ダニ・ペドロサの、現役最後のレースが終わった。世界選手権295戦目となった2018年最終戦バレンシアGPの結果は、5位。2001年に125ccクラスでデビューして以来初めて、一度も表彰台を獲得せずにシーズンを終えた。〈リトル・サムライ〉の愛称からもわかるとおり、この選手はなにかと日本に縁が深く、母国スペイン以外ではとりわけ日本の人々に愛されていた印象もある。
125ccクラスのデビューは2001年の鈴鹿。2003年にチャンピオンを獲得して翌年から250ccクラスへステップアップした。この年に王座を獲得し、翌年も連覇。この時期の彼に好きな言葉を訊ねると「ゼンカイ」と答えることもあったが、これは当時のチームメイトだった青山博一が彼に教えた言葉だ。鳴り物入りで最高峰クラスに昇格した2006年は、開幕戦のヘレスでいきなり2位に入り、大いに今後を嘱望された。
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しかし、彼の小さな体躯は怪物級のMotoGPマシンを操るうえでけっして理想的とはいえず、苦労を強いられることのほうがむしろ多かった。不利を抱え、ときに大きなケガに見舞われながらも健闘する彼のそんな姿は、年間最多勝を挙げながらチャンピオンに届かないという悲運も含めて、日本人の判官贔屓を強く刺激したのではないかと思う。
サービス精神という言葉からはほど遠い、どちらかといえば求道型の寡黙な性格で、そんな彼が、たとえば『葉隠』に代表されるような武士道精神に強く魅かれるようになったのは、ある意味では当然の成り行きでもあるのだろう。
現在彼が使用している、頭頂部に〈侍〉という漢字を配したヘルメットを最初に披露したのは2015年の日本GPで、優勝を飾ったこの日のレース後には、いかにも日本的なヘルメットの意匠に関する質問も投げかけられた。以後は現在に至るまでこのデザインを愛用し続け、今ではこれが彼のトレードマークにもなっている。
上述のとおり、おそらくは性格的な理由もあって、ことにメディア対応では笑顔で積極的に多くを語るようなことはあまり見受けられなかったのだが、引退レースとなった今回のバレンシアGPでは、何かが吹っ切れていたのか、今までよりも温和でにこやかな表情で受け答えする姿が印象的だった。
一貫してホンダのライダーとして18年間戦ってきた選手活動に終止符を打つこの機会に、改めて、彼のなかに息づく〈サムライスピリット〉について訊ねてみた。
「現役時代にあなたの象徴でもあった〈サムライ〉の武士道精神は、選手活動を終えた後でも、自分自身の中に生き続けていくと思いますか?」
そう訊ねると、ペドロサは数回うなずき、「そうだね。うん、もちろん」と穏やかな笑顔を見せた。
「その精神性を、レースの中だけじゃなくて、僕は日々の生活にも反映させているつもりなんだ。ひとの性格なんて、スイッチみたいにそう簡単に切り替わるものではないし、それに僕はもともと、こういう人間だから」
そして一拍おいて、こう続けた。
「本物の〈武士道精神〉に近づくためには、まだたくさんのことを学びながら実践し続けていかなきゃならないし、そのひとつひとつを通じて自分の人格を律していくことが大切なんだと思う。まあ、僕はそういうあり方が好きなわけで……だから今後も、今まで通りこのままやっていくんだと思うよ」
そう締めくくり、へへ、と少し照れたように小さく笑った。
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