのシートを得た年は2014年。V6パワーユニット初年度のシーズンで、メルセデスが躍進した一方、ルノーPUを搭載したレッドブルは苦しい戦いを強いられました。それでも、2014年はメルセデス勢に続くランキング3位に入るなど、しっかりと輝きを放っていました。

 ただ、年々F1マシンのトレンドが変わるなか、リカルドはドライビング面での対応に時間を要した印象です。元々持っているF1マシンを速く走らせるイメージ、クルマの感じ方が強く残り、F1の変化に乗りきれなかったという部分があったとは強く感じます。

 また、リカルドがレッドブルのエースであった最中、フェルスタッペンというドライバーが昇格してきたことも、リカルドのキャリアに影響を与えました。2016年当時最強だったメルセデスに対し、乗りこなすことが難しいと思われていたレッドブルのマシンを、フェルスタッペンはレッドブル昇格初戦に優勝まで導きました。このフェルスタッペンのスピードは、リカルドの自信をことごとく砕くものでした。

 モータースポーツはメンタルが大きく左右するスポーツです。一度メンタルが壊されてしまうと、同じ状況、同じレベルまで持ち直すことは困難です。それだけに、状況を打開しようと、ルノーやマクラーレンに移籍しても、全盛期の自分に戻れるかと言えば、そう簡単にはいきません。

 そんななかで、F1マシンのトレンドも変わり、すべてがズレてしまった。自信を失ったことに加え、リカルドの持っていた能力が時代の流れとともに、クルマの変化のトレンドに合わなくなったことが、今回の離脱に繋がったと考えています。

 リカルドの離脱により、次戦アメリカGPからはローソンがステアリングを握ります。若いドライバーが時間を要することなくF1に順応できることが証明されてきており、今のF1のトレンドとなってきています。

 F1関係者もベテランドライバーの良さを理解しつつも、若手の伸び代なども考えて「若手の起用を1年早めてもいいんじゃないか」と感じられるような、世代交代を加速させる流れになってきていると感じています。

 今の若手育成のやり方、F1への準備の進め方が変化し、育成のプラットフォームが確立されつつあるからこその流れですね。だからこそ、昨年の代役参戦以来再びグリッドに並ぶローソンがどのような走りを見せるかは、しっかりと注目していきたいと思います。

【プロフィール】
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS)のバイスプリンシパル(副校長)として後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。
公式HP:https://www.c-shinji.com/
公式Twitter:https://twitter.com/shinjinakano24

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