2021年F1シーズンも早くも前半戦最後のレースとなりました。フェルスタッペンとハミルトンの息詰まるチャンピオン争いに、期待の角田裕毅のF1デビューシーズンと話題の多い今シーズンのF1を、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が解説。今回はウエットスタートで波瀾万丈となった第11戦ハンガリーGPを振り返ります。決勝までの流れ、そしてさまざまなアクシデントにサプライズ、そして名勝負にメモリアルな初優勝と盛りだくさんの内容を独自の視点で語り尽くします。
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アルピーヌのオコンがF1初優勝「自分がGPウイナーだなんて信じられない!」アロンソのサポートにも感謝/F1第11戦
2021年F1第11戦ハンガリーGPですが、ハンガロリンクはマシンの空力をガンガン使うというより、どちらかというと足回りを上手に動かして走るサーキットです。メルセデスとレッドブル・ホンダを比較すると、今回に関してはその部分でメルセデスに若干分があったように見えました。
レッドブル・ホンダのマシンも小回りが効き、よく曲がる特性があるのでハンガロリンクでは速そうに見えますが、ハンガロリンクではトラクションの掛かり方やタイヤのグリップの出し方などがメルセデスのマシンが持っているフィロソフィー(哲学)に合っていたように見えました。路面のμ(ミュー)なども関係しますが、メルセデスのマシンはすごくトラクションがよく、もともと曲がらないクルマというわけでもありません。ハンガリーでは大きなアドンバンテージとは言えないまでも、走り始めから『今回のメルセデスは悪くないな』と思いました。
予選ではアルファタウリ・ホンダのピエール・ガスリーが5番手につけましたが、チームメイトの角田裕毅選手は16番手ということでかなりの差があり苦しんでいました。ハンガロリンクはどんどんクルマを曲げていくコースで、長く回り込んでいるコーナーもあるのでアンダーステアが出やすいサーキットです。
これは極端に言いますが、ブレーキングからクルマがロールインしていくなかで、コーナーに放り込んでいくようにブレーキをポンと離し、そこからフロントが入っていくようなマシンを望む角田選手に対して、どちらかというとガスリーはブレーキングでクルマをバンッとしっかり止めて、そこから自らのステアリング操作で向きを変えていくというドライビングスタイルの差があります。そこでクルマのアンダーステア傾向が消えていないとなると、今回のサーキットレイアウトからも、ガスリーの走らせ方のほうにアドバンテージができやすいような気はします。
角田選手はフリー走行1回目でクラッシュをしてしまった影響も大きいですよね。あのクラッシュは角田選手のミスなので、ああいったことは絶対にやってはいけないとチームからもキツく言われていたはずです。そういった自分のウィークポイントみたいなものを少しでも消すためにも周回を重ね、クルマを作っていかないといけない状況のなか、角田選手は難しい状況を自ら作り出してしまった感はありましたね。
●1コーナーのマルチクラッシュに前代未聞の1台のみのスタンディングスタート……波瀾万丈の決勝レース
ハンガリーGPの決勝になりますが、レースではいろいろなことが起こりすぎました(苦笑)。まずはウエットコンディションになったことでスタートの1コーナーは非常に難しい状況になりました。ハンガロリンクの1コーナーはメインストレートのトップスピードから一気に低速へとスピードを落とします。速度差が大きいなかで正確なブレーキングポイントを見つけることも難しいので、決勝前までのドライコンディションでもブレーキをロックさせて1コーナーでインにつけない場面も多く見られました。
ドライでも簡単ではないなか、練習する間もなくいきなり決勝でのウエットスタートは一番難しい状況で、ブレーキングポイントそのものがドライバーからはわからなくなります。ですので、スタート直後の多重クラッシュは起こるべくして起こったアクシデントでした。今回はバルテリ・ボッタス(メルセデス)とランス・ストロール(アストンマーティン)の2台がミスを犯してしまいましたね。
ボッタスはランド・ノリス(マクラーレン)の真後ろについていて、ブレーキングポイントが見えていませんでした。ドライバーにはある程度ブレーキングポイントの目安がありますが、周りがごちゃごちゃした瞬間にそれが見えなくなってしまいます。今回のボッタスはスタートで少し遅れてしまった焦りもあったか、ノリスの真後ろにいたこともあり、ブレーキングが遅れた・ミスしたというよりも、完全にブレーキングポイントを間違ってしまいました。あのブレーキングタイミングがドライならギリギリで止められたり、前のクルマを少しつつくくらいで済むと思いますが、結構な勢いでノリスに追突しましたよね。あの速度差は前のクルマに意識が集中しすぎて、ブレーキングポイントの目安を見る余裕がなくなっていたように見えました。
ストロールも結局のところはブレーキングポイントを逸していて『もう止まれない!』ということでイン側のグリーンに逃げましたが、シャルル・ルクレール(フェラーリ)に当たってしまうという、ありがちなアクシデントになってしまいました。いきなりの雨でいろいろな条件が重なって大きなアクシデントになってしまいましたが、マルチクラッシュで割りを食ったドライバーたちが可哀想でしたね。
そのおかげと言っては何ですが、エステバン・オコン(アルピーヌ)やセバスチャン・ベッテル(アストンマーティン)が大幅なポジションアップを果たしました。その後に衝撃的だったのは、1コーナーのアクシデントの赤旗後に再開されたスタートで、トップのルイス・ハミルトン(メルセデス)以外誰もいないというスタンディングスタートでした。2番手以下が全員フォーメーションラップでピットに入ってウエットタイヤからドライ(スリック)タイヤに交換しましたが、ハミルトンもあそこでピットに入れば勝てたはずなので、あれはミスですね。
冷静に考えれば、あの場面は間違いなくスリックタイヤに代える路面だと思うのですが、チームなのかハミルトンの判断なのかはわかりませんが、変にコンサバティブになってしまったのだと思います。結果としてメルセデスには珍しい完全なミスジャッジになってしまいましたが、これはチャンピオン争いでシビアな戦いをしているからこそ、生まれたミスだと思います。チャンピオン争いをしていなければ、ハミルトンも間違いなく他のドライバーと同じタイミングでピットに入ってスリックタイヤに交換したと思います。その判断が鈍ってしまい、ほんの少し『もしスリックタイヤで滑ったらどうしよう……』というようなことを考えさせた一番の理由が、現在のシビアすぎるチャンピオンシップ争いなのだと思います。
スタートで多重クラッシュに巻き込まれたマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)も赤旗中断で再チャンスがあるかと思いましたが、マシンにダメージを負ってしまい、右側のバージボード(サイドポンツーン前方の空力パーツ)を失ったままになってしまいました。どのくらいのダウンフォース量を失っていたのかはわかりませんが、バージボードがないと当然クルマは曲がりづらくなりますし、ブレーキングもナーバスになり、そこからのトラクションの掛かりも悪くなります。本当にいろいろな技を使ってクルマを止めて曲げて、さらにタイヤも労らないといけません。
現代F1マシンのエアロバランスはかなりシビアで、どこかひとつが崩れるだけで全体のエアロバランスが崩れてしまいます。バージボードも結構大きなパーツなので、それを失うことは大きな痛手です。僕もバージボードが飛んでしまったらどうなるかというのは、他のカテゴリーで経験をしているので何となくわかります。今のF1はさらにシビアだと思いますので、あの状況で走りきったフェルスタッペンのマシンコントロールのうまさは、やはり凄いなと思いました。
1台で再スタートしてその後ピットに入って最後尾となったハミルトンも猛烈な追い上げを見せましたが、やはりハンガロリンクは追い抜けないサーキットでしたね。直線区間が非常に短く、中速で左右に曲がっていくコーナーが多いので、微妙なところで綺麗に風の影響を受ける速度域のコーナーが続きます。しかも2~3台がトレイン状態になると乱気流に近い状況にもなるので、1秒以上のタイム差があっても追い抜けない状況に陥ってしまいます。
その場合は相手がミスをしたり、タイヤが相当ダメになってしまうようなことがない限り、オーバーテイクは非常に難しい状況になります。ハミルトンもレース前半は前のクルマの背後につくとダウンフォースが得られなくて止まらない/曲がらないという状況で、無線で本人も戸惑っていましたね。あのシーンを見ると今回の上位フィニッシュは難しいかなと思いましたが、そこから早めにピットインした戦略は良かったですね。
それにハミルトンは無線でコミュニケーションを取ることで自分を落ち着かせ、チームはハミルトンにいろいろなことを伝え、うまくドライバーのメンタルをコントロールをしていました。あのような難しい状況になったとき、いかにチームとのコミュニケーションが重要なのかということが、今回の無線を聞いて頂くとわかるかと思います。
ドライバーは走りだしてしまうと本当に孤独で、特に今回のハミルトンのように最後尾から追い上げなくてはいけない状況は、ドライバーは何をしたらいいのかが本当にわかりません。目標とするタイムや周りの状況がわからず、相手が何をしようとしているかが理解できないと焦りばかりが出てきてしまいます。いつもなら簡単に追い抜けるクルマでも今回は追い抜けなくて『クルマがおかしい』というようなネガティブ思考になってしまいます。
そこできちんとチームが『クルマは速いよ』とコミュニケーションを取ることで自信を与え、そこでミスをせずに確実にひとつひとつオーバーテイクさせていく道筋をメルセデスが上手に作っていました。それに応えたハミルトンもやはり凄いですし、最初は焦っていましたが途中から落ち着きを取り戻して、自分がやるべきことがきちんと見えた瞬間からは最後までミスをすることなく、いつものハミルトンでした。
●初優勝のオコンとアロンソの走らせ方の違い。角田裕毅に見えた期待と課題
そのハミルトンのレース後半にはフェルナンド・アロンソ(アルピーヌ)との名勝負がありましたね。あのふたりのバトルは本当に見事で、4番手を走行していたアロンソとしてもチームメイトのオコンがトップにいることでいつも以上に力が入っていました。
アロンソは今回だけではなく、今シーズンここ数戦は“ファイター・アロンソ”を見せてくれていますし、あの走りは周りのドライバーに対しても刺激になります。『このドライバーはこんな感じで動いてくるから、ここで抑えれば展開が落ち着く』『逆にここでプレッシャーを掛ければ追い抜ける』ということがアロンソに限っては当てはまらなくて、『ここで来るの!?』『ここで抑えるの!?』というような走りを見せてくれます。よく周りが見えていますし、究極の負けず嫌いだと思います。とんでもない図太さ、強心臓を持っていないとあの走りはできません。アロンソの全盛期を見ている人間としては『まだまだ、こういう走りを見せてくれるんだ』と嬉しくなりましたね。
それにアロンソは他車と変に当たったりしないですし、本当にバトルがうまくて絶妙です。抑えるときはガッツリと抑えて、中途半端なことをあまりしないので接触も少ない。はっきりと何をしたいかということがアロンソはわかるので、前を走るドライバーにはそれがプレッシャーになりますし、後ろのドライバーは追い抜くことが難しい。アロンソとバトルをするドライバーはすごく勉強になっていると思いますし、今のF1界に大きな刺激を与える存在になっています。
今回、F1初優勝を果たしたチームメイトのオコンは、アロンソの一番身近にいる存在なので一番刺激を貰っているのかなという気もしています。ふたりは対極の走らせ方をするドライバーで、オコンはスーパーナチュラルな走らせ方をします。クルマに変なストレスを与えないきれいな走らせ方をするドライバーですが、もう少しクルマの限界を引き出すという部分が足りていません。
F3くらいまでなら、きれいな走らせ方でもいいのですが、F1になるとそれだけでは足りません。そこで今年、アロンソがチームメイトに来たことでいろいろなことを気づかされつつあると思うので、今回の優勝で流れを作ってほしいですね。僕はF3時代のオコンを見た時の印象が強烈だったので、『このドライバーはもっと速いはずだ』と思いながらF1を見ていました。
オコン、フェルスタッペン、そしてフェリックス・ローゼンクビストらが当時(2014年)ヨーロピアンFIA-F3にいて、たしかにフェルスタッペンはすごく光っていましたが、オコンはその当時からフェルスタッペン(/アロンソ)とは対象的な走らせ方をしていました。オコンの美しすぎるドライビングに対して、フェルスタッペンのアグレッシブさとマシンをねじ伏せるコントロール能力という、両極端の走りが今でも印象に残っています。なので、オコンはこれをきっかけにもう少し上に行ければいいなと思います。
アロンソとバトルを繰り広げたハミルトンも、アロンソのブレーキングミスを逃さずにオーバーテイクをして、接触もせずに非常にレベルの高い争いだったと思います。本当にギリギリのところで戦っていたので、このふたりだからこそできるバトルで安心して見ていられました。お互いがリスペクトし合っていることをすごく感じましたね。
その一方、気になったのがフェルスタッペンです。すごくクルマが難しい状況でしたが、かなり際どい走りをしていて、ハースとのバトルでも『それは接触するよな』という走りをしていました。僕はその部分がフェルスタッペンの今後の課題なのかなと思います。今回はいろいろなことがあってクルマの自由が効かなかったので、リスクを犯せざるを得ないこともわかりますが、相手が避けてくれるから助かったような場面もいくつか見えました。フェルスタッペンは今後、ハミルトンとチャンピオン争いをしていく流れのなかで、まだ成長しなければいけない部分があると思います。
今まで話したことも含めて、今回の夏休み前の一戦は重要な役割を果たしたのかなと思います。チャンピオン争いに関してはハミルトンとフェルスタッペンそれぞれの課題と、メルセデスとレッドブル・ホンダそれぞれの課題も見えたので、それをどう受け止めて後半戦に向かっていくかで、流れがまた変化していくのではないかなと思えた重要な一戦でした。後半戦にさらに深みが増してくるのではないかと思いましたし、他にも、もっといい戦いが見れるのではないかなとも感じましたね。そう考えると今回のハンガリーGPはいろいろな要素が見られたよいレースだったと思います。
そして最後に決勝での角田選手ですが、スタート直後のアクシデントを切り抜けて4番手に上がった時には大きく期待してしまうところもありましたが、予想以上にペースを作ることに苦労していました。レースの前半では後ろのハミルトンを抑えるためにタイヤを使ってしまいペースを落とさざるを得なくなり、前には離され後ろからは追いつかれるという本人的にも課題の残るレースではありました。
やはり、もとを辿れば今回はフリー走行1回目でクラッシュしなければもう少しクルマを作り上げることができたとも思いますし、そうなっていれば本当に違うストーリーでガスリーの前の5番手でフィニッシュできていたかもしれません。そういったことを考えると、自分からレースウイークのよい流れを作っていくためにもまだまだ角田選手はやるべきことが多くて、これは前半戦を振り返っての角田選手の課題です。
今回、決勝でガスリーとポジションを入れ替えを指示されたときは悔しかったと思いますが、ハンガロリンクはペースが早くても追い抜けないコースなので、チーム全体としてさらに上位を狙うためにはガスリーを前に出すオーダーを出さざるを得ません。角田選手はすごくフラストレーションが溜まった部分もあったかと思いますが、そこはレースウイークを通してガスリーをリードしていけば次回は逆のパターンになるかもしれません。本当にガスリーは強敵ですが、またチャンスは来るはずです。
大枠で見ると今回の決勝では大きなミスもなく、きちんとやるべきことをやったと思います。前半戦を締めくくるという部分では課題は残りましたが、これまでだと少し焦ってしまうような場面でも今回は焦らずに抑えて我慢して走っていたところは見えたので、何度も言いますがタイミングで来るまで待つしかないのかなと思います。次に同じようなチャンスが来たときにそれを自分のものにするためにも、いい意味で前半戦の集大成だったのかなと思います。
練習走行でのクラッシュというミスもありましたが、レースをきちんとまとめてポイントを獲得したことは大きいと思います。特に今回は荒れた難しいレースだったので、確実にゴールまでクルマを運んだというのは成長だと思います。角田選手にとっては成長と課題が半々で残った前半戦だったと思いますが、夏休み前にいろいろな課題を見つめ直すという部分では、非常に深い意味のあるレースだったのではないかなと思います。
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長として後進の育成に携わり、F1インターネット中継DAZNの解説を担当。
公式HP https://www.c-shinji.com/
SNS https://twitter.com/shinjinakano24
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最低限の行動や言動ができる人間(ドライバー)となるような育成をしてほしいです。