中嶋一貴TGR-E(トヨタGAZOO Racing・ヨーロッパ。旧TMG)副会長は、ここ1カ月ほど多忙を極めていた。
10月の最終週には、スーパーフォーミュラSF23のデモラン等のため、最終戦鈴鹿サーキットへ来場。その翌週にはWEC世界耐久選手権最終戦のためバーレーンへ。すぐに日本へ戻るとスーパー耐久最終戦富士へ。そして間髪を入れずWRCのラリージャパンへ突入と、11月20日の2024年WRC・WEC体制発表会を迎えるまで、4つのカテゴリーの現場を飛びまわっていたのだ。
宮田莉朋、2024年FIA F2参戦チームはどこか。まさに今、佳境を迎えているシート争いと候補の10チーム
現在、ドイツ・ケルンが“本拠”となっている一貴副会長だが、「SF鈴鹿以来、ドイツには帰っていません」と笑う。
そんな一貴副代表をさらに“忙しくさせた”のが、宮田莉朋のFIA F2参戦話だった。既報のとおり、これはF2のチーム側から舞い込んだ“オファー”。宮田のダブル・タイトル獲得を受けてのものということで、スーパーGT最終戦と同週開催だったバーレーンから日本に戻ったタイミングで、一貴副会長はこの話を受け取ったことになる。
オファーから決断までは、わずか2~3日だったという。「大変でした(笑)」とそのときを振り返る一貴副会長は、発表会での説明などを聞く限りでも、オファーの受け取りや、モリゾウこと豊田章男トヨタ自動車会長、佐藤恒治同社長への相談など、宮田の件では“ハブ”として動いた存在だったようだ。
「そうですね、『中心のひとり』という言い方が正しいと思いますが、実際にヨーロッパ側で活動するフェーズになると、自分もいろいろと動くべきところがたくさん出てくると思うので、そういう形でいろいろとやらせて(関わらせて)もらっています」
一貴副会長、そして小林可夢偉WECチームともにFIA F2の前身シリーズであるGP2を経験し、F1へとステップアップしている。しかし、当時と状況が大きく異なるのは、トヨタがF1に参戦していないこと。そんななかでも、“F1直下”のF2への参戦を後押しした上層部の決断を、一貴副会長は強調した。
「当時はF1というものがあったので、当たり前のように挑戦させてもらっていましたが、現在のサーキットレースでは、WECのハイパーカーというのがTGRとしてはひとつの軸となっているなかで、F2やF1という存在は若干“サイドライン”ではあったと思います」
「ですが、平川(亮)のマクラーレンのリザーブへの挑戦を筆頭に、本当にカテゴリーを問わず、ドライバーがドライバーとしてより高みを目指せるような環境を、モリゾウさんがすごく後押ししてくださっています」
「結局、可夢偉代表をはじめとした、現在のハイパーカーのドライバーほぼ全員がそういうキャリアを経てハイパーカーで活躍してくれていますし、『もっといいクルマづくりには、ドライバーの力が必要』とモリゾウさんがおっしゃっているなかで、ドライバーがより成長できる選択肢のなかでF2というものがあり、今回それに(宮田が)チャレンジできるということで、本当にドライバーのキャリアの道筋に、いろいろな選択肢が出てきていると感じます」
一貴副会長は、スーパーフォーミュラ鈴鹿戦での取材において、「ほぼほぼ固まってきている」と宮田の状況を語っていたが、1カ月後に“F2参戦”という発表をすることになるとは、当時はまったく思っていなかったに違いない。
■「ニックさえ良ければ、いつでも戻っておいで」というスタンス
宮田の2024年のプログラムとしてはこのF2参戦のほか、WEC・TGRチームにおけるリザーブドライバー就任、そしてELMSヨーロピアン・ル・マン・シリーズLMP2クラスへのクール・レーシングからの参戦が明らかにされた。
元TGRドライバーのニコラ・ラピエールが率いるクール・レーシングとの交渉関しては、シーズン中から進められてきたものだ。そしてF2からのオファーが舞い込むまでは、来季のWECでLMGTEアマに代わって新設されるLMGT3クラスへの同時参戦というプランが計画されていたという。
LMGT3には、フランスのアコーディスASPチームを通じてレクサスRC Fを投入することになるが(※ただしWECの正式なエントリーリスト発表は11月27日)、今回の発表会ではホセ・マリア・ロペスが、このチームに送り込まれることが明らかにされた。
記者からの「F2へのフル参戦を優先する宮田がLMGT3に出場しなくなったことで、ロペスのLMGT3参戦とニック・デ・フリースのハイパーカー参戦が決まったのか」という問いを一貴副会長は否定し、ドライバー起用に関しては次のように説明した。
「そこは別の話です。ニックはもともと(2022年まで)ウチのリザーブとしてやってくれていたときから速さを見せてくれていましたし、耐久レース、とくにLMP2で走っている中では図抜けた存在で、それをテストでも発揮してくれていましたので、もともと『いつかはニックで』という何となくの理解は、チーム内にあったと思います」
デ・フリースは2023年のF1シートを獲得。そこでTGRからはいったん離れたが、アルファタウリのシート喪失に伴い再びトヨタへと戻り、ハイパーカーのレースシートを手にした形にもなる。
「いま考えると、ニックがF1に行ったところから『始まっていた』のかなと思いますね、ドライバーが高みを目指すチャンスを後押しする、ということが。それがいまの平川にも莉朋にもつながってきているのかなと」
「ニックの場合、F1ではなかなかうまくいきませんでしたが、『ニックさえ良ければ、いつでも戻っておいで』というのが我々のスタンスであって、それがたまたまこういうタイミングだったのかなと思います」
■ロペスが「トヨタに残る」ことを選択
一方、ハイパーカーチームから離れることになったロペスだが、体制発表会でもLMGT3参戦に際しビデオメッセージで登場し、可夢偉チーム代表も感謝の言葉を述べるなど、引き続き『ファミリー』の一員であることを強調していた点が印象的だった。
「ホセに関しては、今年ずっと7号車(GR010ハイブリッド)のなかでも本当にトップクラスのパフォーマンスを見せてくれていたので、正直、おそらく他のハイパーカーメーカーだったり、LMDhのオファーがあっただろうし、それを(本人が)選ぶこともできただろうなと思います」と一貴副会長。
「そんななかで、トヨタファミリーに残って僕たちと一緒にLMGT3の活動をやることを選んでくれたということは、個人的にもホセに対してすごく感謝していますし、逆に言うとそう(残りたい、と)思ってもらえるようなチームに、徐々になれてきているのかなという気もしています」
立場上、ロペスの肩を叩くという辛い仕事も一貴副会長が担ったわけだが、「それも含めて、オープンに話し合いができて、次のステージに一緒に向かっていけるのはすごくありがたいこと」と、マネジメントの一員として俯瞰する。
なお、2023年はテスト&リザーブという形で、オフのテストやル・マン24時間レースのテストデーでGR010ハイブリッドをドライブした一貴副会長だが、宮田のリザーブ就任により「もう、よっぽどのことがなければ、ハイパーカーに乗ることはないでしょう」という。
「でも、ヤリ・マティ(・ラトバラ)みたいな例もありますからねぇ」とニヤリ。超多忙な1カ月は完走したものの、“走れる副会長”の存在感は今後も各方面で増していきそうだ。
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