当時のイタリアの空気を現代に甦らせる「タイムマシーン」な2台
古書や書画骨董を扱う世界最古のオークショニアとして有名なサザビーズの創業は1744年。2015年にはクラシックカーのオークショニアとして有名なRMオークションを子会社として、現在はRMサザビーズの名で古今東西のヒストリックカーのオークションを数多く開催している。そんな中から今回は、2023年9月15日にスイスのサンモリッツで開催されたオークションに出展されたクルマにまつわる話題をご紹介しよう。
アバルト仕様のフィアット「ムルティプラ」発見!? 国産ミニバンから乗り換えて子どもたちにも大好評の理由とは
はたらくクルマとして活躍した
オークションといえば、モータースポーツで華々しい戦績を残したレーシングカーやハリウッドの大スターが所有していた超高級車が高額で落札されたというような派手な話題が注目を集めがちであるが、もちろんそんな大物だけがオークションの主役ではない。かつて街中の至る所で走り回っていた小さなはたらくクルマたちもまた、ヒストリックカー・オークションには欠かせない演者。今回ご紹介するこちらの2台のフィアットもまた然りである。
1955年にデビューしたフィアット600(セイチェント)は、2年後に登場するフィアット500(チンクエチェント)とともに、戦後イタリアのモータリゼーションを支えた大衆車である。そして、基本設計が優れた実用車はフォルクスワーゲン ビートルとタイプ2、スバル360とサンバーの関係のように、様々な派生車種を生み出す。
フィアット600もまた同様で、このリア・エンジンの大衆車をベースに生み出されたユニークなバリエーション・モデルが、フィアット600ムルティプラである。ムルティプラのデビューは600に遅れること一年、1956年のブリュッセル・モーターショーでのこと。手がけたのは500や600と同様、かのダンテ・ジアコーザ技師。そしてこのムルティプラもまたロングセラー・モデルとなり、イタリアの街中の風景の一部となっていったのである。
当時はまだSUV、ミニバン、ピープルムーバーといった言葉すら存在していなかったが、このムルティプラはまさにそういった種族の元祖。そのサイズは全長3530mm×全幅1450mm×全高1580mmと、ベースとなった600に比べれば少しずつ拡大されているが、それでも現代の軽自動車とさほど変わらない。
ホイールベースは2000mmとこちらは600と共通だ。そんな限られたスペースを最大限活用すべく、ボディはモノフォルム。運転席はフロント・アクスルの上に置かれ、3列のシートに大人6人が乗れるだけの空間を生み出している。エンジンも600と共通で、水冷直列4気筒OHVユニットはリアに搭載される。当初633ccだった排気量はモデルライフ途中で767ccに拡大され、よりドライバビリティを向上させるなどの改良を加えつつ1969年まで生産された。
ファミリーカーとしても一定の支持を得たムルティプラだったが、そのコンパクトなボディサイズに対して大きな車内空間は「はたらくクルマ」としても有用で、様々なジャンルで活躍することとなる。今回のオークションに出展された2台のムルティプラもまた、そんなはたらくクルマとして活躍した個体だ。
各部の装備が興味深い
最初にご紹介する1台は1960年式の救急車。担架や機材を乗せるためにボディ後半が拡大され、水平なルーフが採用されるなどの特徴を持つ。改装はトリノの工房「カロッツェリア・コリアスコ・アウトヴェイコリ・インストゥリアーリ」が手がけた。この個体は1961年にデリバリーされ、長らくイタリア国内の飛行場で使用された後、スイスの自動車蒐集家ダニエル・イゼリ氏が2013年に購入、その後入念なレストアが行われている。
そしてもう1台のムルティプラはタクシーだ。かつてイタリアのタクシーといえば、その多くがムルティプラであった。
こちらは1964年にデリバリーされたそんなムルティプラのタクシーを、2007年から2009年にかけて、総額5万スイスフラン(810万円)以上をかけてレストアしたもの。ブラックとグリーンの2トーンカラーは当時イタリア各地の都市で見られた典型的な塗り分けで、料金メーター、照明付きルーフサイン(いわゆる行燈)、ルーフラックなどタクシーならではの装備も興味深い。さらにルーフラックには当時の旅行カバンなども付属。この個体の履歴を証明する書類各種も残されている。こちらのムルティプラ・タクシーもダニエル・イゼリ氏の「イゼリ・コレクション」から出展された1台。
オークションの結果、救急車は8万500スイスフラン(邦貨換算約1304万1000円)、タクシーは10万3500スイスフラン(邦貨換算約1676万7000円)でそれぞれ落札された。決して安い買い物ではないが、これは当時のイタリアの空気を現代に甦らせる「タイムマシーン」としての意義も含めた落札価格ということであろう。
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みんなのコメント
だとすると、ジウジアーロがあのL40キャリイバンをデザインしたのにも合点がいくような。
当時は日本も個人商店が多く、軽バンがファーストカーって家も沢山あっただろうし。