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TGR 86/BRZ Race:“速い脇阪寿一”が帰ってきた。思いを実現させるための身を切る体制変更の理由

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TGR 86/BRZ Race:“速い脇阪寿一”が帰ってきた。思いを実現させるための身を切る体制変更の理由

 3月24日、鈴鹿サーキットで開催されたTOYOTA GAZOO Racing 86/BRZ Race第1戦。プロクラスの決勝レースでは、嬉しい初優勝を飾った松本武士(T和歌山OGAWA86 DL)、前年チャンピオンで松本と激しいバトルを展開した近藤翼(神奈川トヨタ☆DTEC86R)、そしてふたりを追った堤優威(ADVICSカバナBS 86)と、3人の若手による優勝争いが展開されたが、その後方で新たな手ごたえを得つつ、バトルを見守っていたドライバーがいた。三度のスーパーGTチャンピオン、脇阪寿一(Owltech 86)だ。

* * * *

脇阪寿一、2019年の体制を発表。SGTの監督、アンバサダーとともにTGR 86/BRZ Raceは自チームでの参戦へ

 晴天に恵まれた鈴鹿で展開された白熱の決勝レースからさかのぼること2日。鈴鹿で、筆者は寿一にこんな声をかけられた。

「取材して。取材」

 ニコニコ生放送等で付き合いはあるが、なかなか脇阪寿一という男から「取材しろ」と言われることはなかった。思えばこの仕事を始めてすぐの頃、すでに“ミスタースーパーGT”の異名をとっていた寿一に取材を申し込んだことがあったが、かなりの困難だったことを思い出す。決して寿一が取材嫌いというわけではない。以前からどんな取材者にも、取り上げてもらえることへの感謝を丁寧に述べる人物だった。ただ、当時はあまりに時間がなかったのだ。

 この鈴鹿の週末も、寿一はTGR 86/BRZ Raceのレースに加え、GRスープラのデモラン、ピレリスーパー耐久シリーズの場内解説と多忙を極めていた。そこで後日取材にさせてもらったが、なぜ今さら、SNS等で大きな影響力をもつ脇阪寿一ほどの人物が取材を要求するのか、そしてこの週末、常に上位を争った“理由”を教えてもらった。

■「止めようかとも思った」苦戦が続いた寿一の挑戦
 寿一は2015年限りでスーパーGTのシートを下り、LEXUS TEAM LeMans WAKO'Sの監督に就任。また、TOYOTA GAZOO Racingのアンバサダーという役割を担った。一方でレーシングドライバーとしても活動を続け、スーパー耐久へのスポット参戦、そしてTGR 86/BRZ Raceのプロフェッショナルクラスに挑んだ。

 TGR 86/BRZ Raceのプロクラスは、寿一もスーパーGTで戦ってきたプロドライバーを中心に、若手やベテランなど、多くの“手練”が参戦する。ナンバー付きのトヨタ86、スバルBRZで戦うだけにパワーはそこまでないが、それ故の難しさがある。そんななかで、寿一は参戦以降なかなか上位に進出することができなかった。

 昨年まで寿一はディーラーと組み、人材を育てながらレースを戦っていたが、そこに限界を感じつつあった。何より、レーシングドライバー脇阪寿一として、「今まで僕の人生で、ビリを走ることは許されなかった。どんなカテゴリーでもそんなことはなかった」というプライドがあった。そしてまた、寿一はTGRアンバサダーとしても、最後尾を走る訳にはいかなかった。

「やっぱり、僕は物事を伝えたい」と寿一は言う。

「伝えたい人間がビリを走っていたら、伝えられないんだ。伝えるためにはトップを走らなければいけないし、少なくともその周辺を走らなければいけない」

 2019年に向け、寿一はこのシリーズへの参戦を一度は止めようかと考えたこともあったという。しかし、このレースは「スーパーGTではできない、マーケットに直接繋がる商品開発ができる」場所。フォーミュラから育ってきた寿一は、将来のためにチューニングカー出身のドライバーができるこの開発を学びたかった。

「販売店がやっているレースでもあるし、トヨタがやっているレースでもあるし、それに86を使うし、すべての意味であのレースは大切なんです。今まで僕がやってきたレースとはまったく違う種類のもの」と寿一はTGR 86/BRZ Race参戦の意義を問う。

「だから、今年初めてのことになるけれど、自分のお金を出してでもやろうと思った。自分はいま、プロモーションやイベント制作、いろんなことをやっている。監督もそう。でも、チーム運営というのはしたことがない。時間がないし、リスクもある。それをやり出すと、他のことができなくなる。でもそこには縁がまだなかったので、やりたいと思った」

 こうして寿一は、初めて自らのチームを立ち上げることを決意した。いや、初めてというのは正確ではないかもしれない。レーシングカート時代、弟の脇阪薫一と、現在奈良でアルファロメオやレーシングカートのショップを営んでいるスフィーダの西嶋和彦代表と立ち上げたチーム『ASSO MOTOR SPORTS』を復活させることにしたのだ。

「いろいろなことがあって考えたときに、やっぱり横には信頼できる人、ものすごく細かい言葉で話し合えるスタッフが欲しかった」
■信頼できる仲間が生んだ勝利を狙える走り
 寿一と薫一はカートを始めたころ、実は「本気でレースをしたことがそれまでなかった」のだという。「適当に全日本カートに出て、年間1回くらい表彰台に乗ればいいくらい」状態だったが、トップのカートメーカーのサポートがなければ、全日本カートは戦えない。そこで、西嶋氏と3人で組んで作られたチームが、ASSO MOTOR SPORTSだった。

 その後寿一と薫一は、ご存知のとおりトップドライバーとして四輪へと巣立っていくが、その時の資産を西嶋氏が活かしながら、彼はエンジニアとして市販車やカートを手がけていった。今回、寿一はふたたび彼を呼び寄せることで、西嶋氏自身のビジネスを広げるように提案したという。

 ふたたび動き出したASSO MOTOR SPORTSは、寿一の「信頼できる仲間」が集まってはいるが、何も寿一のためだけに集めたわけではないという。「彼らそれぞれに、『ここから自分たちの仕事を作って欲しい』と言った」と寿一は言う。

「そのなかで、みんなを喜ばせながらチャンスを得ることをしたい。そういう雰囲気があるから、みんなで頑張ろうと。僕ひとりでやっても、一日24時間で限界がある。でも、僕のまわりにはありがたいことに、今いろんなものがくすぶっている。だから、全員がいったん集まろうと。みんなで人々を笑顔にして、その上でそれに対する対価をいただこうと」

「人を幸せにしながら、喜ばせながらね」

 エンジニアは西嶋氏が担当し、プロフィの江成崇氏がサポートを担当。他にも、寿一がこれまで信頼してきた仲間がまわりを固める体制ができあがった。そして寿一の思いに賛同し、オウルテックがチームをスポンサード。寿一が商品を開発してきたWAKO'Sやレカロ、ウェッズ、オグラクラッチといったブランドも、寿一の思いに加わった。また今季、『Produced by 11』というコンセプトで、ネッツトヨタ愛媛GR Garage松山の『一六 RACING』、「世界で初めてのレカロのチーム」というRECARO Racingのプロデュースを務めている。

 そして迎えた開幕戦鈴鹿。西嶋氏は初めてのTGR 86/BRZ Raceながら、周囲を驚かせるクルマ作りをしてきたのだという。

「甲ちゃん(西嶋氏の愛称)がひとつひとつやる行動に、みんなビックリしていたよ。カートの時から僕は見てきたことなんだけど」と寿一は言う。

「86の経験はまったくゼロで、四輪も何も知らないのに、今までネットに上がっている動画を観て、僕の走りのダメなところを想像してきてくれた。僕はシーズンオフ、一度も走っていない。でもこのやり方でやって、今まで僕が思いもしなかった新たな走らせ方をしたら、あの成績になった」

 寿一は「ニュータイヤはケチった(笑)」と自チームならではの悩みを抱えながらも、予選ではスリップをうまく使い、予選3番手につける。しかもアタックラップでは、ダンロップコーナーでカウンターを当てているにも関わらずだ。そして決勝では、「そのクルマが決勝でどうなるかを調べにいこうと思って、セッティング何もせずに、レースではオーバーなクルマでいった」ながら、3台の若手が争うなかで、ピタリとうしろにつけていた。

「抜くポテンシャルはなかった」というが、何かあれば優勝も狙えたレース。予選でもしカウンターがなければ、ポールポジションだった近藤がスタートで遅れたこともあり、優勝していたかもしれない。

 筆者が駆け出しの頃、スーパーGTで何度も見ていた“速い脇阪寿一”が帰ってきた──。シケインで写真を撮りながら、ちょっぴり興奮していたことは白状したい。

■「楽しかった」開幕戦。そしてそれを伝えたい思い
 ASSO MOTOR SPORTSは、脇阪寿一を中心に「みんなが集まって努力して、ムーブメントを生むことが目標」のチームだが、正直言えば寿一が「身銭を切って」作ったチーム。しかし寿一が信頼する仲間たちと作り上げたチームは、大きな変化を寿一とTGR 86/BRZ Raceにもたらしたと言えるだろう。

「正直、今までレースに挑む緊張がすごかった。でもこのあいだの鈴鹿でレースが終わってから、今までの種類の緊張ではなくなった。良い意味で“なめて”かかれる。勝てなくても楽しめるレース。4位でも何も悔しくないもの」と寿一は言う。

「プロクラスでスポット参戦して、優勝できる実力をもっている松本、チャンピオンの近藤、昨年から一気に走りが変わってきて、素晴らしいレースをしている堤、それに僕のうしろの5位は谷口(信輝)でしょ? こうなってきたら、彼らを応援したいし、そう思わせるくらいの余裕がでている」

「今年あのクルマと体制があれば、よほどのことがない限りビリを走ることもないし、スタート前にひとつのミスも許されなくなる恐怖がない」

 寿一は「もちろん勝ちたかったよ。意地も張っているし、この3年のことを考えたら優勝は大きいけど、でも、そういう気持ちでいられてる」という。ただ寿一が目指す「伝えたい」思いは、今は勝利よりも大事なことで、そのためのポジションに戻ってきたという自信の表れと言える。

「今後は、早く僕がいろいろなことを知る必要があって、それを全国の人に伝えたい。このレースをどう盛り上げようかということに向いているから」と寿一。

「でも本当に、楽しかった」

 レースのことを喜々として語ってくれた寿一の表情は、最近ではあまりなかったものだった。ただその楽しさ、伝えたい思いを世に出すこと、そして寿一の思いに賛同してくれるスポンサーのためには、露出が必要なのだ。冒頭の「取材して」はそこに繋がる。

「そこにリスクはあるけれど、自分が身銭を切ってやっている意味がある。人々に与えることができて喜んでもらえたら、僕の中でそのお金は無駄じゃないような気がしている」

「もちろんお金はかかるけどね。でもそれだけかけてでも、それだけの笑顔ができればいいんじゃないかな」

 伝えたい思いと、その“説得力”を作るために今季のための体制を作り上げてきた寿一。TGR 86/BRZ Raceに、今季新たな風が吹く。

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