2021年F1シーズン、いよいよ後半戦がはじまりました。フェルスタッペンとハミルトンの息詰まるチャンピオン争いに、期待の角田裕毅のF1デビューシーズンと話題の多い今シーズンのF1、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が独自の視点で解説します。今回の第12戦ベルギーGPは残念ながら決勝レースは大雨で2周で終わってしまいましたが、同じウエットとなった予選では見どころが満載でした。今回は注目されたドライバーの予選の走りを中心に、雨のスパとドライビングについて語り尽くします。
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大雨のなか行われた2021年F1第12戦ベルギーGPですが、スパ・フランコルシャン(スパ)は中高速コーナーが多いのですがストレートが長いので、基本的にダウンフォースは少なめで走行しています。そんなダウンフォースが少ない状況で、路面μ(ミュー)が極端に少なくなる雨を走らなければならないので、すごく難しくなります。ダウンフォースが少ないマシンでの中高速コーナー+大雨、さらに今回のスパは気温と路面温度が低かったのでタイヤの温まりも難しく、ドライビングが難しくなる条件がすべて揃っていました。
まずは予選での注目されたドライバーとして、ランド・ノリス(マクラーレン)がとても乗れていたということが挙げられます。今回のノリスのドライビングには正直驚かされました。もちろん、クルマのセットアップもそれなりに決まっていたのだと思いますが、個人的に雨のスパはドライバーの技量がすごく試されると思っています。
ダウンフォースが少なく路面ミューが少ないなかで、マシンのコントロール、ブレーキングが当然うまくなくては速く走れません。とにかくスパはチャレンジングなコーナーが非常に多いので本当に度胸が試されますが、度胸だけでコーナーに飛び込んでいくとすっ飛んでしまいます。なので『技術に裏打ちされた度胸』みたいなものが必要になり、度胸とともに繊細な技術もかなり求められるので、雨のスパはすごく難しいです。
表現が正しいかわかりませんが、とにかく、スパはちょっとでもビビってしまうとダメで、高速コーナーで大きくタイム差が出てしまいます。同じドライバーズサーキットでもある鈴鹿サーキットとも比較にならないくらい、雨のスパは難しいと思います。鈴鹿よりもスパの方がダウンフォース量が少なく、路面ミューもはるかに低いからです。
そんなスパの雨の予選でしたが、ノリスは縁石に大きく乗って走行していたのが印象的でした。雨の走行では基本的に縁石は滑ることが多いので(一般道の白線のように)避けるのがセオリーですが、ノリスの縁石への“乗せ方”が重要です。
昔走ったときの印象では、たしかスパでは、縁石によっては若干グリップする縁石とまったくグリップしない縁石があったと思います。それが縁石のペイントの仕方によるものなのかは分からないですが、スパのように昔ながらのサーキットは古いタイプの縁石を使っていることも結構あるので、場所によってはグリップするタイプの縁石を使用しているのかなと思いました。ですが、それでも雨になると縁石のグリップ力は下がってしまうので、縁石への角度やアクセルのタイミング、乗せる量を少しでも間違えてしまうとトラクションが掛からずスピンしてしまいます。
僕が『ノリスは凄いな』と思ったのはイン側の縁石の使い方です。特に最終コーナーのシケインが一番分かりやすく、今回は縁石をまったく使わないドライバーや少しだけ使うドライバー、そしてノリスのように縁石の内側のソーセージ縁石まで使うドライバーがそれぞれいました。そのなかで、ノリスはシケイン進入でクルマを止め、さらにそこからクルマを曲げるきっかけに縁石にマシンを大きく乗せて、その先のソーセージ縁石まで使っていました。
雨のドライビングというは本当にイマジネーション(想像力)の世界で、雨量や路面温度などのコンディションに合わせて何通りもの走らせ方があります。『これくらいかな?』というさらに先にグリップの限界があったりします。それをうまく見つけてノリスは『そこまで使う!?』『そんなところを通る!?』という領域でタイヤのグリップを引き出していました。もはや『技』ですね。
そのノリスも残念ながらQ3でクラッシュしてしまいました。あれはしょうがないですね。オー・ルージュからラディオンはサポートレースのWシリーズの予選でも大クラッシュがありましたが、それとはまた違う原因で、Wシリーズはスリックタイヤで走行中に雨が降り出して一斉にスピン、クラッシュしてしまうというような雰囲気でした。
対してノリスのクラッシュはQ1、Q2、Q3と路面の状況が刻々と変化していた状況でした。最終的にQ3で雨の量が増えて、ここから雨が強くなっていくか弱くなっていくか分からない状況のなかで、おそらく雨が強くなっていくだろうということで先にアタックする戦略にノリスは賭けたのだと思います。なので最初の1周目しかチャンスがない状況でアタックをしました。
もう少し雨の量が増えていたら、間違いなくオー・ルージュは慎重に行ったと思います。それに、ノリスのように乗れていない状態ならもっと慎重になると思うので、乗れているノリスだからこそ行ってしまったという感じがありましたね。ほんの少しのオーバースピードと、あの1周に賭けなければならないプレッシャーなど、いろいろなことが含まれてのクラッシュでした。あのクラッシュは非常に残念でしたが、仕方がないという感じで何とも言えなかったです。クラッシュがなければポール争いに間違いなく絡んでいたと思うので、それも見たかったですね。
その後の予選でのもうひとつの衝撃がラッセルです。ポールのマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)と2番手ジョージ・ラッセル(ウイリアムズ)のスロットル開度などを比較する動画があったので、その動画でふたりのドライビングを見ました。まさに『静(ラッセル)と動(フェルスタッペン)』という言葉がピッタリくるような走らせ方の違いがありました。
●F1公式サイト、フェルスタッペンとラッセルの予選オンボード映像比較
今回のスパではノリスのほか、フェルスタッペン、ラッセルが三者三様、本当に違う走らせ方をしていたので分かりやすかったです。そのなかでもラッセルはまったく縁石に触らなくて、フェルスタッペンは縁石にマシンを乗せる方なのですがノリスほどは乗せていない。3人ともまったく違う走らせ方をしているので、見ていてすごく面白かったですね。
ラッセルは本当に小さくクルマの向きを変えていて、縁石もほとんど使わないという走らせ方です。若干フェルスタッペンのほうが力技でクルマの向きを変えていて、縁石もトラックいっぱいまで使って走るのですが、ラッセルは『待ち』をします。
●ラッセルの走りは全盛期のライコネンに酷似。雨の経験不足が露呈してしまった角田裕毅
ラッセルはその『待ち方』がうまい。コーナーの進入ですぐに動作に入るのではなく若干待って、どの角度・タイミングからアクセルを踏み込めばトラクションが一番掛かるか、どこでアクセルを離すとクルマの向きが変わるかなどをすごく緻密に計算して走っているイメージです。クルマに余計な動きを一切させずに、タイヤのグリップを最大限引き出しているような印象です。どちらかというとゆっくりとステアリングを切って、そのタイミングやブレーキを離すタイミングでマシンの荷重移動をきちんとさせながらクルマの向きを変えていて、そのタイミングが本当に絶妙です。
それに比べてアクションが大きいのがフェルスタッペンです。ですがフェルスタッペンはマシンをコントロールする能力が非常に高いので、アクションが大きくてもコントロールしながらクルマを止めて、曲げて、立ち上がっていってしまいます。それはフェルスタッペンだからこそできる走りです。
滑りやすい路面であんなにアグレッシブに行ってしまうと、クルマはあっという間にオーバーステアになったりブレーキで止まらなくなってしまうので、それを絶妙に『動』の動きでコントロールしているのがフェルスタッペンです。対して『静』の動きでクルマをコントロールしているのがラッセルで、それはオンボード映像でも顕著に出ていました。
コンマ3秒差で逃してしまいましたが、最後のシケインに行くまでは本当にラッセルがポールポジションを獲得するような走りを見せていました。セットアップ的にも、今回のウイリアムズは予選で結構ダウンフォースを付けていたように見えたので、ストレートスピードでは若干レッドブルに遅れを取っていました。最後のブランシモンを抜けるあたりで逆転されるかなという感じで、最終シケインのブレーキングとコーナリングスピードで最後はフェルスタッペンが逆転しました。それまでのセクター1、2はラッセルがリードしていました。
ラッセルの『静』の走りをこれまでのドライバーで表すと全盛期のキミ・ライコネン(アルファロメオ)が近いですね。ライコネンは今もそうなのですが、もっとキレがあったころは今回のラッセルのような走らせ方をしていましたし、クルマに余計な動きをさせないという面では、エステバン・オコン(アルピーヌ)も同じ走らせ方です。
ですが、さらにその精度をさらに上げたのが今回のラッセルです。ウイリアムズのクルマも雨のスパに合っていたと思うので、それも影響したと思いますが、本当にクルマのいいところだけを使って走る、逆に言うとクルマの悪いところは出さないと言いますか、その走らせ方を絶妙にコントロールしていたのがラッセルで、絶対にオーバードライブはしませんでした。
ラッセルはQ3の最初はフルウエットを装着してコースに出て、途中でインターミディエイトタイヤに交換したので他のドライバーよりもタイヤの周回数が少なかったことも多少アドバンテージがあったと思います。あとはコースに出るタイミングも良かったですね。最終ラップのコンディションが一番良いという路面状況が結構あったので、そのタイミングに合わなかったドライバーはタイムを出すのに苦労したことも事実でしょうね。それでも、今回はラッセルが凄すぎました。
そして今回はメルセデスとレッドブル・ホンダのクルマの作り方、考え方の違いというのも見ることができました。今回のメルセデスは、この雨のなかで相当ダウンフォースを減らしてローダウンフォース仕様でクルマを作ってきていました。ルイス・ハミルトン(メルセデス)も無線で「グリップが全然ないよ」ということをずっと訴えていましたね。
ほとんどのチームが今回のスパにはハイダウンフォース仕様で来ていて、ウイリアムズもどちらかというとハイ寄りのミディアム、フェルスタッペンもほぼミディアムくらいのダウンフォース量でした。
ですがハミルトンとバルテリ・ボッタスのメルセデスは完全なローダウンフォース仕様で、ブレーキングがすごく難しいので当然手前になっていますが、本当にハミルトンの技であそこまでタイムをひねり出している予選でした。あの予選3番手タイムも『よく出したな』というようなタイムで、ボッタスの走りを見ていると『普通ならこれくらいアクセルを抜かないと走れない』というところをハミルトンは踏んでいっています。
雨で難しくなっている状況で、今回はドライバーの技量の差というのが如実に出ていました。ポールポジションは獲得できませんでしたが、クルマのポテンシャルを100%引き出しているハミルトンの凄さも改めて見て取れましたね。それはノリスもそうで、チームメイトのダニエル・リカルドに対してのタイム差を見ていれば分かるかと思いますが、改めてノリスのうまさが出ていて、今回の予選結果は『今乗れているドライバー順』だったのかなと思いました。
結局雨で決勝レースはまともに開催されなくて、ノリスも予選でクラッシュしてしまいまい、フェラーリはちょっとクルマが苦しいので何とも言えないですが、セバスチャン・ベッテル(アストンマーティン/予選5番手)やピエール・ガスリー(アルファタウリ・ホンダ/予選6番手)も『今乗れているドライバー』です。経験があって乗れているドライバーは、こういった路面になればなるほど強さを発揮します。
雨では経験の差とドライビングのうまさというのが出てきますが、角田裕毅(アルファタウリ・ホンダ/予選17番手)選手に関しては、今回は経験が足りませんでした。角田選手はF1でウエットタイヤの走行経験があまりないので、その限界を探っている間に予選が終わってしまったという印象です。特にいきなりのスパだったので一番難しい状況でした。なので、あの差は致し方ないかなと思って僕は見ていました。
決勝に関してもあの雨量だとレースは無理でしたね。スパはストレートが本当に長いので前のクルマからの水煙もなかなか落ちません。水煙のなかではブレーキングポイントも分からないですし、路面のどこに水が溜まっているかも分からない。そんな状況でレースをしてもリスクが高すぎます。たくさんのファンの方が最後まで残って待ってくれていたので、チームやF1側も『レースをやりたい』という気持ちはあったはずですが、流石にあの状況では難しかったです。
本当に、今回のベルギーGPの予選結果からの決勝を見てみたかったです。ウイリアムズがどのくらいのポジションにいられたのか、後方からノリスがどこまで追い上げられたのか、最終的にはフェルスタッペンが逃げきれたと思いますが、路面状況によってはラッセルが結構頑張ったかもしれません。ウイリアムズに有利な雨量になっていれば“もしかしたら”ということがあったかもしれない。
今回のようなことは年に何回もあるわけではないので、レースが見れなかったのは残念でしたが、これからのラッセルが楽しみですし、まだ何も発表はないですが2022年に向けてラッセルのことで戦々恐々としている人もいるはずです。いろいろな意味で楽しみです。
次戦のオランダGPはザントフォールト・サーキットで開催されます。僕が昔走行したときのイメージでは低中速コーナーが主体で、直線も長いのでストレートスピードが出るサーキットです。ただインフィールドの前半区間は小さいコーナーがかなり続き、セクター3は高速コーナーもありますが、スパとは本当に特性がまったく異なるサーキットです。
僕が走ったのはフォーミュラ・ボクスホールの時代で、2年間走って結構好きなサーキットで得意なコースでもありました。昨年のフランスF4の動画も見ましたが、後半区間が少し変わっているかなというくらいですが、面白いサーキットだと思います。
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長として後進の育成に携わり、F1インターネット中継DAZNの解説を担当。
公式HP https://www.c-shinji.com/
SNS https://twitter.com/shinjinakano24
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