レース撮影歴35年、「流し撮り職人」と自称して10年以上。
気が付けば自分もベテランカメラマンだ。F1やWRC、インディだけでなく、24時間レースも「ル・マン」「ニュルブルクリンク」「スパ」「とかち」「ボルドール(2輪)」と取材経験を重ねてきた。
トーヨータイヤが挑む2度目の「ニュル24時間」! 今年こそ表彰台をゲットだぜ!
フジスピードウェイで24H耐久レースが復活して3年。これも毎年撮影をさせてもらっている。ありがたいことだ。
しかしどうだろう。経験を積むほどに妙に要領がよくなってきて、「初心」を忘れていることに気付きハッとした。
スタート、夕陽、朝焼け、ゴールを撮って、あとはホテルに帰ったりして休憩している。手を抜くことばかり考えていると言ってもよい。
それもベテランの余裕?「いやいや、自分はそんな余裕やセンスのある人間ではない、コースサイドで這いつくばって、なんぼの職人じゃないか! 何やってんだ、オレ」と考えたのだ。
文、写真/池之平昌信
【画像ギャラリー】襲いくる睡魔、幻覚、生理現象……富士24時間をぶっ通し、全車全ラップを撮りまくる!!
■職人カメラマンの決意!! 24時間全車全ラップを撮る!!
24時間撮り切ってやる! 全車全ラップコンプリートだ! ベテランカメラマンが決意してしまった
「よっしゃ、来年は24時間撮りきってやる! だらだらコースサイドにいるだけじゃダメだ。エントリーしている全車の全ラップを記録しよう! 修行・荒行だと思ってやってみよう」と決意をしたのが昨年の9月だった。
まずは機材の準備だ。過去のレースをもとに概算を出す。総合優勝するニッサンGT-Rのようなマシンで約800周。マツダ・ロードスターなどの小排気量クラスで650周ほど。まあ全車平均すると700周ほどだろうか。今回は52台出場。つまり24時間でざっと36000ほどのシャッターチャンスがあるということになる。
平均すると2.4秒に1台のマシンが通過する。一般的記録方式であるJPEG(FINE)モードで1枚8MBほどの容量。ということはトータルで300GBほど。これなら手持ちの記録メディアでなんとかなりそうだ。
問題はカメラとバッテリーだ。ミラーレス機だと電気消費量も多いので、使い慣れたニコンD5とD6に決定。それでも通常使うバッテリーを10回ほど交換しなくてはならない。
ホンダのE500はタフに24時間を戦い抜いてくれた(撮影:塩川雅人/ベストカー)
その間にチャンスを逃すのは避けたいのでACアダプターをレンタルで手配した。電源は安心・信頼の電力供給が可能なホンダE500という蓄電器だ。快く2台貸し出してくれたホンダ広報部には大感謝である。
機材関係はこれでなんとかなった。あとは自分の身体だ。5月のフジは昼間は暑く(25℃ほど)夜は冷え込む(15℃以下)。防寒雨具を新調。
飲料、食料は定評ある大塚製薬のOS-1(経口補水液)やカロリーメイトなどを購入。大人・介護用の紙おむつや非常時用携帯トイレも準備。おむつをするのも約50年ぶりなので事前テストも敢行した。
他のカメラマンの迷惑にならないよう、比較的撮る人が少ない最終コーナーでの実施を決定。
■万全の準備を終えていざスタート!!
24時間黙々とシャッターを切り続けるのみ。ベストカー編集部員が電池の補充などを担当した(撮影:塩川雅人/ベストカー)
「段取り八分仕事二分」とはよくいったものだ。準備だけでかなりの労力だった。
さあ、いよいよ5月22日午後3時にレースはスタートした。
スタート直後は2台3台とまとめてコーナーに飛び込んでくることも多い。そういうシーンはマシンが隠れていない限り、まとめて1枚の写真でもOKとした。まずは数時間、淡々とこなしていく。霧雨もあるが幸いにして雨具を装備するほどではない。
夕方になり、自分の5メートルほど後ろの金網の外にいる観客がBBQを始めた。風向きが完全にこっちだ。「あれ?霧が強くなったな?」と思ったら焚き火の煙がモクモクとモーレツ直撃。眼にしみて涙が……。
しかしそれは試練の序章にすぎなかった。午後8時ごろ、まず右手の指が攣り始める。中指と薬指がくっついて離れなくなり、思うように動かない。生まれて初めて左手でシャッターを押す。水分補給をしてなんとかごまかすが、飲みすぎるとトイレの問題があるのでゴクゴク飲めない。
夜がくると、マシンのヘッドライトが超絶まぶしい。このまま一晩これを続けたらと眼をやられると感じ、主にコーナー立ち上がりの後ろ姿を撮る作戦に変更。
ヘッドライトが点灯されると、正面からの撮影が目の負担になってきた
午後9時(6時間経過)。「もう充分頑張ったじゃないか! 休もう!」と悪魔のささやきがガンガンやってくる。「なんでこんなことやってんだ?」と後悔の雑念とともについに1台のクルマを撮り逃してしまう。
体力・集中力の限界とはこういうことなのか! まだ1/3も終わっていない。とても24時間なんてムリだ。
けどもう少しだけ頑張ろう! と続けていると、たまにFCYというサービスタイムがやってくる。コース上に止ってしまったマシンを安全な場所に移動させるためなどにコース上の全マシンがいっせいにスローダウンするのだ。
通常だと数秒おきに来るマシンが15秒程度来ないような状態にもなり得る。その時は電源の残量チェックや水分等の補給、手首ブラブラのリフレッシュタイムとなる。
午後11時ごろ、1台めの蓄電器から2台めへとコンセントを差し替えるのに、手がうまく動かず手間取ってしまい15台ほどを撮り逃す。体制を立て直し、安定して続けていたら、今度はモーレツな眠気が襲ってきた。
栄養ドリンクかコーヒーでも飲みたいところだが、「利尿作用」が怖いのでNG。脚立に座っても立っても眠い。数分に1度あるようなわずか5秒間ほどマシンの来ない魔の時間に眼を閉じてしまうようになる。だがなんとか自分をだまし続け、午前3時。
半分が終わった。まだ暗いうちにポンチョをかぶり密室にして携帯トイレの世話になる。その間、非情にもレーシングカーは次々と通過していくが、やむなし。なんとトイレを12時間以上我慢していたことになる。
午前5時、美しい朝焼け。炎上した車両回収やコース整備などでセーフィティカーが導入されるが赤旗(競技中断)はなし。午前中は晴れたり曇ったり。
■とうとう幻覚が……カメラの一脚に自身が支えられ
朝焼けの中、上空にはモヤがかかり美しい風景。だがレーサーたち(とカメラマン)は景色を楽しむ余裕はない
レースも残り5時間ほどになったころ意識を失いかけ、変な幻覚をみた。自分の背後に川が流れているから、絶対に後ろに倒れてはいけないよ! という感じの夢? だ。いや、いっそ倒れて運ばれれば楽になるような気もしてきた。
ベルボンの頑丈な一脚につけた機材を支えているはずの自分が、今その機材にしがみついて逆に支えてもらっているような感覚すらある。
お昼をすぎ、幸いにして天候は曇り。あと3時間! やっと先が見えてきた。
もう眠気も幻覚もない。疲労を超越したのか? けどペットボトルのキャップを開ける力がわいてこない。なぜか自分の上空ではカラスかトビが飛んでいるが、判別不可能。意識朦朧としつつ、ついに温存していたおむつのお世話にもなった。
そして……ファイナルラップはあっけなくやってきた。後でリザルトから計算すると眼の前を31416台のマシンが通過したらしい。
撮り逃しは自分のカウントで160台ほど。ピンボケなどの失敗作もけっこうあるが、それは含んでいない。全車全ラップ記録の夢は幻となった。でも99.4%の達成率といえば聞こえはいいのか? 燃え尽きて「真っ白な灰」になっちまった感はあるが、100点満点ではないので達成感はない。無念だ。
■撮影枚数3万枚超!! 職人はこれからもシャッターを押し続ける
チェッカ―フラッグ後はマーシャルがフラッグを振って各車の検討を讃える光景が見られる。池之平氏もオムツを気にしつつ24時間の達成感を感じていた、はず
結局、取り替えるヒマも余裕もなく、1台のカメラ(ニコンD5)とレンズ(ニコン180-400ミリ)でやり通した。撮影枚数は30956枚。
かたづけをして御殿場のホテルで爆睡した。そのまま永遠の眠りにつくことも心配されたが翌朝無事覚醒。左肩と右手中指に痛みがある以外は体温等も正常だ。
「一世一代の挑戦」はこうして幕を閉じた。こんなバカげた挑戦をさせてくれた『ベストカー』をはじめとする周囲の皆さんには感謝の念しかない。
このコロナ禍でもレースが開催されること、それを撮影させてもらえること、すべてのことに心から感謝したいという気持ちになったので、よい修行になったと言えるだろう。本当にありがとうございました。
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