2024年シーズンMotoGP開幕前の重要なテストで、ヤマハとホンダの進化はどうだったのか。マレーシアのセパン・インターナショナル・サーキットで行われたシェイクダウンテスト(2月1日~3日)、公式テスト(2月6日~8日)で、気になるふたつの日本メーカーに焦点を当てていく。
2024年シーズンの足音はいつも、このセパンテストから聞こえてくる。公式テストに先駆けて行われるシェイクダウンテスト、そして公式テストだ。2024年は、これまで各メーカーのテストライダーとルーキーが参加していたシェイクダウンテストに、ヤマハとホンダのレギュラーライダーが参加した。
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これは、2023年11月末に更新されたコンセッションの適用を受けたものだ。最も優遇措置の幅が大きいコンセッションのランク「D」の適用を受けるヤマハとホンダは、シェイクダウンテストの2日目からレギュラーライダーがテストを行っていた。
ヤマハに吹く新しい風
ヤマハはファビオ・クアルタラロ(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)が3日間総合で11番手、そしてホンダから移籍してきたアレックス・リンス(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)が16番手だった。
主にクアルタラロの話によると、ヤマハの2024年型YZR-M1は2023年型に引き続き、課題とされているトップスピードが向上したという。ヤマハは2023年末に行われたシーズンを振り返るMotoGP取材会で、関和俊氏(ヤマハ発動機 MS統括部 MS開発部プロジェクトリーダー・役職は当時)が「(2024年型マシンは)コーナーエントリーと旋回性という強みをキープしなければなりません。そこに、他社に対して劣っているところを戦えるところまで上げていきたいですね」と語っていた。セパンテストで現れたYZR-M1はその言葉通り、トップスピードの改善を目指しているように見える。
ただ、一方でエンジンのキャラクターがアグレッシブになっており、このために電子制御の部分に取り組まなければならない、とクアルタラロは課題を挙げていた。また、予選順位にかかわる1周のアタックタイムという改善点も残っている。
「僕はトップ争いがしたい。でも、現時点ではそれはできない。ただ、トップに立つ方法を見つけるだろうと確信しているよ」と、3日目のテストを終えて、クアルタラロは語った。
とはいえ、ヤマハに新しい風が吹き始めていることも確かだ。公式テスト前に行われた2月5日のモンスターエナジー・ヤマハMotoGPのチームローンチで、新たな人事が発表されたのは、既報の通りである。YZR-M1プロジェクトリーダーに増田和宏氏が、ヤマハ・ファクトリー・レーシング・テクニカル・ディレクターにマッシモ・バルトリーニ氏が新たに就任し、関氏はテストチームを率いるということだ。マッシモ・バルトリーニ氏は、2023年までドゥカティのビークル・パフォーマンス・マネージャーを務めていた人物である。
再び2023年末のMotoGP取材会の話に戻るのだが、関氏はこのとき、ヨーロッパメーカーと日本メーカーとの差について、「単体のパーツによって差が生じているのではなく、ここ数年の仕事にアプローチの仕方の違い。そういったものが累積した結果、今の状態になっていったのだろうなと思っています」と語っていた。
関氏によれば、ヤマハの低迷が始まった2022年シーズンの後半から「何かを変えなければならない」という意識が高まっていったのだという。2022年シーズンといえば、後半戦で91ポイント差を逆転されて、クアルタラロがフランセスコ・バニャイア(ドゥカティ・レノボ・チーム)にチャンピオン争いに敗れたシーズンである。
こうした状況を受け、2023年シーズンから徐々にヤマハのアプローチは変わっていった。例えば、2023年日本GPでは、テストライダーのカル・クラッチローのワイルドカード参戦は予定されていなかったが、柔軟な対応で参戦が決定された、といったこともあった。
そして、今回の人事である。新たにドゥカティのエンジニアを迎えたことは、ヤマハのアプローチの変化のひとつと言っていいはずだ。もちろん、こうした変化は特効薬になることは難しい。変化と改善が明らかになるには、時間を経なければならない。クアルタラロ自身も、それを理解している。新しいスタッフ、つまりドゥカティから来たエンジニアについてこう述べていた。
「僕が期待したのは、彼らの働き方についてだった。11月から2月では革命にはならないだろうとわかっていたよ。彼らの取り組みの方法を知る。それはすごくいいと思う。僕たちはまだ(上位からは)遠い。ただ、数カ月もすれば、自分たちがどこにいるのか、もっとよくわかることができると思う」
もうひとつ、クアルタラロがピット内で起こっている「変化」について感じているとわかるコメントを引用しよう。公式テストの2日目終了後に行われた囲み取材で、「新しいスタッフの仕事の仕方はどのくらい違うのか」と質問されたときのことだ。
「シェイクダウンで試したものがあって、それは……いわば速さをもたらしてくれるはずだったんだ。でも、いくつかのテクニカルな問題があった。そこでマックス(マッシモ・バルトリーニ)はこう言ったんだ。『あきらめない』って。『僕たちはあきらめない。解決を見出さなければならない。このアイテムを機能させるために』。僕たちはそうやって取り組んだんだ」
「以前は、日本人のエンジニアだけだったら、『これはちょっと危なすぎるな、やめておこう』という具合になった。これ(新しいやり方)が、常に限界の中で行わなければならないというメンタリティーなんだ。僕たちは実現に向かっているよ」
ここに、2023年春にはエンジンのスペシャリスト、過去にはフェラーリなどでF1エンジンの責任者を務めた経歴を持つ、ルカ・マルモリーニ氏とのコラボレーションがスタートしていたことも付け加えたい。繰り返すようだが、何かを変えるには、何かが変わるには、それが大きなものほど力と時間が必要になる。それでも、ヤマハは変化を選んだ。セパンで感じたのは、ヤマハに吹き始めた新しい風だった。
ホンダ、改善のはざまに見えた方向性
いかに巻き返しを図るのかと注目されるホンダは、テストを通して空力デバイスを含めてトライを行っていた。特にサイドやテールカウルの空力デバイスには変化が見られ、4人のライダーたちは様々な組み合わせでマシンを走らせていた。
3日間総合のタイム結果としては、ジョアン・ミル(レプソル・ホンダ・チーム)が10番手、中上貴晶(LCRホンダ・イデミツ)が13番手、ヨハン・ザルコ(LCRホンダ・カストロール)が17番手、ルカ・マリーニ(レプソル・ホンダ・チーム)が19番手だった。
ジョアン・ミル(レプソル・ホンダ・チーム)や中上貴晶(LCRホンダ・イデミツ)は、新しいエンジンは扱いやすいキャラクターになった、と評価している。
「新しいスペックのエンジンのフィーリングは、トルクの出力がスムーズになりましたね。コントロールがとても楽です。トルクの小さなところから大きなところまで感じられ、コネクションがとてもすっきりしているからです」(中上)
「ナチュラルになったと思う。昨年は、スズキと比べてスロットルでのコネクションについて不満を言っていた。かなり違っていて、すごく苦しんでいたんだ。そこは改善したところだね。もっとダイレクトになり、コントロールできるようになった。その方向でもっとよくなればと思う」(ミル)
ミルは3日間を通じて、「昨年よりも速くなっているし前進しているのはわかる。でも、一方で、望むところにはいない。ペコ(フランセスコ・バニャイア)や(ホルヘ・)マルティンのラップタイムを見たら、58秒前半から中盤だった。僕は58秒後半だ。改善すべき0.5秒の差がある。でも、僕たちは改善が必要なことをわかっている。いいコメントをしたし、カタールではもっとうまくいくと思っているよ」と、改善を認めつつもまだ上位争いは厳しいという見解を示している。
また、大きな改善点は残っている。もはやホンダの持病のようになっている、リヤのグリップ不足だ。「コーナー立ち上がりでのスピニングが多すぎる」と、中上は語っている。スピニングによって加速しない、という点については2023年シーズンにもよく言及されてきたが、2024年型ではまた異なる滑り方をしているということだ。
「今は、特に加速域でのリヤのグリップが圧倒的に足りていないんです。ルカとヨハンも、ドゥカティと比べて圧倒的に足りていないと言っていました。『とにかくスピンが多すぎる』と、みんな言っています」
「ドゥカティから来たライダーふたりが『もっとグリップを出さないとだめでしょ』と、僕たちと同じことを言ってくれています。4人とも改善点が同じだと感じているんです。だから、開発の部分については、見失っている感じはまったくないですね」
加えて、ロングランでのタイムの落ち幅が大きすぎる、といった課題もある。こうして聞くとまだ長いトンネルは続くのか、とも思えるが、特に2021年からの苦しいホンダを経験してきた中上のコメントには、少しの安堵が混じっているようだった。
先に「見失っている感じはない」とも語っていたように、方向性が定まってきた、と中上は感じている。2023年は、ライダーのコメントからも、苦戦していてもそれをどう改善したらいいのか、改善しように何かを試してもうまくいかない、そういった状況が汲み取れた。公式テスト前日の2月5日に話を聞いたとき、2023年シーズンを経てどう2024年シーズンに向けて準備をしてきたのかと中上に尋ねたところ、中上はそのなかで、「後半戦はターゲットを見据えづらかったんです。『このくらい(の状況)だからこの位置にいたい』というのも見えなかった……」と述べていた。この言葉に、苦悩が集約されている。
そうした状況を踏まえれば、今は、光が見えているということなのだろう。
「だいぶ『ここだけがよくなればタイムにつながるんじゃないか』と言えるようになってきました。そう言えるようになってきたので、進化しています」と、中上は語っていた。
また、ミルは「日本でどう作業しているのかはよくわからないけど、昨年、彼らはすごく変わった。人も少し変わったし、物事のやり方も少し変わった。変化はある。ここからカタール(テスト)へ、彼らはまた何かを持ち込むだろう。ミサノでは最初の2024年プロトタイプマシンをテストして、バレンシアでもテストした。彼らはとても大きく改善していた。バイクを大きく改善したんだ。ものごともかなり変わった」と、変化を感じているようだった。
テスト、ということもあったのかもしれない。ただ、ライダーたちの表情が比較的明るかったことが、印象的だった。
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