3か月遅れながら、ついに始まった2020年のF1シーズン。王者メルセデスに対して、対抗馬最右翼のレッドブル・ホンダはどのような戦いを見せるのか。レースの注目点、そしてドライバーやチームの心理状況やその時の背景を元F1ドライバーで現役チーム監督、さらにはF1中継の解説を務める中野信治氏が深く掘り下げてお伝えする。第3戦のハンガリーGPではマックス・フェルスタッペンが2位表彰台を獲得したものの、メルセデスのさらなる強さが目立った展開となった。そのなかでも光ったフェルスタッペンのパフォーマンス、そして混乱のなかで目立ったケビン・マグヌッセン(ハース)のパフォーマンスが目にとまった。
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【中野信治のF1分析第2戦後編】ハミルトンに酷似するノリスのスピード感覚。ワークス勢を襲うピンク・メルセデスの脅威
F1第3戦のハンガリーGPですが、まずは予選で気になったのが、Q2でミディアムタイヤのメルセデスにソフトのマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)がまったく敵わなかったことですね。レッドブルは前回のオーストリアよりもハンガリーのほうがもう少しメルセデスに接近できるのかなと思っていたのですが、思った以上にクルマのピーキーさが消えていなかったように見えました。
ハンガロリンクは路面が低μ(ミュー)で滑りやすく低中速コーナーが続くサーキットなので、きれいなダウンフォースをたくさん使えるサーキットではありません。そういった面で、レッドブルはクルマのピーキーさというものが、さらに大きく出てしまったのかなと思います。
予選でフェルスタッペンは「アンダー(曲がらない)」ということも言っていましたが、あの挙動はアンダーだけではないですよね。全体的にクルマのグリップが不足しているように僕は見えました。あとは低ミュー/路面のミューが低いところでのマシンのグリップの出方が、ちょっと良くないなあと僕は感じました。
昨年までのレッドブルは硬めのタイヤでも速かったですよね。硬いタイヤでも速さを見せていたので、ミューの低いサーキットでも速いのかなというイメージができたのですが、その良いイメージが、今は鳴りを潜めてしまっていることが予選を見ていて気になりました。
車体だけでなく、パワーユニット/エンジンのドライバビリティに関しても見えない部分ですが、ホンダはメルセデスに比べて、もしかしたら馬力を掛けるあまりにドライバビリティが犠牲になっている部分があるかもしれないです。メルセデスはもともと馬力は出ていましたから、ハンガロリンクでは馬力を若干落としてでもドライバビリティを重視したセッティングをしている可能性はありますよね。
小回りで低中速コーナーが多いコースレイアウトのハンガロリンクでは、ドライバビリティはすごく関係性が強い要素になります。それは予選一発の1周のタイムだけではなく、トルクの出方、トラクションの掛かり方はタイヤを守るという面でも非常に重要なので、決勝レースの方が大きな要素になります。一発の速さや予選タイムの出方に関しては、今回はトラクションではなく、また別の話なのかなという気がします。
決勝はメルセデスが硬いタイヤでも、とにかく速かったですね。2019年までのメルセデスは硬いタイヤを履くとマッチングが悪いのかタイムが落ちてしまって、そこで硬いタイヤで速さを見せるレッドブルがうまく追い付くという印象がありました。それが2019年シーズンのレッドブルの良かった面ですが、2020年はその良かった部分が影を潜めて、逆にメルセデスの弱点だった硬いタイヤでも速さを出せるので、メルセデスは隙がない状態になっていますね。
そのあたりがメルセデスというチームの強さであり、開発能力なんだなと感じます。もちろん見える部分の空力だけではなくマシン下面、そしてサスペンションジオメトリーやそれらを利用したセッティングなども含めて、低速域でもきちんとダウンフォースやメカニカルグリップを発生させている。メルセデスの低速域のグリップは昨年よりも増しているように感じます。
その上で、前回の第2戦のときにもお話した、(ルイス)ハミルトンの理想的なドライビング。前回は「ハミルトンのドライビングはカートの乗り方のよう」と抽象的に表現しましたが、この表現はもちろん、感覚的なものです。読者のみなさまからもご質問が多かったようですが、これはなかなか伝えるのが難しい(笑)。
改めてお伝えしますと、コーナーの進入から出口に向かってクルマの向きを変えるとき、向きを変えるタイミングが他のドライバーよりも若干、早いタイミングで変えているイメージなんですよね。それによってアクセルオンが早くできるし、コーナリングでもどちらかというとフロントタイヤのグリップに頼るわけではなく、フロントも使いつつリヤタイヤの外側を上手く使えるようになります。
■F1ドライバーの究極的ドライビングと、スタート前のフェルスタッペンのクラッシュとその後の振る舞い
コーナーに入るとき、ドライバーはブレーキングでフロントに荷重移動をしてステアリングを切りますが、ドライバーによってステアリング、腰、肩、どこで荷重移動を感じ取るかが違うと思いますけれど、大半のドライバーがコーナリングでの進入からフロントタイヤのグリップを頼りにしてドライビングをすると思います。
カートは車体が軽くてサスペンションがないので荷重移動の時間も少なく、フレームの剛性と特にフロントとリヤのタイヤの外側のエッジ部分を使ってコーナリングをするのですが、車重が重い四輪マシン、F1マシンでそれをやるのはすごく難しいんです。
フロントのグリップはもちろん重要ですが、それだけではなくリヤタイヤの限界を早く上手に見極められる、そして感じられるドライバーというのが、カートのように運転ができるドライバーだと僕は感じます。これはフェルスタッペンもそうです。彼らは重いマシンで、クルマの荷重移動を絶妙に感じながらコーナリングでタイヤのエッジ部分のグリップまでを使いこなしています。
カートと違って四輪はマシンが重たいですし、サスペンションの動きもあるので、タイヤのエッジ部分を感じてグリップを使い切るのが難しい。コーナーの出口に向けて、リヤに早く荷重をかけてあげるというのも非常に難しいです。わずかなタイミングのズレで失敗して、スピンなり飛び出したりもしてしまいます。そういった走り方はカートではできていても、四輪ではその感覚的な部分が格段に難易度が上がるわけです。
それでも、その走りが続けられれば雨の路面や、少し濡れた路面でもクルマを速く走らせることにつながり、さらに、ピーキーなクルマを操れる、ということもできるようになります。
難しい話や質問はそのあたりにしまして(苦笑)、決勝レースはレコノサンスラップでフェルスタッペンがクラッシュしたことが、まずはビックリでした。『フェルスタッペンでもああいうミスをするんだ』という……それだけ、あの半乾きの路面でF1マシンをドライブするのは難しいことだと感じましたし、路面ミューが低い状態でコントロールするのはとても難しいタイヤなんだというのは見ていて思いました。でも、凄かったのはやはりその後のグリッド上でのマシンの修復でしたよね。
これはF1だけではないですが、改めてレースのメカニックたちの凄さを感じました。いや、早かったですね。スタートに間に合わせるのは絶対に無理だと思ったんですけれどね(笑)。
クラッシュした部分、直す場所の運もあったと思いますが、レッドブルのメカニックたちはきっちりとマシンを修復させました。ドライバーだけではなく、普段は表に出てこないメカニックたちも含めて、チーム力でレースを戦っているんだということが証明されましたよね。
そして、クラッシュしたマシンから降りて、グリッドで待機するフェルスタッペンの普段とあまり変わらない振る舞いもさすがでした。普通のドライバー心理としては、ああいったことをしてしまうと『やっちまった!』という思いで、その場から逃げ出したくなると思います(笑)。
ですが、ああいったフェルスタッペンのふてぶてしさといいますか、逆にその表情を見せないというのも大事なことです。フェルスタッペンも心中は穏やかではなかったと思いますし、あれでスタートできなかったらドライバーの大きなミスとして、とんでもない責任になって終わってしまいます。そういった意味で『外側から見られている』というのを感じ取って、普段と同じように振る舞えるところがフェルスタッペンの強さでもあるんでしょうね。
そこからのスタートですが、やはりメルセデスはクルマ的に1段階上にいる、完全に別カテゴリーのクルマようです。今回はそれが顕著で、メカニカルグリップも含めたクルマそのものの速さが見て取れました。
スタート前にアクシデントがありましたが、フェルスタッペンも離されながらも2番手まで上がって追いかけていって、あの半乾きの難しい路面で大きなミスなく、きちんとマシンをコントロールしているドライビングはやっぱりさすがだなと、いろいろな意味で思いました。
おそらくサスペンションも完全に修復したわけではないでしょうし、アライメントもどこまで直っているかわからないですけれど、そのなかでも自分の仕事をきっちりとこなしました。スタートしてからは2度目の失敗はしなかったですね。
■今後も大きな期待ができるピンク・メルセデスと、マグヌッセンの混乱での強さと図太さ
フェルスタッペンは先ほどお伝えした『カートのようなドライビング』がレース前半の半乾き路面でも活きていたと思います。あのコンデションは本当に難しいと思います。常にリヤが出るか/出ないかというギリギリの状況なので、神経をすり減らしながらドライバーも走っています。
それが10~20周も続けるというのは本当にすごく大変なことです。100パーセントの力で発揮してマシンコントロールするか、それを90パーセントくらいでコントロールするかの差は圧倒的に大きくて、90パーセントだと20周走れても、100パーセントだと10周ももたないと思います。
でも、だからといって「ここのコーナーは抑えて走ろう」となると、その部分でコーナーごとにコンマ1秒ずつ差が広がってしまいますし、10個のコーナーで1秒、10周すれば10秒の差になってしまいます。モータースポーツというのは非常にシンプルで、そういったところの積み重ねです。あの100パーセントの連続走行を見て、改めてフェルスタッペンの凄さを感じましたね。
その後方では今回もマ『ピンク・メルセデス』といわれているレーシング・ポイントがかなり好調でしたが、前戦もクルマ自体の動きは良かったですから、どのサーキットに行ってもあのマシン速いかなとは思いました。ですのあのパフォーマンスは予想どおりといいますか、この順位くらいには来るかなというところにちゃんと来ましたね。ピンク・メルセデスは今回の小回りのハンガロリンクでも速かったですから、これからもいろいろなタイプのサーキットでも速いということになります。今後も見る側としてはにとても楽しみな存在です。
あと、ちょっと面白いなと思ったのはハースの2台の作戦ですね。ウエットタイヤを履いてフォーメーションラップに出て、グリッドに戻らずにピットスタートを選んで早めにドライタイヤに変えるという作戦ですが、もちろん、勇気がいる作戦だと思いました。でもあの予選順位(16番手、18番手)から大きく順位を上げるには、そういった作戦しかないでしょうし、チームの判断にドライバーも難しい路面のなかできっちりと応えてくれてくれました。
特に僕が注目したのは(ケビン)マグヌッセン(ハース)ですよね。ああいう波乱気味の展開のときの図太さというか、図々しい強さを持っているドライバーの真骨頂を見せてくれました。早めのドライタイヤ交換で一時3番手まで順位を上げて、堂々と上位で戦っていた。あれは見ていて痺れました。ああいうメンタルは日本人にはなかなかない部分なので、ぜひとも世界で戦う日本人ドライバーには、ああいう図太さがほしいですね。
あの図太さがないと世界では戦えないですし、マグヌッセンがF1に結構長い間残り続けていられるのも、その図太さが理由のひとつだと思います。何かあった時に『コイツなら何かをやってくれるかも』と思わせてくれるドライバーです。
もちろん全員ではないですが、日本人ドライバーはパフォーマンスを発揮できる幅が狭いようなイメージがあります。日本の国内レースで、荒れた展開やウエットコンディションで外国人ドライバーが強いというのもそういうところですよね。難しい路面ではドライブする技術だけでなく、メンタルの部分もすごく大きい。ウエットコンディションでのポジティブ思考とネガティブ思考では、それだけでタイムが2~3秒変わってしまいます。
次のイギリスGP、シルバーストンはテクニカルサーキットで低速から中速コーナーもあり、中高速コーナーも結構連続しているので、メルセデスに関しては弱点になるような隙が見えないですね。おそらくマクラーレンも速いと思います。3連戦のあとで1週空くので、レッドブルとフェラーリに関しては、どれくらい修正してこれるか。
当然、フェラーリやレッドブルは今、ファクトリーでいろいろなことを試していると思います。それに対応したアップデートが間に合うかはわからないですけれど、経済的・人的に余裕があるチームはできてしまうんです。
フェラーリやレッドブルが速さを取り戻してくれたほうが、我々見ている側としてはもっと面白くなりますので期待したいですね。サーキットの特徴もこれまでの2戦とは違うので、そういった意味でもどのような流れになるのか見てみたいですね。
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長にスーパーGT、スーパーフォーミュラで無限チームの監督、そしてF1インターネット中継DAZNの解説を務める。
公式HP https://www.c-shinji.com/
SNS https://twitter.com/shinjinakano24
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