アルピーヌ・ラリーに最新A110で参加。2020年、筆者唯一の海外長距離行となったヴィアン・レ・バンからモンテカルロまでの、約800kmの“アルプス山中縦断”をリポートする。アルピーヌの創業者ジャン・レデレがラリードライバーとして走ったアルプスの山々で得たドライビングプレジャーを、はたして最新モデルで追体験できるだろうか?
A110のハンドリングに覚醒する
アルピーヌ・ラリー2日目は、数日前の長期予報が外れてくれて朝から快晴。300kmの行程が予定されていながら、崖崩れによる通行止めの箇所があったため朝一番からルートが変更された。ハードチーズで有名なボーフォールの先を、予定していた県道よりずっと狭い山道で小さな峠を越えていったのだが、A110リネージGTの1800mmという扱いやすい車幅と躍動するようなハンドリングに、感嘆した。ポルシェ911やアルファロメオのジュリエッタ系などが明らかに苦闘している様子を尻目に、先を急いでみることにした。
ステアリングを切り始めると、自分の身体を軸にノーズがススッとインを向く。このターンインを味わいつつ旋回し、右足に力を込めると荷重が後輪へ移って路面を力強く掻き上げる。A110において、ステアリングの小気味よさとエキゾーストの野性味は、比例するというか共犯関係でさえある。次のコーナーが待ち切れずにエキゾーストノートを弾けさせ加速しては次のコーナー、そんな感覚だ。
車体が軽いのでブレーキングで無理をせずとも十分に楽しめるし、ESPがスポーツモードのままでも、カーヴに進入したり、その出口でスロットルを開けたりしたさいに、多少のスリップ・アングルもついてくる。にも関わらず、アルプスの険しいルートを追い込むとか、もっと速く、とスピードに駆り立てられるような興奮より、冷静に攻めていくとかゲームの質を上げるとかの感覚の方が優る。操作系にも足回りの動きにも、乗り手を突き放すような酷薄な挙動が一切なく、一貫してしっとりねっとりしたコーナリング感覚が続く。よく、パタついて落ち着かないとか唐突に足が動いてしまうとかの現象を、仏語では「sec(セック=ドライ)」、つまり「しっとりしていない」という残念ニュアンスで表現するが、アルピーヌA110の動的質感はそれとは正反対のものだ。素材がよくて余分な加工がされていない、素にして良質な、チーズかシャルキュトリの味わいのように。
高峰に次ぐ高峰で味わう濃厚なスポーツ
この日、個人的にクライマックスのつもりだったのはイズラン峠。標高2770mを通過する峠越えは欧州屈指の高さと険しさだ。ここに登る途中、通過したばかりのヴァル・ディゼールのスキー・リゾートを展望する岩場で昭和生まれとして、ここがまさしく記録映画「白い恋人たち」の舞台で、「エスパス・キリー(キリーの領域)」の地であることを思い出した。1968年グルノーブル冬季五輪でアルペンスキー3冠を達成したジャン・クロード・キリーは、そういえば白ボディにブルーのストライプがセンターに入ったアルピーヌA110に乗っていて、後にル・マン24時間にも参戦したスター・アスリートだった。
アルプスの県道レベルの道路は、対面通行で追加標識が無ければ制限速度は80km/h。そこを車で登ったり下ったり、何が楽しいのか? といわれればそれまでだが、好事家にとってはスキーやスノボで斜面を降りるのが楽しいのと一緒ぐらいの話でしかない。それに、他人と競うのは「コンペティション」だが、チームメイトや対戦相手の要らない個人技で、ほどほどに自分一人を克己目的で遊びのように追い込むのは、「スポーツ」なのだ。ちなみに、車のような機械を用いて実践するスポーツを、フランスでは「スポール・メカニック」と呼ぶ。
ローギアで登り続けるロードバイクや、ストックを手に斜面を横切るランドナー、MTBのダウンヒラーや岩場に張りついたロッククライマーら、車やバイク以外にも、アルプスの峠はスポーツを実践する人々に共有されている。ペースが違う以上、誰も互いの通行を妨げることなく、安全を確認しつつ行く手を譲り合う。いい意味で自分の時間に自然の中で、誰もが没頭しているのだ。
そういう贅沢な時間を過ごしながら、予想を超えるサプライズがイズラン峠の先に控えていた。これまでのルートは仕事柄、何度か通っていたが、サヴォワ地方とプロヴァンス・アルプ・コート・ダジュール地方の境界にまたがる標高2642mのガリビエール峠は、初めてだった。ガードレールが積極的に省かれたような、僅かな路側帯の外はそのまま岩肌か谷間。そういう視界の開けた公道ワインディングが登りから下りまで40数km、延々と続いていく。最大12%を超える下り勾配だ。
そんなエクストリームなワインディングをも、A110は軽快な身のこなしと盤石の舵の効きで、最後まで自信をもって攻めさせてくれる。いたずらにロー&ワイドなボディとか、コスメティックな0-100km/h加速性能とかなら、邪魔となるであろう。そんな厳しい条件下でこそ頼りになる登山ギアにも似た、スポーツカーとしての本質的な芯の太さを、見た思いがした。「アルピニスト」と「アルピーヌ」はこれまで語源的に同根でも関係ないと考えていたが、がっつり深く繋がっているのだ。
車の挙動や扱いにも慣れ始めた2日目は、それこそあっとういう間の300kmだった。2日目の投宿地はアルプ・デュエズ。これまたスキー場で、元々の山村から21ものヘアピンカーブが連なった先、高原状の斜面一帯が開発されてスキー・リゾートとなった場所にある。そのため最終日は朝一番、宿からつづら折りのロングダウンヒルだったのだが、それがウォーミングアップのように感じられたほど、A110リネージGTに慣れてきた。最終3日目のルートは350km、本来の5月開催では残雪で閉ざされていたであろう可能性の高いラ・ボネット峠、さらにモンテカルロ・ラリーの舞台として有名なチュリニ峠を越えつつ、ゴールのモナコまで下るのだ(後篇に続く)。
文と写真・南陽一浩 編集・iconic
ギャラリー:昨年唯一のグランド・ツーリングをふり返る。エヴィアン~モナコ間をアルピーヌA110で縦断 中編
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