ベストカー本誌でおなじみの水野和敏氏が、自動車メーカー開発現場で培った幅広い視点から、「本当の」自動車技術を徹底的にお伝えしていく。実際に開発現場で「作ってきた」からこそわかる、本当の技術講座だ。今回は「ワイパー」のお話!!
※本稿は2024年7月のものです
文:水野和敏/写真:日産、ベストカー編集部
初出:『ベストカー』2024年8月10日号
R35 [GT-R]の技術がスゴイ!! 時速300キロでも動くワイパー! 開発者が語るハンパない”こだわり”とは
■雨の日の大事なサポーター! ワイパーを侮ることなかれ!!
ワイパーはノウハウのかたまりで、知らなければ適正な開発はできないと水野さんは言う
読者の皆さんこんにちは、水野和敏です。2024年は特に本州での梅雨入りが遅くなり、夏場の水不足が心配です。
とはいえ、雨の日の運転では雨の降り方と路面の冠水やハイドロプレーンの注意だけではなく、ワイパーの払拭性能によるクリアな視界の確保にも注意が必要です。
今回はこの雨のドライブの大事なサポーター、ワイパーについてのお話です。皆さん、ワイパーは大昔からたいした進化などしていないと思っていませんか?
実はワイパーは技術ノウハウのかたまりなのです。
最近の自動車を見ていると、ワイパーを本当に理解し開発しているメーカーや技術者は少なく、大半は部品メーカーへの委託で開発されています。
強風と雨の高速走行では、ワイパーの払拭性能に大きな違いが出ます。ワイパーにはメーカー、車種により異なる技術が投入されています。
■200km/hでもしっかりと払拭できるワイパーとは?
大雨のなか、ワイパーがしっかりと作動しなければドライバーは視界を奪われてしまい、安全運転の妨げとなる
実際、ドイツで雨のアウトバーンを走るとすぐにわかりますが、大抵の日本車は150km/h付近からワイパーの作動は不安定になります。ブレードが受ける風圧にモーターの駆動力やブレードの押し付け力が負けて、ギコチない不規則な動きになったり、ガラスから浮いたりします。
ドイツでは強風が吹く雨の一般道でも100km/h以上、アウトバーンでは200km/hで走るクルマは当たり前にいます。
最近のワンフォルムでガラスが大きくなったクルマでは大きな払拭面積が必要となり、長いワイパーアームとブレードを使うので、より風圧の影響を受けます。実際はより強力なモーターが必要ですが、原価の制約から明らかにモーターのパワーが足りていないクルマを多く見受けます。
高速走行でワイパーの作動をハイスピードモードにすると、より顕著にモーターのパワー不足の現象が現れます。手で押さえた程度の力でワイパーが動きを止めるようなモーターとブレードでは、雨の高速走行でクリアな視界は確保できません。
晴れた日でもいいので新東名高速の120km/h規制区間へ行ってウォッシャー液を出してワイパーをハイで作動させてみてください。
風圧に押されて立ち上がりはゆっくりになって、ブレードが戻る動きでは風圧に押されて“バタン!”と急な動きになります。あるいは、風圧でブレードが浮いて拭き取りが不十分になるようなケースも多いです。
ところが、私の経験から言えば、ベンツ、BMW、アウディはどのモデルでも220km/hまではしっかりとブレードが動き、浮き上がる払拭のムラもありませんでした。ドイツではそれが日常の使い方ですから。
■グループCマシンで得たノウハウを投入する!
水野さんはR91CPなど、グループCマシンを走らせるなかで、超高速走行時のワイパー性能の知見を得たという。これを市販車にフィードバックした
私はR35GT-Rの開発に際し、300km/hで走ってもワイパーを問題なく使えるように設計開発しました。
晴れた日であっても虫の酷い付着を落とすためにウォッシャー液を使いたい場面もあります。そのためにモーターの出力だけではなくアームの強度、ブレードの支持剛性、そして、アームからのウォッシャー液の噴射など、徹底的にノウハウを盛り込みました。
そのノウハウの原点がグループCレース車のワイパーです。グループCレース車は雨の日のレースでも走ります。富士のストレートでは雨でも380km/h近く出ます。しかも、グループCレース車のフロントウインドウは曲面で拭き取り面積も大きいです。
確実に視界が確保できなければレースのバトルはできません。しかし、意外な事にレース業界のやり方としてワイパーは市販されているパーツで作り、実際は撥水材を併用して雨中のレースをしていました。
そこで私はグループCレース車用の380km/hの追従走行でも完全に払拭できるワイパーの開発をしました。
モーターの出力はもちろんですがアームの剛性や風圧の処理方法、そしてプレードの払拭スピードと押し付け力など徹底的に解析と研究をしました。
そのポイントは、アームとブレードが受ける風圧の制御と払拭スピード、そして押し付け力で、これらのコンビネーションです。強すぎても動作を渋らせますし、弱すぎれば払拭のムラができます。この技術ノウハウをR35GT-Rのワイパーに移植しました。
例えば強力なモーターで高速走行の強い風圧に立ち向かっても、ワイパーアーム本体の剛性と取り付け強度、そして空力バランスが設計されたブレードがなければ、風圧に負けて捻じれてしまいます。
アームが捻じれれば、ワイパーブレード先端のゴムリップとガラスとの接触角度や接触面積が変化して、払拭のムラになったり、作動時にバタバタと跳ねまわる、いわゆる“ビビり”や、ギクシャクした作動が起こります。
なので、ご自身の愛車のワイパーが高速走行で動きが悪いからといって、ワイパーモーターを強力なものに交換することはおススメしません。
ご自身で手を入れるのであれば、ブレードをシリコンタイプに交換して、滑らかな動きと、払拭性能をよくするのがいいでしょう。その際、ブレードとガラス面の接触角度を気にしてください。ブレードがガラスに垂直に当たっていることが大切です。
アームの捻じれや変形などで角度がついてしまっていると作動時に引っかかりができて拭きむらやビビりの原因となります。垂直になっていないようであれば、アームの取り付け部に傷つき防止の布を巻き、そこをプライヤーなどで捩じって垂直になるように調整します。これだけでも拭き取り性能が上がります。
余談ですが、ウォッシャーノズルの仕様も大切です。私はR35GT-RやFMパッケージのクルマでは、ワイパーアームに取り付けた、ブレードと一緒に動く噴射ノズルを使いました。
エンジンフードに噴射ノズルを付けてフロントガラスに吹き付ける一般的な方式は、停車時や街中の走行ではウォッシャー液を周囲にまき散らすし、高速走行で使うと噴射したウォッシャー液は走行風に流されてフロントガラスに当たらず、ルーフを越えて後方に飛んでいってしまいます。
空力のいいクルマは、ボンネットフードを流れる風はスムーズにルーフに流れます。高速で走ると、ウォッシャー液はこの風に乗って流れて行ってしまいます。これもまたノウハウです。
●ここがポイント
・日本車の多くでワイパーは160km/h以上では動きが渋くなる。これは120km/hでも実感できる。
・ワイパー開発のキモはブレードにかかる風圧のコントロール。適切な風圧をかけるように設計する。
・モーターを強化すればスムーズに作動するというものではない。
【画像ギャラリー】グループCマシンで得たワイパーのノウハウを投入!! 水野さんが開発を手がけた日産 GT-R(24枚)
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