4月中旬に寄稿した『長期計画でF1参戦を目指すGM/キャデラック』の原稿を執筆しながら、私はアルピーヌF1の将来に漠とした不安を抱いていた。
小文でも触れたとおり、GM/キャデラックのパワーユニット供給体制が整う前に、同社のパートナーとなるアンドレッティのF1参戦が承認された場合、GM/キャデラックに代わってアルピーヌがパワーユニットを供給する合意が存在する模様。そしてGM/キャデラックの体制が整い次第、アルピーヌと立場を入れ替えるというのだ。詳細は不明ながら、これではアルピーヌがなんだかピンチヒッターのように思えなくもない。
アルピーヌの体制変更が続く。トップが交代、CEOを務めたロッシが退任
また、アルピーヌの親会社であるルノーには節約を重んじる気風があり、F1に投じる予算もライバルメーカーに比べて決して多くないとウワサされてきた。その影響なのか、2005~6年にフェルナンド・アロンソが2年連続でタイトルを勝ち取って以降はジリ貧状態で、過去5年間のコンストラクターズ選手権でも4位、5位、5位、5位、4位という成績。これは、いうまでもなくワークスチームとしては毎年最下位の成績である。
そんなわけでGM/キャデラックのウワサが出始める前から、私はアルピーヌF1の将来に何とはなしに不安を抱いていたのである。
そうした思いに追い打ちを掛けるようにして飛び込んできたのが、「アルピーヌ・レーシング社の株式売却」のニュースだった。
6月26日に発表されたプレスリリースによれば、アルピーヌとルノーは、オトロ・キャピタルを中心とする投資家グループに、両者が所有するアルピーヌ・レーシング社の24%にあたる株式を売却したという。
念のため付け加えておくと、ルノー・グループのF1拠点はパワーユニット関連がパリ郊外のヴィリー・シャティオン、シャシー関連がシルバーストン近郊にあるエンストンの2社に分かれていて、このうちアルピーヌ・レーシング社はエンストンに本拠を置く後者のほう。今後、電動化が進む量産車の技術開発に役に立ちそうなヴィリー・シャティオンに対し、カーボンコンポジットや空力のようにもっぱらフォーミュラカー向け技術開発に特化されたエンストンは“潰し”が効きにくい。これもまた、私にはアルピーヌのF1撤退に向けたメッセージのように思えて仕方なかったのだ。
けれども、先ごろアルピーヌ関係者に話を聞いたところ、社内的には撤退どころかこれまで以上にF1に積極的に関与していく方針であることが判明したので、ここでご紹介しよう。
その最大の根拠は、アルピーヌのアメリカ進出と深い関係がある。
2021年に自動車メーカーとして再出発を果たしたアルピーヌは、設立当初よりアメリカ進出の野望を抱いていたとされる。アメリカが世界最大のスポーツカー市場であることを考えればこれは当然のことだが、1950年代に設立されて以来、アメリカ進出を成功させたことのないアルピーヌにとって、それは極めて困難な命題でもあった。
しかし、現在のアルピーヌは、この難題に本腰を入れて取り組もうとしているらしい。
これを裏付ける具体的な証拠が、オートネーションというアメリカ企業がアルピーヌF1のスポンサーとなったことにある。実は、オートネーションはアメリカでは有名な自動車ディーラーで、彼らのスポンサー契約を伝えるプレスリリースには「フランス・ブランド(アルピーヌのことだ)が、懸案事項だった北米市場進出の準備が整った際には……」と明記されているのである。これを字句通りに受けとめれば、「アルピーヌが北米に進出する際にはオートネーションがディーラー網を展開する」と読めなくもない。
では、私の不安を増幅するきっかけとなった「アルピーヌ・レーシング社の株式売却」のニュースには、どんな意味があるのか?
2020年にルノーのCEOに就任したルカ・デメオは、グループ内の各ブランドが、いわば独立採算制のような形で経営される体制を目指しているという。ここで、いまのところブランド単体で黒字となっていないのはアルピーヌのみ。そこでアルピーヌはアルピーヌ・レーシング社の株式を泣く泣く売却。それを本業たる量産車部門の経営基盤強化に役立たせる考えだという。
しかも、もしもアルピーヌが単独黒字化を目指すなら、それには世界最大のスポーツカー市場である北米進出が必要不可欠。なぜなら、一定台数のクルマを販売しない限り、今後の電動化で必要になる開発費や生産設備への投資を自力でまかなうのはほぼ不可能で、そのためにも北米市場への進出は避けて通れないと考えられるからだ。
そして北米進出に際してF1に参戦している事実が重要になるのは、すべて昨今の同地域におけるF1人気に起因しているといっても過言ではない。つまり、Netflixによって火がついた北米のF1人気は、F1ビジネスだけでなくこれと連携する自動車産業のありようまで変革しようとしているのだ。
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